2023年2月13日
世界の食 チリ 中南米

チリ産サーモンに“待った”!? サーモン生産大国で何が

寿司すしのネタで人気の、サーモン。

世界的な寿司人気を背景に、今、世界で奪い合いが起きています。

その一方で、サーモン生産を支える養殖に“待った”をかける国も。

サーモンをめぐり、世界で何が起きているのか、調べてみました。

(政経・国際番組部ディレクター 下方邦夫、サンパウロ支局長 木村隆介) 

世界的なサーモン人気

すでに世界の水産物の輸出額の約2割を占めているサーモン。

「サーモンの需要の伸びは、世界のほぼすべての地域で他の魚を上回っている」とFAO(国連食糧農業機関)が発表するほど人気が高まっています。 

その理由の一つが、日本食、特に「寿司」の人気です。

行列ができるブラジルの寿司店

いま欧米などの先進国に加え、東南アジアや中南米でも日本食レストランが増加。サーモンの他に生で食べられる魚が少ないため、需要が飛躍的に高まっていると水産物の流通に詳しい専門家は話します。

鹿児島大学水産学部・佐野雅昭教授
「寿司需要の爆発的な増大は、サーモンの流通に大きなインパクトを与えています。世界でサーモンは300万トン生産されていますが、それでも全然足りず奪い合いになっているんです。いま牛肉は二酸化炭素を増やし環境に良くないということで、魚への注目はかつてなく高まっています。もちろん健康にもいい。水産物消費にはいま追い風が吹いていて、その象徴が“寿司”、そのメインアイテムが“サーモン”なんです」。

チリの巨大産業 サーモン養殖

サーモン生産で世界全体の3割近く、日本の輸入の6割を占めているのが南米チリです。

南北に4300キロにわたる国土を持ち、世界有数の“細長い国”として知られるチリ。海岸線が長いため漁場の大きさも世界有数で、古くから水産業が盛んでした。

サーモン養殖の中心地となっている南部のプエルトモン市とその周辺には、卵からかえった稚魚を育てる淡水の施設や、沖合に広がる巨大な養殖場、サーモンを食品加工する工場などが集中しています。

チリの養殖場

地元の養殖業者のボートに乗せてもらい、沖合の養殖施設に到着すると、生けすの中を元気に泳ぎ回るサーモンの量に圧倒されました。

1匹当たり5~6キロに達するということで、網ですくうと重さで足がよろけるほどでした。

今やノルウェーに次いで世界2位の約100万トンを生産していますが、実は以前、南半球のチリにはサーモンは一匹も生息していませんでした。

約50年前、ノルウェーとよく似た入り組んだ海岸と、栄養豊富な海流がサーモン養殖に適していると考えたチリ政府が、日本に支援を依頼。日本の養殖技術者がチリへ赴き、初めてサーモンを持ち込んだのです。 

日本の協力で養殖方法を学んだ技術者

その後、日本のサーモン消費の伸びとともにチリの養殖産業も成長します。

輸出額はこの30年で30倍以上に拡大し、銅に次ぐチリで第2の産業にまで成長しました。

農業に適した土地が少なく、以前は「最貧困地域」とまで言われた南部に5万人以上の雇用を生み出し、地域経済に大きく貢献してきたのです。

サーモン養殖企業でつくる団体「インテサル」 エステバン・ラミレス・モラガ所長
「サーモン産業はチリ南部をがらりと変えました。50年前に存在しなかった産業が、いまや最も重要な経済活動となっているというのは驚くべきことです。そして日本との技術協力は今も続いています。サーモン産業の歴史は日本と一緒に歩んできたのです」

チリで起こる異変 “気候変動”

しかしそのチリで今、いくつかの異変が起きています。

一つは、プランクトンの大量発生によって起きる「赤潮」の頻発です。気候変動による海水温の上昇が関わっているのではないかと推測されています。

特に被害のひどかった2016年には約2300万匹ものサーモンが窒息死。

「赤潮」の被害にあったサーモン

被害額は約1000億円にのぼり、仕事を失ったサーモン関連産業の人々や漁民たちによって暴動も起こりました。

事態を重く見たチリ政府は6年前、赤潮の知見を持っている日本に対策を依頼しました。

JICA(国際協力機構)や日本の大学、水産研究所などが加わったプロジェクトチームが発足し、チリ側の研究者・政府機関と協力しながら、これまで未解明だったチリでの赤潮発生のメカニズムの解明に乗り出したのです。

海水を採取するチーム

研究チームは、プランクトンや細菌、ウイルスなど、海水中に含まれるすべての微生物の遺伝子を、最先端のゲノム分析技術を用いて解析。

微生物間の相互作用に加え、海水温、気候条件なども考慮に入れた赤潮発生のモデルを作るまでに至りました。

ただ、赤潮を正確に予測してサーモン養殖を救うにはまだ時間がかかるといいます。

広島大学 丸山史人教授

「基礎科学としては成果を出せましたが、予測システムを社会に実装することを考えるとまだスタートラインに立ったばかりです。しかしチリの皆さんにとって赤潮被害の軽減はとても重要なテーマで、日々期待の大きさを感じています。今回のプロジェクトによって日本とチリの関係もますます良くなっていますし、将来的な日本へのサーモンの安定供給という意味でも重要だと感じています」(プロジェクトの中心メンバー 広島大学 丸山史人教授)

大統領がサーモン養殖規制に乗り出す!?

