2022年10月11日
北朝鮮

【詳しく】北朝鮮が発表した核法制化 そのねらいとは?

「朝鮮民主主義人民共和国の核戦力は、国務委員長の唯一の指揮に服従する」。

北朝鮮は建国から74年の前日、2022年9月8日に開いた最高人民会議で、核兵器の使用条件などを定めた「核兵器政策」に関する法令を採択しました。予告なしの突然の発表でした。

7回目の核実験の準備を完了したとされる北朝鮮。
なぜ、核兵器に関する法律を定めたのか。そのねらいを解説します。

(中国総局 石井利喜)

「核兵器政策」に関する法令とは?

北朝鮮の最高人民会議で採択されたのは、核兵器を使用する状況や目的を定めた11項目からなる法令です。

2006年に初めて核実験を実施した北朝鮮は、キム・ジョンウン(金正恩)総書記が最高指導者に就任した2012年4月、憲法に「核保有国」と初めて明記しました。

翌2013年4月には核保有国としての地位を強化するとした法令を発表し、「自国への侵略・攻撃があった場合に報復攻撃を加えるためにのみ使用できる」として、核兵器はあくまでも反撃手段と位置づけました。

「わが国の核保有国としての地位は不可逆的なものになった」とキム総書記が強調した今回の「核兵器政策」に関する法令によって、核兵器の使用条件などの詳細が初めて明らかになったといえます。

法令の注目点は?

まず、戦争の抑止が核兵器の基本使命だとした上で、核兵器に関するあらゆる権限について「国務委員長の唯一の指揮に服従する」として、国務委員長も務めるキム総書記に集中していることを強調しています。

そして、特に関心を集めたのが第6項にある「核兵器の使用条件」という項目です。

以下の対象に対して、「相手からの攻撃や攻撃が差し迫ったと判断される場合」に核兵器を使用するとしました。  

ポイントは攻撃が「差し迫ったと判断される場合」も含めていることです。

つまり、敵による攻撃の兆候が確認された場合でも核兵器を使用するということで、核兵器を先制攻撃に使用することも排除していません。

また、「国家指導部と国家核戦力指揮機構」について、キム総書記への直接的な攻撃を念頭に置いているという見方が出ています。

韓国の有力紙「朝鮮日報」は外交筋の見立てとして「キム総書記などの指導部を狙って特殊部隊を投入する、いわゆる『斬首作戦』や、北朝鮮の攻撃拠点を狙ったとみられる韓国側の動きだけでも、核兵器で先制攻撃をするということだ」と伝えています。

「絶対に核兵器を放棄することはできない」 キム総書記の強い核へのこだわり

最高人民会議で演説するキム・ジョンウン総書記

核兵器の法令化が持つ意味について、キム総書記は最高人民会議の演説で、「われわれの核をめぐって、これ以上駆け引きできないように不退の線をひいたことに重大な意義がある」とし、核兵器をアメリカとの交渉の材料にしないと強調しました。

その上で「われわれは絶対に核を放棄することはできない」とも述べ、現状では非核化交渉を拒否する姿勢を鮮明にしました。

北朝鮮の非核化をめぐる米朝の交渉は2019年2月、ベトナムのハノイで行われた、キム総書記とトランプ大統領との首脳会談が物別れに終わって以降、こう着状態が続いています。

バイデン政権は対北朝鮮政策について、非核化を段階的に進めるとしていますが、キム総書記は今回の演説の中で、「アメリカの目的は核を放棄させ、わが政権をいつかは崩壊させることにある」と述べ、警戒感をあらわにしました。
 
さらに、今回の法令では「外部の核脅威と核兵器をめぐる国際的な情勢の変化を恒常的に評価し、それに応じて核兵器を質・量ともに強化する」として、むしろ核開発をさらに推し進めていく方針を明確にしました。

今後の焦点は?

