2022年8月1日
ジョンソン元首相 経済 イギリス ヨーロッパ

スーパーの棚は“空っぽ” イギリスを苦しめるのは…

上の画像は、私が撮影したロンドンにあるスーパーの様子です。
近所のスーパーでは野菜や果物の棚がこのように空っぽで、ほしいものがなかなか手に入りません。1週間待っても入荷されないままの商品もあります。ペットボトルの水もずっと売り切れたままです。
毎日のように商品が補充される。当たり前だと思っていたことが、イギリスでは当たり前でなくなる事態が起きています。
(ロンドン支局長 向井麻里)
※この記事は2021年10月14日に公開したものです

棚は空っぽのまま

ロックダウン時のトイレットペーパーの棚(2020年3月)

スーパーに行ってもモノがない。

2020年の春も私は同じ経験をしました。新型コロナの感染拡大で外出が厳しく制限された、いわゆるロックダウンの時です。

トイレットペーパーやパスタ、卵などの買いだめが一気に広がり、店頭からあらゆる商品が消えました。私も卵を求めて何軒もスーパーを回りましたが、全く買えませんでした。

ようやく手に入ったのは、数週間後でした。

ペットボトルの水がない棚(2021年10月)

今回、地域によって状況は異なるようですが、私の家の近くのスーパーでは、トイレットペーパーや卵などは問題なく買うことができ、当時のような買いだめは起きていません。

一方、野菜や果物などの生鮮食品が足りません。ペットボトルの水もなかなか補充されません。時々思い出したかのように商品が並びますが、すぐに売り切れてしまい、思うように手に入れるのは容易ではありません。

モノはあるのに…

おわびの張り紙

どうしてこんなことが起きているのでしょうか。

スーパーの空っぽの棚には、利用客に宛てたこんなメッセージがありました。

「全国的に配送の問題があり、一部の商品が届いていません」

足りていないのは、商品ではありません。

その商品を運ぶ大型トラックの運転手が、イギリス中で不足しているのです。

影響は医療現場にも

インフルエンザワクチンの接種

トラック運転手の不足の影響は、スーパーにとどまりません。

イギリスでは、2021年9月から新型コロナワクチンの3回目の接種とともに、冬の流行に備えてインフルエンザのワクチン接種も同時に進められています。

ところが、このインフルエンザワクチンの輸送が滞っていて、私が取材した接種会場の医師は、予定どおり届かず、計画がたてにくいと困った様子でした。

レストランの食材調達にも影響が見え始めています。

ロンドンにある日本食のレストランにきいたところ、「市場には、少し古くなった野菜が並ぶようになった。輸送に時間がかかっているのかなと思っている」と話していました。

「日常」に戻ったはずが…

問題が大きくなったのは、新型コロナの感染対策がほぼ撤廃され、夏休みが明けたころからでした。

経済活動が以前の姿に戻り、物流が活発になったことで運転手が足りない状況が浮き彫りになったのです。

この事態を象徴するのが、ガソリン不足です。増加する需要に対して大型のタンクローリーを運転できるトラック運転手が足りず、ガソリンスタンドへの輸送が滞りました。

販売するガソリンがないとして、一部のスタンドは閉鎖。

不安にかられた人たちが、開いているスタンドに押し寄せ、いわば「パニック・バイ」が起こりました。

この動画は、ロンドンの友人が9月下旬の午前1時半に撮影しました。

スタンドにはこの日の午後、ガソリンが輸送され、その後、夜になっても、給油待ちの列が途切れることがなかったということです。

このように各地のスタンドに長い列ができ、ドライバーどうしで殴り合いのけんかが起こったなどという話まで伝えられています。

これと同じことが、スーパーや医療施設などへの配送でも起きているのです。

人手不足はわかっていたのに

この運転手不足、実はいつ起こってもおかしくないと言われ続けてきた問題です。

背景にあるのがイギリスのEU離脱です。

EUからの労働者はこれまで、大型トラック運転手をはじめ、レストランやホテルといったサービス業などさまざまな分野で、イギリスの経済活動を支えてきました。

しかし、2021年1月の完全な離脱を受けて、イギリスはEUからの移民の受け入れを厳格化。

低賃金の労働者にとっては、ビザの取得、英語力など、イギリスで働くためのハードルが上がりました。

このため、離脱すればEUからの労働者が減少すると指摘されていたのです。

さらに、新型コロナの感染拡大で多くの労働者がイギリスから自国に戻ったことが追い打ちをかけ、予想以上に影響が広がる事態となりました。

「国内で人材育成を」そんなに簡単?

業界団体は、大型トラックの運転手不足はイギリス全体で10万人規模にのぼると推計し、EUからの労働者に対するビザの要件を緩和するよう求めています。

ただ、ジョンソン首相は、離脱を成し遂げ、移民を規制することを公約に掲げて2019年の総選挙で勝利しただけに、移民規制の緩和を簡単に認めるわけにはいきません。

ジョンソン首相
「イギリスの経済が、低賃金でスキルも生産性も低いかつてのようなやり方に戻ることはない」

ジョンソン首相はこう訴えて、企業はEUなどからの低賃金の労働力に頼るのではなく、人材育成などに投資し、みずから人を育てるべきだと強調しました。

今は、高賃金で高いスキル、そして高い生産性による経済への移行段階だというのです。

政府は短期的な対策で混乱を乗り切ろうとしています。ガソリンの輸送を支援するため軍を投入したほか、大型トラック運転手およそ5000人を対象に期間限定のビザを発給するとしています。

しかし、これだけで運転手不足の解消にはなりません。政府が主張する国内での人材育成には、そもそも時間がかかります。

結局、なんとか運転手を確保しようという動きが強まって給料も高騰。なかには一気に40%も賃金が上がったという運転手の話まで伝えられています。

ジョンソン首相が「高賃金」の経済を目指しているといってもこれは極端で、急激な変化が社会に混乱をもたらしているのも事実です。

さらに、給与が高いとしても、たった数か月の短期間の仕事のために、わざわざイギリスまで来る労働者をどれだけ確保できるかもわかりません。

クリスマスに向け広がる不安

今、イギリスの人たちの間ではさらなる懸念が広がっています。

1年でもっとも大切なクリスマスへの影響です。

クリスマスは家族で集まって、食事をともにしますが、食卓に欠かせない七面鳥や豚などの加工にあたる人が足りず、不安視されているのです。

豚などは出荷できなければ処分するほかないということで、業界からは政府への怒りとともに、対応を求める声が強まっています。

2020年のクリスマスは、変異ウイルスの拡大で家族での集まりさえ制限されました。

新型コロナの規制はほぼなくなり、ことしはようやく家族で過ごすことができると人々は楽しみにしています。そんな期待に水を差しかねない状況です。

EUから完全に離脱して9か月余り。負の影響が、じわりとイギリスを締めつけています。

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