2023年6月8日
世界の食 イギリス

酒造りにはまったイギリス人 SAKEカクテルまで!

まるでワインのような雰囲気のボトル。実はイギリス生まれの純米吟醸酒なんです。

日本酒に魅了されたイギリス人男性がロンドンで造り出しました。

さらに市内のバーでは「サケ・リキュール」を使ったカクテルも登場。

甘さはあるけど、後味に昆布のようなうまみが残り、どこか“和”の味がする…

ビールやウイスキーのイメージが強いイギリスで、どうやってSAKEファンを増やすのか。市場を切り開く工夫に迫ります。

(国際部記者 大石真由)

金融マンから転身し、酒造りの世界へ

ロンドン南部の街なかを歩いて行くと青い2階建ての不思議な建物に出くわします。

ロンドンの酒蔵「KANPAI」

外壁には、着物を着た“舞妓さん風”の女性が大きく描かれています。

ここは酒蔵で、その名も「KANPAI」。

出迎えてくれたのは、代表を務めるトム・ウィルソンさんです。ウィルソンさんがこの酒蔵を作ったのは2016年。

きっかけは、日本に旅行したことでした。もともと、自宅でビールづくりが趣味だったウィルソンさんは、旅先で日本酒の魅力に触れ、自分でもつくってみようと思ったといいます。

最初は仕事にする気はなく、妻と趣味として始めただけでしたが、SNSに酒づくりの様子を投稿したところ「是非この酒を試してみたい」という声が寄せられ、酒蔵を設立しました。

もともと金融業界で働いていたウィルソンさんは、平日の仕事後と週末に妻と二人三脚で酒造りを行う生活をおよそ2年間続けた後、酒蔵の運営に専念することを決意しました。

ウィルソンさん

「一粒のお米からさまざまな香りや味の酒を造ることができるのは、とても面白いと感じました。
一度お酒の世界にはまり、発酵について知れば知るほど抜け出せなくなるほどやみつきになったんです」

造っているのは、本格的な純米吟醸酒や本醸造酒

酒造りを始めた当初の生産量は年間およそ2000本程度でしたが、7年ほどの間に生産量が5万本ほどにまで増えました。

この酒蔵で造られている1つ、純米吟醸酒「KAZE」。

試飲すると、果実のような甘みがあり、後味にうま味も感じられ、辛口の日本酒が苦手の私には飲みやすく感じました。

ウィルソンさんは本格的な酒造りのため、米にもこだわっています。

山田錦や五百万石といった代表的な酒米を日本から取り寄せ。コストはかかっても高い質を保つために、日本産の米の割合はおよそ9割です。

私が取材に訪れたときも富山県産の五百万石で仕込みをしていました。醸造所内には、米の産地を示した日本地図も掲げています。麹菌も日本からの輸入だということです。

課題となるのは水です。

ロンドンの水道水はカルシウムやマグネシウムなどミネラル成分を多く含む硬水です。酒づくりの過程ではミネラルが多い水だと発酵が進みやすくなってしまうのだそうです。

温度が高いと発酵がさらに進んでしまい、できあがった酒に渋みや苦みが出てしまうという懸念もあります。そこで、ウィルソンさんは低温で時間をかけて発酵できるよう温度管理を徹底しています。

さらに、酒造りに適した水にするために、フィルターにかけて不純物を取り除くようにしていました。

世界有数の品評会にも出品

こうして造り出した酒は、ことし4月、ロンドンで審査が行われた世界有数のワインの品評会・IWC=インターナショナル・ワイン・チャレンジのSAKE部門にも出品しました。

ワインの品評会IWC SAKE部門の審査 2023年4月

SAKE部門に出品された数は1600以上。その多くは日本からのものです。

ウィルソンさんは、出品するだけではなく、味を評価する審査員も務めていて、3日間で何百という銘柄の酒をテイスティングし、他の審査員とそれぞれの特徴について議論しました。

最近の日本酒のトレンドもつかみ、自分自身の酒造りにも生かしています。

イギリスのパブでおなじみの酒ともコラボ!