今後の最大の焦点は、北朝鮮が7回目の核実験に踏み切るかどうかです。

北朝鮮は、アメリカとの史上初の首脳会談を前にした2018年4月に、ICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験と核実験の中止を表明しましたが、アメリカとの交渉が行き詰まる中、2022年1月にその方針を見直すことを示唆しました。

2018年5月24日 北朝鮮当局によって爆破される豊渓里(プンゲリ)核実験場

その2か月後の2022年3月には、北東部プンゲリ(豊渓里)の核実験場で復旧の動きが確認されました。2018年5月には爆破して「閉鎖した」と発表していたところです。

韓国政府は、北朝鮮は起爆装置の実験をすでに行っていて、いつでも核実験を行える状態にあるとしたほか、韓国の情報機関は、2022年10月16日から始まる中国共産党大会の終了後から11月8日のアメリカ中間選挙までに行う可能性があると明らかにして、関係国の警戒が強まっています。

7回目の核実験の目的は?

2017年9月以来となる核実験の目的の1つとして指摘されているのが、核弾頭を小型化・軽量化して戦術核兵器を完成させることです。

新型戦術誘導兵器だとする短距離弾道ミサイルの発射の様子(2022年4月17日公開)

戦術核兵器とは主に戦場での使用を想定するもので、短距離弾道ミサイルなどで局地的な攻撃を行うために使用されるといわれています。キム総書記は2021年1月の朝鮮労働党大会で示した「国防5か年計画」で戦術核を開発する方針を明らかにしています。

キム総書記は最高人民会議での演説で、「もっとも重要なこと」と前置きし、「戦術核の運用空間を拡張し、核戦闘態勢を強化すべきだ」と強調しました。

小型化したとする核爆弾を視察したキム総書記 (2016年3月9日公開)

韓国メディアは、北朝鮮が韓国国内の重要施設や在韓アメリカ軍を攻撃できるよう、多様な戦術核兵器を開発する方針を示したものだという見方を伝えました。

北朝鮮のねらいとは?

防衛大学校 倉田秀也教授

北朝鮮の核・ミサイル開発に詳しい防衛大学校の倉田秀也教授は、北朝鮮の一連の動きには、朝鮮半島有事の際に初期の段階で核を使用する可能性を示すことで、アメリカに対して、軍の投入を思いとどまらせたい狙いがあると指摘します。

防衛大学校 倉田秀也教授

「北朝鮮の戦争のイメージは、いきなりアメリカから核兵器が飛んでくるような全面戦争ではなく、南北間の衝突に、アメリカが加担する、いわば『ローカルでの戦争』だ。朝鮮半島有事で、在韓アメリカ軍が介入してきた場合、通常戦力では北朝鮮に勝ち目がないとよく知っている。北朝鮮としては『アメリカ軍が介入してきた場合に核を使うぞ』という意味がある」。

倉田教授は、アメリカ軍の介入を阻止するために北朝鮮が使用する可能性があるのが戦術核兵器だとした上で、すでに開発が進んでいるのではないかと分析しています。

倉田秀也教授
「北朝鮮は通常戦力の延長線上として戦術核兵器を捉えている。現在韓国軍にも在韓アメリカ軍にも核兵器がない状況で、もし配備されれば、朝鮮半島のなかで使用するための核兵器を持っているのは北朝鮮だけになる。戦術核兵器の配備が間近の段階になり、そのための意思表示が法制化だったのかもしれない。北朝鮮は法制化を通じて戦術核兵器を実際に使用することを示唆している」。

「率直に言うと、核使用の敷居が下がり、朝鮮半島で核が使われる可能性がいままでより高まった。敷居を下げることでアメリカや韓国をより抑止しようという考えがあると思う。ただ、朝鮮半島でのアメリカの介入を防ぐという抑止がうまくいかなければ、アメリカ軍の基地があるグアムや日本を巻き込むこともありえる」。

また、このタイミングでの法制化について、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が与えた影響が小さくないという見方も示しました。

倉田秀也教授
「冷戦終結後に西側の勢力がどんどん迫り来る中で、ロシアは自分たちの安全保障を守るために侵攻せざるを得なかったというのが北朝鮮の主張だ。自分たちも日米韓によって圧迫されているという認識を持っている。法制化の背景には、こういう状況下で実際に核兵器を使用せざるを得ない場面があることを想定していて、キム総書記の演説からはウクライナ戦争の影響を見ることができる」。 

北朝鮮が戦術核兵器などを開発するためには少なくともあと4回の核実験を行うという分析も出ていますが、いまのところ国際社会は核開発を止める有効な手だてを見いだせていません。

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻でより緊迫しているともされる、核兵器が使われるリスクをどのようになくしていくのか、国際社会の取り組みが急がれています。

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