2024年1月30日
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「次の10年中国は危険な存在」世界最強・米軍が急ぐ陸軍変革

「次の10年を予測するなら、中国は軍事的に非常に危険な存在となるだろう」

アメリカ太平洋陸軍のトップ、チャールズ・フリン氏の言葉です。

世界最強とも呼ばれるアメリカ軍のなかでもっとも古い歴史を持つアメリカ陸軍は今、中国の動きを念頭に「ここ数十年で最大の変革」に着手しました。

アメリカ陸軍はどう生まれ変わろうとしているのか。変革の最前線・ハワイで取材しました。

(ワシントン支局記者 渡辺公介)

“パラオに武器を送れ” 真夜中に動き出した米軍

小雨がぱらぱらと降る午前2時すぎ。暗闇のなか、ハワイ・オアフ島にあるアメリカ軍の飛行場は、一角にだけ明かりがともされていました。

そこには、C17輸送機を前に黙々と作業にあたる軍人たちの姿がありました。兵器を輸送機に積み込む作業を進めていたのです。

輸送機に積み込まれる兵器(アメリカ ハワイ州 2023年11月)

積み込んでいたのはハイマース。精密で射程の長いミサイルの発射を可能にする高機動ロケット砲システムです。積み込みを終えるとあわただしく輸送機は飛び立っていきました。

向かう先は、7300キロあまり離れた南太平洋のパラオです。「深夜に移動するのは目立たないようにするためだ」(アメリカ軍担当者)と言います。

組織改編の柱“MDTF”

実はこれらは、アメリカ陸軍がNHKに公開した「MDTF」という部隊の訓練の一環です。目的は、太平洋地域での「展開力の強化」です。

有事を想定して、すみやかにアメリカ軍が島しょ部での戦闘態勢を整えることを目指しています。実際、パラオにハイマースを送ったあと、島では実弾を使った射撃訓練も行いました。

島嶼部での戦闘と言えば海兵隊が得意とするところですが、これまで大陸を主戦場としてきた陸軍までもがいま、島嶼部で戦える部隊へと“変質”しようとしているのです。

パラオでの「ハイマース」発射訓練

MDTFこそが、アメリカ陸軍が組織改編の柱と位置づけている部隊です。

Multi‐Domain Task Forceの略で、日本語では「多領域作戦部隊」と言います。2017年に創設され、アメリカ西部ワシントン州、ハワイ州、それにドイツに配置されています。「戦略火力」「サイバー」「防空」「後方支援」の4つの大隊で構成されています。

文字通り“多領域”での活動を想定していますが、最大の特徴は「戦略火力」だといいます。

ハワイでアメリカ陸軍主導の多国間訓練 MDTFも参加

「前進せよ!狙撃チーム、いっせいに動け!」

アメリカ陸軍が主導する多国間の軍事訓練(ハワイ州 2023年11月)

このMDTFも参加して、2023年11月に行われたのがハワイ州での多国間の訓練です。アメリカ陸軍が主導してイギリスやタイ、インドネシアなども加わりおよそ5300人が参加しました。

ハワイ州で訓練を行った背景には、▼島が多く、気候が温暖であることなど、インド太平洋地域に広く共通する環境を備えていること、それに、▼アジア太平洋地域を担当するアメリカ軍インド太平洋軍が司令部を置いていることがあります。

アメリカ軍としては、ハワイから太平洋各地へと戦力を投入する能力を高めることをねらったと言います。

MDTFの創設の理由は中国

実は、このMDTFの創設の背景にあるのが中国の存在です。中国は「A2AD=接近阻止・領域拒否※」と呼ばれる戦略をとっています。

「第1列島線」へのアメリカ軍の接近を阻止すること。そして、「第1列島線」の内側でアメリカ軍が自由に行動することを拒否するという戦略のことです。

その中国はアメリカ軍の基地があるグアムを射程に収め、「グアムキラー」の異名をとる中距離弾道ミサイル「東風26」の配備を進めています。

中国軍の中距離弾道ミサイル「東風26」(2019年)

※A2AD・・・ 中国が採用している軍事戦略に対する、アメリカの呼び方 Anti-Access(接近阻止)/ Area Denial(領域拒否)

ミサイルで対抗

この中国の戦略「A2AD」に対抗しようと、アメリカ陸軍はMDTFに精密で射程の長いミサイルの配備を進めています。将来的には、射程2700キロ以上の極超音速兵器も配備する計画です。

