
「アメリカはイスラエルとともにあり、確実に支援していく」
10月7日、ハマスによる大規模攻撃直後にバイデン大統領が述べた言葉です。
歴史的に強い結びつきがあり「特別な関係」と言われてきた両国。
しかし、ガザ地区で民間人の犠牲者が増えるにしたがって、9000キロ以上離れたそのアメリカでも、今回の衝突を境に政治や社会の変化が浮き彫りになっています。
今、何が起きているのか。揺れるアメリカの現場を3人の特派員が取材しました。
(ワシントン支局 渡辺公介・根本幸太郎 /アメリカ総局 佐藤真莉子)
歴史と宗教が結びつけるアメリカとイスラエル

なぜ、アメリカはイスラエルを強く支持するのか。その背景のひとつが歴史的なつながりです。
イスラエルが、1948年に建国を宣言した際、世界で初めて承認したのがアメリカでした。宣言からわずか11分後でした。
さらに、宗教的な理由からイスラエルを支持する人たちもいます。その代表格が、聖書の言葉を厳格に守ることを教えの柱とする、「キリスト教福音派」です。
アメリカ国民のおよそ4分の1を占めるとされ、「国内最大の宗教勢力」とも呼ばれています。「ユダヤ人国家イスラエルは神の意志で建国された」として信仰心からイスラエルを支持している人が多くいます。

福音派の信者の男性
「旧約聖書を読めば、神がイスラエルに重きを置いていることがわかります。私たちはイスラエルに寄り添うことが必要です」

信者の女性
「イエスが生まれたイスラエルを支持するのは当然です」

私たち取材班は10月下旬の日曜日、礼拝が行われる時間にあわせて、南部ジョージア州の福音派の教会を訪れました。
「メガチャーチ(大規模教会)」と呼ばれる教会で、最大3500人を収容できるホールを備えています。礼拝は日曜日に1日3回行われ、どの回もホールは満席。このほかに、オンラインで視聴する信者が2万人いるといいます。

礼拝では、牧師が、これまでに空襲から身を守るためのシェルターなどをイスラエルに寄贈したと説明し、「私たちが祝福されるのはイスラエルとユダヤ民族のおかげだ。イスラエルに寄り添おう」と呼びかけていました。
若者に広がるパレスチナ支持

ところが、いま、そのアメリカに異変が起きています。若い世代の間では、イスラエルではなく、パレスチナを支持する世論がじわりと広がっているというのです。
実際、全米各地の大学でパレスチナを支持するデモが起きています。

ニューヨークに住むマイルス・グラントさん、24歳。ニューヨーク大学で行われた、パレスチナを支持するデモに参加していました。
自身は、ユダヤ系アメリカ人だというグラントさんですが、イスラエルとパレスチナに関する歴史を学ぶうちに、パレスチナを支持するようになったといいます。
マイルス・グラントさん
「過去20年間のパレスチナ人の死者数と、イスラエル人の死者数を比較すると衝撃的です。何十年もの間、パレスチナの人々は閉じ込められ、人間扱いされてこなかったことは本当に許しがたいです」
グラントさんは、今、参加できるパレスチナ支持のデモにはすべて参加しています。
これまで、アメリカは人権を重んじる国だと誇りに思ってきましたが、今のアメリカはイスラエルの行動に加担していると考え、現実を受け入れられないと話します。
「パレスチナの自由のためにどうすればよいのか。停戦だけでもスタートになります。
アメリカが大量虐殺への支援をやめるだけでもスタートになるはずです」
若者がパレスチナ寄りの背景は
なぜ、若い世代はパレスチナを支持する傾向にあるのか。
アメリカ世論や選挙に詳しい専門家は次のように指摘します。

ジョージ・ワシントン大学 トッド・ベルト教授
「若い世代は差別と人権により敏感で、抑圧される側に共感する傾向が強いのです。イスラエルはパレスチナと比べて不釣り合いな防衛力を持っていて、イスラエルはパレスチナの人たちを不当に迫害していると感じているのです」
10月中旬にCNNなどが行った調査では、次のような結果が出ています。

「ハマスの攻撃に対するイスラエル政府の軍事的対応は正当性があるか」という問いに対し、65歳以上の81%が「完全に正当性がある」と回答しました。
ところが、18歳から34歳の若い世代では「完全に正当性がある」と答えたのは27%にとどまりました。
軌道修正余儀なくされたバイデン大統領
イスラエル・パレスチナ情勢で、揺れるアメリカの世論。
これを踏まえて、バイデン大統領は軌道修正を余儀なくされています。

バイデン大統領は、ハマスによる攻撃から3日後の10日、「まぎれもなく邪悪な行為だ」と断じ、イスラエルへの全面支持の姿勢を改めて強調しました。

ただ、その後、世論の変化に合わせるように、アメリカ政府の高官が、ガザ地区での犠牲者の増加への懸念や、人道支援の重要性に言及する場面が増えていきます。
そして、アメリカの姿勢の変化が顕著に現れたのが、24日に開かれた国連の安全保障理事会での閣僚級会合です。

出席したブリンケン国務長官が、ガザ地区への人道支援を行うため「戦闘の休止」を検討すべきだと発言したのです。政府高官は「戦闘の休止は民間人を保護するための措置で、停戦とは違う」と説明しましたが、イスラエル支持だけでなく、ガザ地区の人道状況も重視する姿勢に転換したのは明らかでした。
バイデン大統領を含む政権の主要メンバーは、その後も戦闘の休止の必要性を繰り返し強調し、イスラエルに働きかけています。
ただ、アメリカに住むイスラム教徒やアラブ系アメリカ人の団体の一部は、バイデン政権が、「戦闘の休止」ではなく、「停戦」のために早急に動かなければ、来年の大統領選挙での再選を支持せず、献金も控えるとの警告を出しました。

