2023年3月15日
アルゼンチン ロシア 中南米

ロシア人妊婦が南米アルゼンチンへ続々入国 いったいなぜ?

「国際線の同じ便にロシア人の妊婦が30人以上乗っていた」

南米アルゼンチンの空港でこの1年よく見かけるのが、おなかの大きな妊娠後期のロシア人女性たちです。

ウクライナへの軍事侵攻から1年。
ロシアから1万キロ以上離れたアルゼンチンに出産間際の女性たちが向かうのは、いったいなぜなのか。現地を取材しました。

(サンパウロ支局長 木村隆介)

おなかの大きなロシア人妊婦が現れたのは

南米アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの国際空港。

2月下旬、空港の到着口付近で待っていると、一見して妊娠中とわかる、おなかの大きな女性たちが次々と外に出てきました。

到着したのは、アフリカ・エチオピアの首都アディスアベバからの国際線。

「どこから来たのか」、「なぜアルゼンチンに来たのか」などと尋ねると、女性たちは一様にロシアから来たことは認めましたが、目的については「観光で来た」と言葉少なでした。

ロシア人は、観光であればアルゼンチンに90日間、ビザなしで滞在することができます。しかし、直線距離で1万キロ以上離れている上、直行便がないため、モスクワなどからアフリカや中東を経由して到着するまでには、フライトだけでも25時間から30時間、1日以上かかります。

ブエノスアイレスの国際空港

妊娠中の女性が長距離フライトというリスクを冒してまで、なぜ“観光”でアルゼンチンに来るのか。いったい何が目的なのか。

取材を進めていくと、現地に住むロシア人夫婦がその“目的”を語ってくれました。

「娘には自由に生きてもらいたい」

モスクワ出身のビクトリア・オブビンツェワさんと夫のヤロスラフ・グルホフさん。ブエノスアイレス中心部の集合住宅で暮らしています。

2022年2月24日。
ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始したその日に、初めての妊娠が判明しました。

2人は当時、ロシアに住んでいましたが、先行きが見通せない日々が続く中、アルゼンチン行きを決意し半年かけて準備を進めてきました。

去年9月にアルゼンチンに入国し、長女を出産。その後もブエノスアイレスに滞在を続けています。

ロシアでは仕事もあり、普通の暮らしをしていた2人でしたが、「子どもの将来を考えた末にアルゼンチンに来る決断をした」と言います。

ブエノスアイレスに滞在するロシア人夫婦
「子どもによりよい未来を与えたかったのです。ロシアではジャーナリストや戦争反対を訴える人たちが次々に拘束されています。私たちは娘には自由に生きてもらいたいと思っています。自分の意見を自由に言える環境で育ってほしいのです」
「借りられる住宅も見つかったので、私たちはここに3年はいるつもりです。アルゼンチンが自分たちを受け入れてくれるのかを見極めたいと思っています。同時にロシアの状況がよくなることを願っています」

アルゼンチンの移民当局によりますと、去年1月以降、アルゼンチンに入国したロシア人女性は1万人以上。

特にここ数か月は急増していて、ある国際線では同じ便にロシア人の女性で、しかも妊娠していた人が30人以上乗っていたケースもあったといいます。

地元メディアは、この1年アルゼンチンに入国したロシア人女性の大半が出産間際の女性だったと伝えています。

ブエノスアイレス

ロシア人がアルゼンチンで出産する最大の理由は、生まれた子どもにすぐにアルゼンチンの国籍が与えられ、両親も永住ビザがもらえるからです。そしてほとんどの場合、2年から3年滞在すれば、両親もアルゼンチンの国籍を取得することができます。

アルゼンチンの国籍があれば、欧米や日本など170か国以上にビザなしで入国することができます。

一方、ロシアのパスポートでビザなしで入国できる国の数は118か国(イギリスの民間の調査)。ウクライナへの軍事侵攻を受けて、ヨーロッパでは観光目的などでのロシア人の入国を原則禁止する国も出てきています。

こうした中、まずは子どもに、そして将来的には自分たちもアルゼンチンの国籍を取得したいと願うロシア人が増えているというのです。

ただ、出産目的の場合は事前の申告などが必要になるため、手続きのいらない“観光”という名目で入国する女性が後を絶たないと見られています。

まもなく臨月を迎えるロシア人の妊婦にも話を聞くことができました。

ダリア・チチコワさんはすでに妊娠8か月、話を聞いた10日ほど前にアルゼンチンに到着したばかりでした。

まもなく臨月を迎えるロシア人の妊婦
「子どもには、働く場所、暮らす場所、勉強する場所を自由に選べるよう選択肢を与えたいと考えています。今の状況でロシアにいても、ロシアのパスポートでは海外で高等教育を受けることはできません」
「アルゼンチンには大きなロシア人コミュニティがあり、必要な情報はすぐ手に入ります。ロシア語しか話せない人でも生活しやすいのです。SNSではみんな、ロシアよりアルゼンチンで出産してよかったと言っています」

アルゼンチンでの出産 助けるロシア人も

現地には渡航やアルゼンチンでの生活を支援するロシア人もいます。

おととしアルゼンチンに入国したデニス・コーガンさん。妻はウクライナ人で、去年3月アルゼンチンで長女が生まれました。

ロシア人の渡航や生活を支援するデニス・コーガンさん

自分たちと同じように、アルゼンチンでの出産を希望するロシア人に向けてSNSで情報を提供。

情報は無料で公開し、すでに100組以上のロシア人夫婦の渡航や現地での通訳、出産の支援を行ったといいます。

コーガンさん
「最初は少しでも人助けになればと思って始めましたが、私の連絡先が人々に共有された途端、問い合わせが殺到するようになりました。ロシア人の誰もが助けを求めています。私たちは、新しい国へ移住するという難しい決断をした人たちを支えたいのです」

アルゼンチン側の受け止めは?

受け入れ側のアルゼンチンは増え続けるロシア人妊婦の対応に追われています。

ブエノスアイレス市内にある総合病院では、去年9月ごろから出産を希望するロシア人女性が急増。

ブエノスアイレスの総合病院

12月には1か月でロシア人女性が37人出産しました。

この病院で出産した女性の半数近くをロシア人が占めるようになっています。

出産を希望するロシア人には通訳を連れてくるよう呼びかけるとともに、行政にも通訳の派遣を要請しました。

イグナシオ・プレビグリアーノ院長

プレビグリアーノ院長
「ロシア人の妊婦は一般的に妊娠26週~32週で来ます。ここでは、人種、国籍、信条に関わらず、妊娠中の女性は誰でも、無料で医療サービスを受けることができます」

そしてロシア人女性の移住を支援する弁護士は「自由を求める市民の受け入れは続けるべきだ」と主張しています。

クリスティアン・ルビラル弁護士

ルビラル弁護士
「アルゼンチンの市民権を求めることは自由を求めることと同じです。アルゼンチンでは、移住したいと望む世界中のすべての人たちを受け入れることが憲法で保障されています」

取材を終えて

子どもの未来のため、遠く離れたアルゼンチンでの出産を選ぶロシアの人たち。

アルゼンチンの人たちのなかには、一部で否定的な意見はあるものの、「多くのロシア人も戦争の犠牲者で、アルゼンチンのパスポートを取得する権利がある」とか、「仕事もするのであれば、経済にも貢献できて悪くないと思う」などと、肯定的に捉えている人が少なくありませんでした。

アルゼンチンの人たちのおおらかな国民性、そして、多くの移民を受け入れてきた国の歴史がその背景にあり、ロシアの人たちの出産を後押ししているように感じました。

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