アメリカ陸軍が開発している極超音速兵器「LRHW」

そして、すでに配備されているのがハイマースです。アメリカ軍は有事の際に太平洋の島嶼部にこうした武器をすみやかに配備し使えるようにするため、今回、パラオに向けた輸送訓練を行ったわけです。

ハワイ州を拠点にするMDTFを率いるマイケル・ローズ大佐は、組織改編を進め練度を高めることで、中国の「A2AD」を打ち崩すことができると強調しました。

第3MDTF隊長 マイケル・ローズ大佐

ローズ大佐
「アメリカ陸軍は、ここ数十年で最大の変革に着手し、われわれはその一翼を担っている。『接近阻止・領域拒否』戦略に対抗するように設計されているのだ」

課題 “受け入れは誰か”

ランド研究所 ジェフリー・ホーナン上級政治研究員

しかし、アジア太平洋地域の安全保障の専門家は、課題もあると指摘します。

ホーナン上級政治研究員
「課題は、どの国がMDTFを受け入れるかだ。トランプ政権時代、当時のエスパー国防長官がさまざまな同盟国に長距離火力を備えた部隊の受け入れを打診したが、どの国も“YES”とは言わなかった。中国を刺激すると考えたためだろう」

東南アジアとの訓練拡大

そこでアメリカ陸軍が力を入れるのが、東南アジア諸国への軍事訓練です。

取材班がオアフ島で取材したこの日は、アメリカ軍とイギリス軍の兵士がタイ軍の部隊と共同訓練を行っていました。味方がけがをしたときに敵の攻撃を受けずに銃座を交代する方法などを指導していました。

タイ軍兵士を指導するアメリカ陸軍兵士

訓練などに協力することで、MDTFの受け入れを関係国から取り付けたい思惑もあるとみられています。

後方支援網の構築

MDTFとは別に、アメリカ軍が太平洋地域での軍事能力を高めるために力を入れているのが後方支援網の構築です。

その1つが、横浜市にあるアメリカ軍の輸送拠点「横浜ノース・ドック」の運用強化です。

アメリカ軍の輸送拠点「横浜ノース・ドック」

これまではアメリカ軍は必要に応じて要員を派遣する形で対応してきましたが、2023年1月に行われた日米の外務・防衛の閣僚協議で「小型揚陸艇部隊」の配備が決まりました。現在、13隻の船舶とおよそ280人の兵士の配備を進めています。

また、2023年夏には、オーストラリアで行われた多国間の軍事訓練でアメリカ陸軍の輸送船を使って重機などを上陸させました。陸軍はこのうち1隻をオーストラリアに残しておき、その後、インドネシアで行われた別の軍事訓練のために兵器を輸送したということです。

アメリカ太平洋陸軍で、後方支援を担うジェレド・ヘルウィグ少将は、太平洋地域での後方支援網の構築の課題について、管轄するエリアの広大さをあげています。

アメリカ太平洋陸軍 第8戦域支援コマンド司令官 ジェレド・ヘルウィグ 少将

ヘルウィグ少将

「太平洋地域における重要な課題は、移動能力だ。太平洋地域は広く水におおわれていて、島と島をつなぐ鉄道もない。そこで、われわれは、友好国に協力してもらっている。
われわれの任務は、統合軍があらゆる環境下で活動できるよう信頼性の高い後方支援網を構築することだ」

最大の抑止力は結束

今回、アメリカ太平洋陸軍のトップにも話を聞く機会を得ました。チャールズ・フリン司令官は、中国による軍備増強への警戒感をあらわにしました。

アメリカ太平洋陸軍トップ チャールズ・フリン司令官

フリン司令官
「過去10年の中国の軍事力の増強ぶりを振り返り、次の10年を予測するなら、中国は軍事的に非常に危険な存在となるだろう。
中国軍による軍事演習は、10年前と比較して、規模が拡大し、より複雑化している。そして、懸念されるのは、中国がどこへ向かおうとしているのかということだ」

特に警戒感を示しているのが、中国とロシアの連携です。

フリン司令官は、中国が、ウクライナへの軍事侵攻を続けるロシアと合同軍事演習を実施するなど連携を深化させている状況を踏まえ、同盟国や友好国との結束こそが最大の抑止力になると強調しました。

「中国とロシアが“限りがない友好関係”というのであれば、わたしは、その言葉どおりに受け取る。しかし、中国とロシアの関係にかかわらず、わたしにとって心強いのは、この地域全体での各国の団結とその意志だ。
陸上戦力における同盟国や友好国との結束は、中国の無責任で危険な行動への対抗手段となる」

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