2023年1月11日
ブータン アジア

幸せの国ブータンが「観光税」を大幅引き上げ そのねらいとは?

ヒマラヤの王国、ブータン。「幸せの国」として知られる国が今、揺れています。2022年9月、コロナ禍で事実上停止していた外国からの旅行者の受け入れを正式に再開。

一方で、これに先だって、いわゆる「観光税」の大幅な引き上げなどにも踏み切りました。これによって、外国人旅行客にとって旅行にかかる費用は2倍以上も増えるとみられています。

ブータン政府の狙いは何なのか?
詳しく解説します。

(ニューデリー支局カメラマン 森下晶)

ブータンってどんな国?

ブータンは、ヒマラヤ山脈のふもとにある、インドと中国にはさまれた王国です。面積は日本の九州ほどで、人口は70万あまり。

経済成長よりも、健康や環境など国民が幸せと感じる価値基準に重点を置く「GNH=国民総幸福」という独自の指標を取り入れていることで知られています。
素朴な国民性や豊かな自然、歴史ある寺院などが旅行者に人気です。

首都ティンプーにある仏塔は観光地としても人気

ブータン観光のルールとは?

ブータン旅行には、独自のルールがありました。

これまでは、旅行会社などを通してツアーを予約するのが原則で、その際、客は「公定料金」と呼ばれる1人1泊当たりの定額料金を支払っていました。

その金額は時期や人数などによって変わりますが、250ドル前後、日本円でおよそ3万3000円(1ドル=132円で換算)。そのなかには、ブータン政府に納める、いわゆる「観光税」のほか、ホテル代やガイド料金、交通費や食費など、ブータン国内の旅行に必要な費用などが含まれていました。

今回の変更で何が変わった?

まず、「観光税」が引き上げられました。これまでは65ドル、日本円でおよそ8600円を徴収していましたが、これを3倍以上の200ドル、2万6000円あまりに大幅に増額しました。

さらに「公定料金」制度が廃止され、旅行者は「観光税」を支払ったうえで、ホテルやガイド、食費などは、個別に支払うことになりました。その金額は、それぞれの業者側が自由に設定できるようにもなりました。

このため、今回の変更で、旅行者の立場からすると、「観光税」の200ドルを支払ったうえで、ホテルやガイド料金、交通費などを別々に支払うため、以前に比べてブータン旅行にかかる費用が倍以上になると言われています。

なぜ、制度変更を?

観光客の数を抑えつつ、外貨を獲得したいブータン政府のねらいがあります。

ブータンは1970年代に、外国からの旅行者を受け入れて以来、“High Value, Low Volume(高品質な旅を少数の人に)”という観光政策を掲げてきました。

首都ティンプーでツアーガイドの案内を受けるアメリカ人観光客

生活必需品の多くをインドなど外国からの輸入に頼っていることもあり、旅行者から外貨を獲得する一方で、自国の伝統や文化、自然を保護するため、旅行者の数を制限してきたと言われています。

しかし、その後、国は観光を主要産業の1つとして育てようと、観光PRなどに力を入れ、結果的に旅行者数は増加してきました。

新型コロナの感染拡大前の2019年には、外国からの旅行者は31万5599人。同じ方法で統計が取られ始めた2012年と比較すると、およそ3倍の数になっていました。旅行者数が増え続けることに、ブータン政府は危機感を持っていました。

ブータン政府観光局 ドルジ・ドゥラドゥル局長

政府観光局のドルジ・ドゥラドゥル局長は「旅行者を迎えても宿泊施設がなく、どこも混雑している状況は、もう繰り返したくない。いまこれを改善しなければ、オーバーツーリズムに向かうだろう」と当時の状況を振り返りました。

コロナ禍を経て2年半ぶりに旅行者受け入れを再開するいまこそ、従来の観光政策の原点に立ち返ろうー。
こうしてブータン政府は制度変更に踏み切ったのです。

観光業の現場での受け止めは?

この方針について、地元の観光業界で働く人たちからは、さまざまな声が上がっています。

外資系 高級ホテル

首都ティンプーにある外資系の高級ホテルは、今回の変更を新たなビジネスチャンスだととらえています。
宿泊客に観光プランを提案するなど、これまで以上に客の満足度を高めることで、富裕層の客を呼び込みたいとしています。

一方で、不安の声をあげる人もいます。

土産物店 サンゲイ・テンジンさん

ティンプーで23年間、土産物店を営んでいるサンゲイ・テンジンさん。
コロナ禍で店の売り上げは以前の5%にまで激減したと言います。「旅行者が以前のように戻ってこなければ、店をやめて他の仕事を始めることも考えている」と不安を口にしていました。

ブータン観光の行方は?

国際空港に到着した外国人旅行者を歓迎するセレモニー 2022年9月

新しい制度の導入で、ブータンを訪れる旅行者の数はどうなるのか。

旅行者数が少なくなるかどうかは隣国インドからの旅行者の動向しだいとの見方もあります。
2019年の統計で外国人客全体の7割を占めていたインド人には、「観光税」の支払い免除という優遇措置がありました。実は今回の新制度でも、インドからの旅行者は、例外的に税額が低く抑えられています。

このためインド人客が増えれば、再びオーバーツーリズムに陥る可能性も懸念されています。これについて、政府観光局の局長は「いずれは外国人客は皆同じ税額で一本化していきたいが、明確な時期や金額は決まっていない」と話しています。

さらに、旅費が高額になることから、日本人の若者がブータンの魅力や良さを知る機会が減ることを懸念する専門家もいます。

お茶の水女子大学 平山雄大講師

日本でブータンを研究しているお茶の水女子大学の平山雄大講師は「元々ブータンは公定料金制度のもとで観光を行っていて、南アジアの他の国と比べて少し敷居が高い国ではあったが、今回この制度の改定で、より敷居は高くなるのではないかと思う。確実に日本からの旅行者は少なくなるのではないか」と話しています。

観光産業による外貨獲得とオーバーツーリズム対策をどう両立させるのか。
世界を引きつけてきた「幸せの国」の観光の今後が注目されています。

 

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