
中国で厳しい行動制限を伴う「ゼロコロナ」政策が転換されてから1か月。
国内メディアがすでに6億人が感染したという見方を伝えるほど、感染は急速に拡大していますが、その実態は明らかになっていません。
習近平国家主席の看板政策だったはずの「ゼロコロナ」政策が、なぜここまであっさり終わることになったのか。
一気に「ウィズコロナ」に変わってしまった中国で、いま何が起きているのか。詳しく解説します。
(中国総局記者 中村 源太)
“「ゼロコロナ」終了”で何が起きた?

去年12月、厳しい行動制限から突然、自己責任での感染対策を求められるようになり、大混乱が起きました。
中国ではそれまで地下鉄に乗るのにも商業施設などに入るのにもPCR検査の陰性証明の提示が義務づけられ、市民は毎日のようにPCR検査を受けなければなりませんでした。
感染者だけでなく、濃厚接触者に加えて、さらにその濃厚接触者(2次濃厚接触者)まで強制的に施設で隔離するような徹底ぶりでしたが、そうした対応がなくなると感染がみるみる拡大。あまりの感染力の強さに薬局や病院には連日、長蛇の列ができるようになりました。

抗原検査キットや解熱剤といった市販の薬が不足し、商業施設や飲食店は軒並み臨時休業。企業は在宅勤務になり、感染を恐れて街から人がいなくなったのです。
宅配業者の配達員にも陽性が相次ぎ、配送拠点の周辺には配達されていない荷物が山積みになっていました。

そもそも「ゼロコロナ」政策って?
徹底した検査と厳しい行動制限などで新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込める政策のことで、中国語では「動態清零」といいます。

習近平指導部はその成果を共産党による統治の優位性を示すものだとアピール。習主席もこの「動態清零」について「堅持こそが勝利だ」と繰り返し、11月まではあくまでも「ゼロコロナ」政策を継続する姿勢を崩しませんでした。
どうして「ゼロコロナ」政策をやめたの?
深刻な経済の停滞に加え、11月下旬に起きた大規模な抗議活動が影響したという指摘も出ています。
北京や上海など各地で一斉に行われた抗議活動は、多くの人が厳しい行動制限によって職を失ったり収入が減ったりするなどして生活が苦しくなり、政府の「ゼロコロナ」政策に強い不満を抱いたのがきっかけでした。

厳しい言論統制が敷かれる中国でこうした抗議活動が起きたこと、そして批判の矛先が習主席や共産党にも及んだことは極めて異例で、これが政府の方針転換を早めたとする指摘もあります。
また、「ゼロコロナ」政策によって個人の消費や企業の生産といった経済活動の停滞が深刻化していたのは間違いなく、これについては中国政府も無視できなかったとみられます。
感染状況はどうなっているの?
感染対策が緩和された12月上旬以降、感染は瞬く間に全国に拡大し、各地で患者が爆発的に急増したとみられます。

感染症の専門家で中国疾病予防センターの曽光氏は、人口2000万以上の首都・北京について12月末時点で「感染率は80%を超えた」との見方を示しているほか、「多くの大都市で感染者はすでに5割を超えている」と話す別の専門家もいます。
中国の全人口14億のうち、すでに6億人が感染したのではないかと伝えるメディアもあるほどです。
具体的なデータはあるの?
専門家はざっくりとした数字を示すものの「ゼロコロナ」政策の転換で大規模なPCR検査なども行われなくなり、感染者数の正確な把握ができていません。
中国疾病予防センターが発表した1月4日の新たな感染者数は9308人。死者はわずか1人です。これに対し、700万余りと中国本土の200分の1の人口しかいない香港では同じ4日の死者が63人に上っています。

これについては、WHO=世界保健機関も、中国政府が感染しても基礎疾患が原因で死亡した人は統計に含めていないことなどを念頭に「死者数については定義が狭いなどの問題があり、感染の影響が過小評価されている」と苦言を呈しているほか、中国国内でもSNS上では「責任逃れだ」とか「統計上の魔法だ」などといった批判の声が高まっています。
街の人たちの反応は?
これまで徹底的に感染を抑え込んできた中国で、新型コロナウイルスは「未知のもの」という印象が強く、専門家も感染力の強さなどを強調してきたため、当初は多くの人が感染を恐れていました。
しかし、いざ感染すると「思ったほどではなかった」という人も多く、「感染したけれどかぜと変わらない。一度感染してしまえば気持ちはだいぶ楽になった」と話す人もいました。
一方で「毎日のようにPCR検査の大行列に並び、感染を防ぐために隔離や封鎖を経験してきた。それなのに一気に緩和してみんなが感染し、これまでの政策はいったい何だったのか」と政府の突然の方針転換を批判する声も聞かれました。
方針転換から1か月でどうなった?
北京では以前の日常が戻ってきていると感じます。
多くの人が感染したものの、すでに回復して経済活動が再開しつつあり、街なかでは渋滞も見られるようになりました。
北京ではこれまで「PCR検査を受けた?」というのが毎日のあいさつがわりでしたが、いまでは人と会うたびに「もう感染した?」と聞かれるほどです。
ただ、まだ発熱などの症状を訴えて病院を訪れる人も多く、インターネット上では高齢者や基礎疾患がある人が大勢亡くなっているという情報が連日伝えられています。
そしていま、懸念されているのが医療体制がぜい弱な地方での感染拡大です。

12月末に内モンゴル自治区の農村部を取材したところ、どの家も門が閉じられていて、人の姿はありませんでした。
医薬品が手に入りづらい状態も続いていて、ある男性は「ここでも感染が広がっている。90歳の父が熱を出したが受け入れてくれる病院が見つからない」と途方に暮れていました。
“「ゼロコロナ」終了” 今後どうなる?
中国では1月21日から旧正月の「春節」にあわせた大型連休が始まり、厳しい行動制限がなくなったことしは多くの人が地方に帰省することが予想されます。
「ゼロコロナ」政策の堅持によって多くの命を守ってきたと強調してきた習近平指導部。
「ゼロコロナ」政策の事実上の終了によって地方都市や農村部に感染が広がり、さらに多くの人が亡くなるような事態になれば、経済のさらなる悪化や社会不安にもつながりかねず、正念場を迎えることになります。