
ロシアのウクライナ侵攻を背景に、韓国が国際的な兵器市場での存在感を増しています。
受注を急激に伸ばし、その額は2022年には日本円で2兆円を超える見通しだと報じられています。防衛産業分野での輸出で世界4位入りを目指すとしている韓国。
どうして、これほどまでに兵器の輸出を拡大しているのでしょうか。
(ソウル支局記者 長砂貴英)
ポーランドが韓国兵器を「爆買い」
2022年7月、ウクライナと国境を接するポーランドが韓国から戦車や自走砲などを調達すると発表しました。驚いたのは契約額です。韓国メディアによると、総額は日本円にして1兆円超。戦車980両、自走砲648門、戦闘機48機を購入するというものでした。

韓国の大手メディアは「ポーランドの爆買い」などと表現し、防衛産業の躍進だとして一斉に報道しました。
ポーランドはウクライナに戦車などを多数供与しています。その穴を埋めるために、兵器の調達が急務となっています。その調達先の1つとして韓国を選んだのです。
韓国は、ウクライナに殺傷能力の高い兵器を直接供与しないとする立場を表明していますが、その一方で、ウクライナ周辺国に対する兵器の輸出を伸ばしているのです。
北朝鮮と対じする韓国の兵器
「韓国が輸出している兵器を直接目にする機会がありますよ」
韓国防衛産業の関係者から話を聞いて、9月にソウル近郊の韓国軍の演習場で行われた実弾演習を訪れました。演習は外国メディアを含めた報道陣にも公開され、世界各国の軍高官などが招かれていました。
韓国製兵器の能力を内外に示す、いわば「デモンストレーション」です。

戦車の隊列が標的に向かって前進し、砲口から一斉に火炎が吹き出します。「ドン」という轟音とともに砲弾が次々と目標に命中していきました。
南北の軍事境界線付近に実戦配備されている戦車や自走砲などが次々と登場し、その数は23種類、100以上に上っていました。
韓国軍の実弾演習を直接取材したのは初めてで、爆音に圧倒されました。

また、韓国軍兵士がポーランドに輸出されるものと同じ自走砲について説明した場面も印象に残りました。
この自走砲は、2010年に西部のヨンピョン(延坪)島が北朝鮮軍による砲撃を受けた後の反撃に使われました。

2010年ヨンピョン(延坪)島
外国の軍高官などを前に「ヨンピョン島で使われた兵器です」と説明する姿を見ながら、韓国が長年、北朝鮮の脅威に対じしていることも、各国が関心を寄せている背景の一つだと思いました。
右肩上がりの韓国防衛産業
韓国の兵器の輸出額は、どれくらいなのでしょうか?
韓国のシンクタンク「産業研究院」が2022年10月に公表した報告書によると、輸出は2000年代に入ってから徐々に右肩上がりになり、2021年には72.5億ドル、日本円にして1兆円余りに達しています。

また、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の報告書では、2021年までの5年間(2017~2021)で韓国の武器輸出のシェアは世界8位。それより前の5年間(2012~2016)の14位と比べると、大幅に順位を上げています。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の報告書より
2022年はウクライナ情勢の影響が重なり、さらに増える見通しです。韓国の通信社・連合ニュースは11月4日付けの記事で、ことし韓国防衛産業が外国から受注した額は170億ドル、日本円で2兆円余りになる見通しだと報じました。
兵器輸出は“オーダーメード”

韓国の兵器輸出拡大の歴史や背景に詳しい、キヤノングローバル戦略研究所の伊藤弘太郎主任研究員は、韓国の防衛産業の歴史を次のようにひもときます。
キヤノングローバル戦略研究所 伊藤弘太郎主任研究員
「韓国は1970年代に当時のパク・チョンヒ(朴正煕)大統領が防衛産業を急速に整備していきます。そして1980年代頭には自分たちの需要を満たすことができるようになりました。ただ、武器はいったん整備してしまうと5年、10年と使うため、工場の稼働率が落ちていきます。稼働率が落ちると技術開発の推進力も落ちますし、場合によっては防衛産業から撤退する企業も出てきます。こういうことが問題になって、国内需要だけではなく、海外需要も利用することで国内防衛産業を活性化しようということを始めたわけです。それは、2000年代に入り当時のイ・ミョンバク(李明博)大統領の政権から本格化していきます」