一方で、政治の世界では養殖の拡大に待ったをかける大きな動きが出てきています。

去年、「環境保護」などを公約に掲げた左派のボリッチ大統領が就任し、サーモン養殖が環境負荷を高めているとして、規制を打ち出したのです。

実はボリッチ大統領は、養殖が盛んな最南端のマガジャネス州の出身で、議員時代から養殖産業を批判し、是正を求めて活動してきました。

ボリッチ大統領(去年5月の会見)

「サーモン養殖業界が自分たちの行動を反省してこなかったという確信に達したため、これ以上の養殖のライセンスを今後、一定期間認めない法案を提出します」

サーモン養殖の何が問題となっているのか。

1つは、サーモンが生けすから大量に脱走していることです。強風や不十分な管理などが原因で生けすの網が破れ、海に逃げ出したサーモンは2010年~2020年の間に495万匹にも及びます(チリ漁業局調べ)。 

壊れた生けす(チリ漁業局の報告書より)

チリ南部のパタゴニア地方は世界的に見ても貴重な生態系が残されていると言われています。

グリーンピースやWWFなどの国際的な環境NGOは、「外来種であるサーモンが絶滅危惧種などの固有種の魚を食べ、生態系に深刻なダメージを与えている」として危機感を強めています。

また、アメリカのモントレーベイ水族館が発表している報告書「シーフードウォッチ」は、「チリ南端部で一部の種類のサーモンの定着と生息域の拡大を示す証拠が明らかになりつつある」として、サーモンの野生化の可能性に警鐘を鳴らしているのです。

拡大する養殖場

チリ政府はこれまで国を挙げてサーモン養殖を振興してきました。

その結果、今、パタゴニアの自然保護区の中にまで養殖場が広がっています。

チリ最南端に位置するカウェスカル自然保護区には、67の養殖のライセンスが認められていて、この地域で伝統的な暮らしを営んできた人々にも影響が及んでいます。

先住民族カウェスカル族のリーダー、レティシア・カロさんが海岸を案内してくれました。

レティシア・カロさん

するといたるところに、養殖に使われたと思われるプラスチックのブイやホースが捨てられています。使われなくなって久しいという養殖の小屋も、海に浮かんだまま放置されています。

さらに、この地域で漁業を営んできた男性は「養殖が始まってから海底が汚染され、これまでよく獲れていた魚が捕れなくなった」と嘆いていました。

実際にこの自然保護区で養殖場を監視しているチリ政府の環境監督局は、サーモンの餌やふんなどの有機物が海底に堆積し、水質が悪化していると指摘。

去年、環境基準を守らず、水質悪化を隠蔽したとしてノルウェーの企業の養殖許可を取り消すまでに至りました。

養殖場の立ち退きを求める抗議活動

先住民族のリーダー、カロさんは「先祖代々守ってきた神聖な海が汚されることは、私たちの存在の一部が破壊されているようで、精神的なダメージは非常に大きいです」と語りました。

カロさんたちの団体は、伝統的に営んできた漁業や観光業が脅かされているとして、自然保護区での養殖の停止を求め企業側と裁判で争っています。

高まる“持続可能な養殖”を求める声

環境基準を守らない企業は、全体から見ればごく一部にすぎません。

欧米の大手スーパーから「持続可能な方法で育てられたサーモンしか買わない」という圧力が年々高まる中、養殖企業の間で進んでいるのが、「ASC認証」を取得する動きです。

ASC認証は国際的なNPOが始めた取り組みで、サーモンの脱走、抗生物質の使用量、水質など、定められたすべての基準を満たした養殖場にのみ与えられる認証です。

日系の大手サーモン養殖企業を訪ねると、すでに生産量の30%でこの認証を取得していて、来年中には他社に先駆けて100%を目指す目標を掲げていると話しました。

この会社では、生けすの網をアシカが食い破らないように頑丈な二重のネットを設置したほか、海中ドローンを使って網の破れや海底の汚染度などを細かくチェックしています。

さらに、定期的に地域コミュニティとの話し合いも進めています。

多大なコストと労力がかかるものの、「もはや環境保護対策なしでは会社が生き残れない」といいます。

サルモネス・アンタルティカ社 大平全人社長

「お客様の要望のレベルが年々上がってきていると実感しています。まだ100%認証を取得しろとは言われていませんが、これからハードルが上がっていくのは明白なので、我々としては先手を打っておくつもりです。“サステイナブルな養殖”というのが、サーモン企業にとってはこれから生命線になると考えています」サルモネス・アンタルティカ社(ニッスイの子会社)大平全人社長

サーモンが問いかけるものとは?

サーモン養殖が国の基幹産業にまで発展したチリ。

雇用を増やし生活レベルの向上に貢献する一方で、環境問題や先住民族の人たちとの共生など、多くの課題を突きつけられています。

日本でも、チリ産のサーモンはもはや食卓になくてはならない食べ物になっています。

サーモンをおいしく食べながら、地球の裏側の環境も守っていくために、どのような方法で養殖されているのかを消費者が注意深く見ていく必要があると感じます。

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