2022年10月31日
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北朝鮮の「人造肉」? 脱北者たち懐かしの「庶民の味」とは

北朝鮮で「人造肉」と呼ばれる食べ物があるのをご存じでしょうか。耳慣れない名前ですが、庶民に広く親しまれているものだといいます。いったい、どんな食べ物なのか。韓国に住む脱北者の人たちに、その味を再現してもらいました。

(ソウル支局 長砂貴英)

「北朝鮮の“人造肉”はおいしい」

料理をする脱北者の女性たち

北朝鮮についての取材をする中で「人造肉」にまつわる話は、たびたび耳にしてきました。一般市民に人気の食べ物だということまでは分かりましたが、過去、北朝鮮に何度か出張した際には、市民の日常に触れる機会がほとんどなかったため、口にする機会はありませんでした。

“人造肉”料理とは

そんな中、特派員として韓国に赴任し、ソウルで「人造肉」の料理をつくることができるという脱北者の女性と知り合うことができ、自宅にお邪魔しました。
顔を出して報じられると、北朝鮮にいる親類や知人に対する当局の監視が厳しくなるおそれがあるため、顔と名前を出さないという条件での取材です。

ソウル市内にあるマンションの一室。女性はせっかくの機会だからと、脱北者の知人2人を呼んで、いっしょに料理をつくる様子を見せてくれました。約束した時間よりも少し前に訪れると、すでに準備が進められていました。

人造肉を水で戻す

写真にある容器に入っているのが、「人造肉」です。幅は3センチほどで厚さは数ミリ、薄くて細長い形です。女性によると、これは大豆油を搾り取ったあとの「大豆かす」を潰し、薄くのばしてつくったものだということです。

乾燥して保存するため、堅く表面はざらざらしていて、水やお湯で戻してから料理に使うといいます。

針のない注射器でご飯をつめる

「人造肉」に炊きたてのご飯をつめていきます。これは「人造肉飯」と呼ばれる料理だそうです。

女性は先端に針のない注射器を使ってお米をつめていきます。北朝鮮では、皆そうやってつくるのかと尋ねると、女性が韓国に来て考案した方法だと、少し照れた様子で話していました。韓国に来ても、作り方や味付けの工夫を重ねているということでした。

辛みそをつけた人造肉飯

出来上がって大皿に盛り付けられると、隣には、辛みそが盛られた小皿が並びます。これをつけて食べます。

分厚い湯葉のような、お麩のような食感で、少し香ばしい味わいです。また、熱々のご飯に辛みそがよく合っていました。2、3個食べると、すぐにおなかが膨れて「腹持ちがいい料理だな」と感じました。

人造肉の由来とは?

ところで、なぜ、大豆の加工食品が北朝鮮で「人造肉」と呼ばれているのでしょうか。この日、マンションに集まって一緒に料理をつくってくれた脱北者の男性が教えてくれました。

中国との国境に近い北朝鮮北部の町(2011年NHK撮影) 

脱北者の男性

「北朝鮮で実際に庶民が、肉を手に入れて食べるのは、食料事情が厳しいので簡単なことではありません。その代わりといっては何ですが、手に入りやすい大豆の絞りかすから作った『人造肉』はタンパク質をとるのにはよくて、乾燥させているので保存も利きます。市場に行けば、よく売っているので、庶民は気軽にこれを買って食べます。韓国の路上屋台でトッポギが売られて市民が気軽に買って食べるような感覚で北朝鮮の人たちは食べています」

国連食糧農業機関(FAO)の発表によると、北朝鮮では2021年には計86万トンの食料不足が推計されていました。北朝鮮で「人造肉」が広く普及しているのは、国内の厳しい食料事情も、その背景にあるといえそうです。

さまざまな北朝鮮の冷麺

冷麺は製麺機で手作り

この日、「人造肉飯」のほかに、冷麺もごちそうになりました。製麺機から出てくる麺の色は透き通るような白色です。ピョンヤンの冷麺はそば粉が使われているため黒みがかっていますが、それとは対照的です。


女性によると、今回は、北朝鮮東部のハムン(咸興)で食べられる冷麺を再現したとのことでした。ハムン冷麺は、そば粉ではなくジャガイモのデンプン粉を使うため色が異なるということです。

脱北者が作ってくれたハムン(咸興)冷麺

たっぷりの湯で、ゆでたあとは、さっぱりとした甘みのあるスープを注いで、牛肉、錦糸卵、キュウリを添えて完成です。

さっそく食べてみると、麺はもちもちとした食感が強い、歯ごたえのあるものでした。一気に食べて、スープまで飲み干すおいしさでした。

脱北者たちと「庶民の味」

女性は、月に1度ほど、知り合いの脱北者たちに、北朝鮮の「庶民の味」を振る舞っていると教えてくれました。理由は、韓国での脱北者たちの置かれた厳しい状況だといいます。

ソウル大学統一平和研究院の専門家がことし4月に公表した調査結果によると、2017年から2019年までの間に行った脱北者300人余りに対するアンケートで、調査対象の2割近くが「韓国に来たことを後悔したことがある」と回答しています。その理由について、「文化的な違い」、「心理的な寂しさ」、「経済的な問題」などをあげています。

交流会で食卓を囲む脱北者たち

実際に女性の知人の中にも韓国に来て孤独を感じている人がいたことから、そうした人たちが孤立しないよう、数年前から定期的に脱北者どうしで集まり、懐かしい料理を並べ、交流会を開いてきたということでした。

この日、一緒に食卓を囲んだ、別の女性も、その集まりに参加したことのある1人でした。

脱北者の女性

「北朝鮮では医療機関で働いていましたが、当時の経験や資格は韓国では役立たないと言われて、いまは介護の資格をとるために一生懸命勉強しています。辛いこともありますが、みなで集まって、懐かしい味を口にすると元気になります」

韓国にやってきた脱北者の数は、食料事情が悪化した1990年代に大きく増え始め、韓国統一省の統計によると、その数は、これまでに合わせて3万人を超えています。

韓国政府は、定住のための教育や、住宅、就職などを支える制度を整え、地方自治体やNPO団体も支援活動を行っています。一方で、頼れる知人や親類がない脱北者が、次第に社会的に孤立していったり、経済的に困難な状況に陥ったりするケースも少なくありません。

脱北者をめぐっては、北朝鮮でどのような体験をしたのか、国内の実情はどうなのかという証言に注目が集まります。一方で、脱北後、それぞれがどのような立場に置かれているのか、そして韓国社会はそれにどう向き合おうとしているのかということにも、記者として目を向け続ける必要があると強く思いました。

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