2022年8月12日
インドネシア

【世界の朝食から】安い うまい インドネシア庶民支える屋台飯

毎朝5時前にはモスクからイスラム教の礼拝を呼びかける「アザーン」が鳴り響くインドネシアの首都・ジャカルタ。

深刻な交通渋滞を避けようと、多くの人が朝早く家を出て職場に向かいます。

そんなインドネシアの人たちはどんな朝食で1日をスタートしているのか。多くの人でにぎわう屋台を“取材”しました。

(ジャカルタ支局長・伊藤麗)

ビルの間に広がる屋台街

人口1000万を超えるインドネシアの首都ジャカルタ。

高層ビルが建ち並ぶ中心部など、至る所で目にするのが昔ながらの屋台です。

NHKの支局があるビジネス街の一角にも多くの屋台が集まっていて、狭いスペースで会社員が肩を寄せ合ってごはんを食べたり、近くから小腹をすかせた人たちがオートバイで乗りつけて揚げ物を買ったり。
雑然とした中に人々の活気を感じることができる、インドネシアらしい光景です。

インドネシアの朝食はボリュームたっぷり?

私も支局のスタッフと昼食やちょっとしたおやつを買いに行くお気に入りの場所の1つですが、朝食は初体験。

「インドネシア人の朝食と言えば?」とスタッフに聞いたところ「屋台にありますよ!」と言うので行ってみることにしました。

私が選んだのはこちら。

インドネシアの朝食の定番「ブブール・アヤム」と呼ばれるおかゆです。

インドネシア語でブブールは「おかゆ」、アヤムは「鶏肉」。その名の通り、鶏肉などの具が山盛りで下のおかゆが見えないほどでした。

とろみの強いおかゆの上にまず、インドネシア料理に欠かせない「ケチャップ・マニス」と呼ばれる甘くて濃いソースをかけて味を整えます。その上に揚げせんべいを散らし、ほぐした鶏肉や揚げたタマネギなどを乗せて、できあがり。

辛いもの好きなインドネシアの人たちはさらにチリソースをかけたり、鶏肉のだしをかけて食べたりもします。

日本人が想像する“おかゆ”とはだいぶ異なるボリューム感ですが、地元の人たちにとっては「炊いたご飯ほどは重くなく、朝にちょうどいい量」だという一番人気の朝食です。

これで1杯1万3000ルピア(日本円でおよそ117円/8月12日のレートで計算)です。

朝6時ごろから始まり午前9時ごろまで続く屋台街の“朝食ラッシュ”。

アプリ開発会社営業・ウィタさん、39歳

2人の子どもがいるという会社員の女性が屋台裏のテーブルで「ブブール・アヤム」を食べ終え、一息ついていました。

「子どもたちのお弁当はなんとか作ったんですが、自分の食事は間に合わなくて。

 屋台があると楽だし早く食べられるのがいいです」

この道40年の店主が作る「ミー・アヤム」

いい香りで食欲をそそるのが「ミー・アヤム」と呼ばれる麺料理です。

中国に次いで、世界で2番目にインスタント麺を消費しているとされる“麺大国”のインドネシア(世界ラーメン協会の推計※日本は5位)。

「ミー・アヤム」は昼ごはんや夜ごはんとしても食べられているインドネシアの代表的な料理の1つですが、朝食として食べる人も多いといいます。

ここで「ミー・アヤム」の屋台を切り盛りしているファイノさん(66歳)。

ジャカルタから500キロ以上離れたジャワ島中部の出身でもともとは農家でしたが、20代のころにジャカルタに出てきて中華料理店で修行し独立しました。

以来およそ40年間、「ミー・アヤム」一筋で屋台を営んでいます。

木製の屋台の戸棚や引き出しから麺や具材を出して手早くゆで、鶏肉をこしょうやタマネギ、にんにくなどで煮詰めた特製のソースをかければ完成です。

地元の人たちだけでなく外国人も買いに来るということで「英語は話せないから、『イエス、イエス』としか言えないんだ」と照れくさそうに笑っていました。

私が注文したのはワンタンと肉だんごをトッピングした「全部のせ」バージョン。それでも1食1万5000ルピア(日本円でおよそ135円)という安さです。

※トッピングなしは1万2000ルピア(日本円でおよそ108円)

つけ合わせにはスープもあって、麺にかけて食べるもよし、別々に食べるもよし。インドネシア人でも好みは分かれるそうですが、私は別々派。しょうゆと食用油をパパッと入れて汁を注いだだけの豪快でシンプルな作り方ですが、コクがあっておいしいのです。

インドネシアの“屋台”その名前の由来は?

移動式の屋台は「カキリマ」と呼ばれています。インドネシア語で「kaki」が「足」、「lima」が「5」で“5つの足”という意味です。

なぜ“5つの足”なのか。

路上で食べ物を売る人(1935年ごろ)

地元の人の中には「屋台の車輪が2つ、屋台を支える棒が1つ、それに店主の足が2つで“5つの足”だから」などと言う人もいます。

ただ、歴史の専門家によると、1800年代にインドネシアでは建物の所有者は歩行者のために幅5フィートの歩道をつくる政策がとられました。「フィート」は英語で「足」の意味もあり、幅5フィートの歩道で物を売る人たちをやがて「カキリマ」と呼ぶようになった、というのが本来の由来とされているようです。

苦境続くインドネシアの屋台

その「カキリマ」の店主たちはここ数年、かつてない苦境に立たされています。

大きな影響を受けたのが新型コロナウイルス。

去年7月、インドネシアで感染が爆発的に広がると、政府の行動制限で多くの人が在宅勤務に。人がほとんどいなくなったビジネス街で屋台の売り上げは大幅に減りました。

その新型コロナからの回復を目指している中、今度はウクライナ情勢を背景に食用油が高騰。ことし4月には油の価格が前年と比べて最大で2倍近くにまで達し、抗議デモも起きるなど、屋台の店主たちの大きな負担となっているのです。

インドネシアの庶民支える屋台として

「ミー・アヤム」一筋40年のファイノさん。

屋台の売り上げは新型コロナ前の水準近くにまで回復してきましたが、最近は食用油だけでなく、麺や唐辛子など、ほかの食材の値段も上がっているといいます。周辺の屋台では料理の値上げに踏み切る店も出ている中、ファイノさんはまだ値上げをするつもりはありません。

「屋台での食事は所得が少ない人たちにとっては大切なものです。

 私たちが支えていかないといけません。

 私はなんとか生活できる分だけ稼ぐことができているのでまだ大丈夫です」

朝から昼へ交代 また明日

別の屋台で話を聞いていると午前10時をまわり、店主が「交代の時間だ」と言い出しました。屋台街では同じ場所を複数の店が時間を分けて共有し使っているのです。

朝食向けのおかゆの店は昼食向けのアヒル料理の店に交代。

店主は「じゃあね」と言って、屋台を引いて歩いて帰っていきました。

2045年には「先進国の仲間入り」を目標に掲げているインドネシア。

経済が発展し人々の暮らしが豊かになっていくことを願いつつ、インドネシアらしさが詰まった「屋台飯」もずっと食べられる、そんな国であってほしいと思いました。

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