
世界最大の日系人社会をもつ南米のブラジル。ブラジルには人口の約1%、200万人を超える日系人が暮らしているとされています。
最大都市サンパウロには、日本食のレストランが1000を超え、市民にとって身近な存在です。
そんな中、日本人におなじみの「ご当地グルメ」で人気を集める店があります。
(サンパウロ支局長 木村隆介)
ブラジルで人気の名古屋めし「みそカツ」
中心部にある世界有数の日本人街・リベルダージの近くにあるレストラン。

ブラジルでも珍しい、とんかつの専門店があります。
さくさくの衣に包まれた揚げたてのとんかつにかけられるのは「八丁みそ」。
そう、名古屋の名物「みそカツ」です。


ブラジル人の女性客
「とてもおいしいです。カツがとてもやわらかいです」

日本からの駐在員
「名古屋の本場でも僕は食べたことがありますけれども、ほぼ変わらないいい味だなと思っています。みそカツっていうのがなかなか巡り会うことはないので、非常に有り難い存在だと思っております」
私も、早速、いただいてみました。
少し辛めで濃厚な味を想像しましたが、ほんのりとした甘みが口の中に広がり、その優しい味に驚きました。

とんかつ店を引き継いだ山口出身の店主
店主の伊藤幸枝さん(74)は、山口県出身で11歳の時に両親と6人のきょうだいとともにブラジルの内陸部に移り住みました。

その後、両親のもとを離れてサンパウロに来た伊藤さん。家の近くにあったこの店の厨房で、キャベツの千切りなどの手伝いをしていましたが、いまから24年前、日本に帰るオーナーに頼まれて店を引き継ぐことになりました。
伊藤さん
「オーナーが日本に帰るので、お店を誰かに譲ろうとしたんですが、引き受ける人がいなかったんです。ブラジルでは専門店はやっていけない。中華料理も刺身も出す、ミックス型のレストランじゃないと絶対だめだからといわれていたんです。でもオーナーが『幸ちゃんやってよ』とおっしゃって、夫も乗り気だったので、じゃあやろうかと」
夫婦で店を引き継いだ伊藤さん。

しかし、その1年後、夫を病気で亡くしてしまいます。
それまでカツを揚げたことがなかった伊藤さんは、途方に暮れたといいます。
伊藤さん
「日本からの駐在員のお客さんがたくさんいたんですけれど、私に変わってからは一斉に離れてしまい、これからどうやってやっていこうかと悩みました」
さらに、ブラジルならではの品質管理の難しさにも苦しみました。
伊藤さん
「ブラジルは納入される油の品質がそのたびに違うんですよ、同じメーカーさんでも全然、違うんですよね。日本は同じメーカーなら絶対変わらないですよね。でもここでは違うんです」

駐在員からのひと言をヒントに…
受け継いだばかりの店をなんとか軌道に乗せようと、伊藤さんは、新しいメニューの開発に取り組みます。大きなヒントになったのが、愛知からの駐在員のひと言でした。
伊藤さん
「『なんでとんかつ屋なのにみそカツがないんだ』って、いつもおっしゃって、『私は愛知出身じゃないですから』って言ったんですが、『やったらいいよ』と。でも八丁みそはブラジルで手に入らなかったんです」
みそカツ作りに取り組み始めた伊藤さん。こだわったのはあくまでも本場の味の再現でした。決め手となる八丁みそは、岡崎市から取り寄せました。
そして、みそカツの味を知る客のアドバイスを受けながら、ブラジルでも手に入る食材を使い手作りのタレを数年がかりで完成させたのです。

ブラジル人のリピーターも
味は、日本人の駐在員だけでなく、地元のブラジル人の間でも評判となり、新聞にも取り上げられました。
現在は、訪れる客のおよそ8割をブラジル人が占めているといいます。

「伊藤ガールズ」
「サクサクで脂っこくない。家でつくる肉の揚げ物と違う」
みそカツの本場、愛知県には、出稼ぎにいくブラジル人も多く、ブラジルに戻ったあと、懐かしい味を求めて来店する人も増えているということです。

伊藤さん
「みそカツを次にやりたいっていう人がいれば教えて、引き継いでいきたいです。みそカツをブラジルに残してくれる人が見つかればと思います」
「名古屋めし」がブラジルの新たな食文化に根づいていくのか、後継者づくりが新た課題となっています。