バイデン大統領は、イスラエル支持と、パレスチナ支持の世論の間で、難しいかじ取りを迫られています。
アメリカ大統領選挙にも影響?
専門家は、イスラエルとハマスの戦闘が長引けば、アメリカ大統領選挙にも影響を与える可能性があると指摘しています。

ジョージ・ワシントン大学 トッド・ベルト教授
「バイデン大統領にとって本当に深刻な試練です。ガザ地区で爆撃や必要な食料が手に入らない状況が続けば、選挙に大きな影響を与えることになるとみられます。戦闘が長引けばバイデン氏の政策が悪かったことの象徴になり、彼に投票しない人が増えるでしょう」
攻勢強める野党・共和党
対応が揺れるバイデン大統領に対し、攻勢を強めるのが野党・共和党です。
大統領選挙もにらみ、バイデン大統領の対応は“弱腰”だと批判し、イスラエルを支持する姿勢を鮮明にしています。

10月下旬、私たちが向かったのは、ラスベガスで行われた共和党を支持するユダヤ系のロビー団体の会合。
アメリカでは、ユダヤ系のロビー団体が、政治家に多額の政治資金を提供しながら、イスラエル寄りの政策をとるよう働きかけています。人口に占める割合が、推計で2%あまりのユダヤ系の人たちが、豊富な資金力を持つロビー団体を通じて、アメリカの外交政策に大きな影響を与えてきたのです。
会合には日本円にしておよそ30万円の参加費を払って、1000人以上の会員が集まっていました。

目を見張ったのが、参加した政治家の顔ぶれです。
トランプ前大統領をはじめ、大統領選挙に向けて立候補を表明しているほとんどの大統領候補のほか、連邦議会の党指導部の議員がこぞって参加したのです。
有力な献金者らが見つめる中、壇上で、次々とイスラエルへの連帯を表明しました。

共和党 マイク・ジョンソン下院議長
「イスラエルとアメリカは何十年にもわたって築かれた断つことができない絆がある。友人であり、家族であるイスラエルとともに立ち上がる」

この団体と団体に所属する献金者が、前回の大統領選挙で提供した資金は、日本円にして合わせておよそ100億円にのぼります。
ロビー団体の幹部は、アメリカに、イスラエルへの全面支持を求めました。

共和党支持のユダヤ系ロビー団体 マット・ブルックスCEO
「イスラエルにはハマスの脅威を排除するための際限のない支援が必要だ」
大統領選挙で政権奪還を目指すトランプ氏。
バイデン政権の弱腰の姿勢がハマスの攻撃を許したとして、イスラエルへの全面的な支持をアピールしました。

トランプ前大統領
「私が大統領に戻れば、ためらうことなく、無条件で、100%イスラエルを支持する。残虐な行為への報復を行い、ハマスを壊滅させるため全面的に支援する」
変化は社会にも 募る憎悪
イスラエル・パレスチナ情勢は、政治だけでなく、社会にも思わぬ変化をもたらしています。

パレスチナを支持する大規模なデモが行われた、ニューヨークにある名門コロンビア大学。デモを主催したパレスチナを支持する学生団体のメンバーによると、衝突の開始以降、日に日に仲間が増え、インスタグラムのフォロワーは5000人も増えたといいます(11月1日時点)。

ところが、このメンバーが取材に応じる条件は「顔も名前も出さない」というものでした。理由を聞くと、パレスチナ支持者の一覧が、名前と顔写真に加え、出身大学などの個人情報つきで掲載されているサイトがあるから不安だというのです。

パレスチナ支持の学生団体メンバー
「私の個人情報を世界中にさらして、見つけられるようにしてやる、といった脅迫を受けています。ネットを武器として使っています。パレスチナ人に対する暴力を正当化しているのと同じ理屈が、この国の人々の反応を引き起こしているのです」
広がるヘイトクライム
そして、憎悪が背景とみられる事件も相次ぐ事態に。
中西部イリノイ州では10月14日、パレスチナ系の6歳の男の子が男に全身を26回も刺されて死亡するという、痛ましい事件が起きました。
FBI=連邦捜査局も、「中東の情勢に呼応して、個人や施設に対する潜在的な攻撃の可能性が高まっている」と注意を呼びかけています。
一方で、ユダヤ系の人たちに対する嫌がらせも。
10月24日には、地下鉄の駅でユダヤ系の女性を殴ったとして、ヘイトクライムの疑いで男が逮捕されました。
ニューヨーク市内のユダヤ人学校では、警備員を増やしただけでなく、初めて、警察に学生の登下校の見守りを要請する事態となっています。

取材を通じて
バイデン大統領は、現在、ハマスによる攻撃直後に表明したイスラエルへの強い支持を維持しながらも、パレスチナの人たちの人道状況の改善も同時に目指す姿勢を打ちだしています。
ただ、ガザ地区では犠牲者が増え続けており、バイデン大統領が追求する「ハマスによる攻撃を二度と繰り返させないこと」と、「民間人の犠牲を抑えること」という2つの目標の達成は、ますます困難になっています。
アメリカはこのあとイスラエル・パレスチナ情勢にどのように関わっていくのか。
そして、それをアメリカの人たちはどう受け止めていくのか。 その行方を、今後も追いかけていきたいと思います。
(11月1日 ニュースウォッチ9などで放送)