ウィルソンさんがこだわって造った酒の数々。しかし、ビールやウイスキー、ジンなどが主流のイギリスでは認知度はなかなか上がりません。

スーパーを訪ねてみると店頭にはビールやワイン、ウイスキー、ジン、それに現地では「サイダー」と呼ばれるリンゴを使った果実酒が多く並べられていました。

日本酒は、ほとんどのイギリス人にとってなじみがありません。そこで力を入れているのがイギリスで定番のお酒と日本酒の要素を組み合わせた商品開発です。

サイダーメーカーとのコラボ商品

例えば「サイダー」の製造企業とは、酒造りに使われる酵母で発酵させ、酒かすを混ぜて1年間ねかせることで、新しい味を生み出しました。イギリス国内に複数の店舗を持つパブでも提供されました。販売すると、すぐに完売になるほどの人気商品に。

日本酒を飲んだことがない人や、抵抗を感じている人にも、

イギリスの人たちに親しみがあるお酒を通じて、日本酒を知るきっかけにしてもらいたいとウィルソンさんは感じています。そのためには、本格的な酒を販売するだけではなく、現地で親しみやすいアルコールをつくることが大切だと考えているのです。

バーではカクテルが登場

さらに、冒頭で紹介したようなカクテルも登場しています。

ウィルソンさんがつくった「サケ・リキュール」と名付けたお酒は、麹を原料に純米酒と同じような製法で造っています。カクテルに使いやすいよう焦がしキャラメルの風味を加えた種類なども展開。

世界トップに選ばれたこともあるロンドンのバーで出されるカクテル「コンマ・カメレオン」にはウイスキーやヤギのミルクのほかに「サケ・リキュール」が使われています。

カクテルを飲んだ人からは、「このリキュールを購入することはできないか」と問い合わせられることもあるといいます。

バーの店員は、「サケ・リキュール」が持つ独特な味をこう評価しています。

バーの店員

「リキュールが持つ香ばしさや麹の香りは、とてもユニークなものです。うま味と甘みのバランスはすばらしく、お客さんはいつも驚いています」

日本の酒蔵からも期待

ウィルソンさんの酒蔵にはバーが併設されていて、店内には、日本各地で造られた日本酒をはじめ、オーストリアやスペインなど世界各地の“SAKE”のボトルがディスプレーされています。

ことし4月には、広島県にある酒蔵の社長も訪れ、日本酒について理解を広めるためのイベントが開催されました。

海外で日本の酒が定着するためには、現地の酒蔵の存在が重要になると言います。

賀茂泉酒造 前垣壽宏社長

賀茂泉酒造 前垣壽宏社長

「日本酒が本当の意味で世界に広がっていくためには、日本からの輸出が増えることも必要ですが、それと同時に現地で生産される酒があることが大切です。
それが両方あわさって、日本酒の楽しさが広がっていくと思います」

“日本酒”をもっと多くのイギリスの人に

自分が大好きな日本酒をイギリスの多くの人に知ってほしい。

ウィルソンさんの挑戦はこれからも続きます。

トム・ウィルソンさん

「酒をもっと身近に感じてもらうために、ワインのような感覚で楽しんでもらうことが大切です。さまざまなスタイルの飲み方を提供する試みが重要だと思います。

まだまだ小さなメーカーですが、これからも成長し続けたいです」

もともとは日本国内の人々の暮らしや文化と密接に結びついていた日本の「食」。

今、グローバル化の時代となり、現地で受け入れられるように形を変えながら、海外で着実に広がっています。

日本からの一方通行ではなく、ローカル発のさまざまなアイデアや新しい発見が、まるで発酵するかのように醸成していくことこそが市場拡大のカギになることをウィルソンさんの酒造りを取材して理解しました。

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