伊藤さんは、韓国製兵器がアメリカなどに比べて比較的、割安な点が強みになっているとする一方で、韓国で政権交代があっても大統領のトップセールスで外国に売り込んでいる点が特徴だと指摘します。
キヤノングローバル戦略研究所 伊藤弘太郎主任研究員
「韓国は強力なリーダーシップを持った大統領のもとで、関係省庁全てが連携してトップダウンで動くという構造です。そして関係省庁が関わって各国との交渉を積み上げ、最後に大統領自身が直接現地に訪問して、その国のリーダーと握手をして契約する。これは歴代のイ・ミョンバク(李明博)大統領、パク・クネ(朴槿恵)大統領、ムン・ジェイン(文在寅)大統領が一貫してやってきた売り方です。今のユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領も、それを引き継いでいるわけです」

さらに、韓国は相手の要望に沿った柔軟な対応を積み重ねてきた経緯があるといいます。
キヤノングローバル戦略研究所 伊藤弘太郎主任研究員
「韓国がポーランドに最初に兵器を売ったのはロシアによるクリミア併合があった2014年で、このときは自走砲を売りました。その際、完成品ではなく車両下部の軌道部分だけを売って、上の一部の生産はポーランドの防衛産業が担う形にしました。ポーランドの防衛産業への影響を配慮した契約で、さまざまな要望に合わせた『オーダーメード型』の契約といえます。ほかにも価格が安い中古品を売るとか、現地生産にするとか、細やかにオーダーを受けてきた実績が積み重なった結果、現在につながっています」
「20年、30年を見据えた今後の安全保障を考えるときに、韓国も含めて今、世界がどんな状況にあるのかを知っておくことは、日本にとっても大事なことではないかと思います」

ヒョンデ(現代)自動車グループの企業が生産している
ソウル近郊では大規模な兵器の展示会も行われていました。演習の翌日、会場を訪れました。展示されている戦車の看板には、韓国のヒョンデ自動車グループの企業の名前が書かれていました。
ここでも外国から大勢の軍高官や当局者などが訪れ、メーカーの担当者から説明を受けていました。
会場で、ある国の閣僚と遭遇しました。ウクライナに国境を接するスロバキアのナジ国防相です。

スロバキアはウクライナに地対空ミサイルシステムを供与しています。ロシアの脅威と対じするなかで、国防力の強化を急いでいます。
韓国の兵器について感想を聞いてみると、次のように答えました。
ナジ国防相
「われわれは米国のF16戦闘機を調達することにしていて、それに向けて訓練機を探しており、韓国製の可能性も含めて検討している。わたしがここで見ることができたシステムも、NATOやEU諸国と議論しているシステムも、すべて高品質だ。陸上部隊の装備の近代化も決めており、無人機にも関心がある」

ナジ国防相は同じ日に韓国のイ・ジョンソプ(李鐘燮)国防相と会談。両者は覚書を交わし、防衛産業を含めた幅広い分野で協力を進めることで一致しました。
輸出拡大は「外交戦略と密接」

韓国製の兵器に対する関心の高まりについて、韓国の専門家は国際社会での地位向上を目指す外交戦略とも密接に結びついていると説明します。
ホン・ギュドク名誉教授
「ユン・ソンニョル政権はNATO、EUとの協力を強調しています。その点で、単に兵器の輸出だけでなく、安保協力においても韓国政府がサポートできる分野があれば積極的にサポートするという考えです。韓国政府の目標はNATOやEUの関係国に単に兵器の輸出をするだけではなく、いかに戦略的パートナーとしての役割を見いだすかということにあります」
一方で、兵器輸出については慎重な管理が必要だとも指摘します。
ホン・ギュドク名誉教授
「最も重要なのは、輸出した兵器が不正に移転されてしまうことを防ぐことです。韓国の兵器が敵対的な勢力側に移転されないようにしなければならず、その点は韓国も政府の審議委員会を通じて綿密に輸出管理を行っています。不安定な国々に武器が流れていかないようにすることは供給者に課された、非常に徹底した責任であり倫理です」

ユン・ソンニョル大統領は「政府は防衛産業を経済成長をけん引する戦略産業として育成する」とも述べています。
韓国は、外交・安保・経済のそれぞれの分野を見据えながら、兵器の輸出を国家戦略として進める考えです。