2022年12月5日
世界の食 チャド ウガンダ ウクライナ アフリカ

「パンがなければ芋を食べよ」 上から目線?の発言に波紋!

「パンがなければお菓子を食べたらいい」。

フランス革命の前、王妃マリー・アントワネットが、困窮する国民がパンを求めて抗議する中で語ったとされています。
ベルサイユ宮殿で贅沢三昧の暮らしをしていた王妃の「上から目線」を象徴する逸話です。

そして、今、世界的な食料価格の高騰で多くの人々が生活に苦しむ中、ある国の大統領が語った「パンがなければ芋を食べたらいい」という発言が、波紋を呼んでいます。

(ヨハネスブルク支局長 別府正一郎)

揚げ物の匂い立ちこめる市場にて

揚げ物の何やらおいしそうな匂いが立ちこめていました。

早朝に、東アフリカ、ウガンダの首都カンパラにある市場を訪ねた時です。

匂いの主は、キャッサバのフライでした。

キャッサバは、タピオカの原料にもなるイモの一種です。

市場のあちらこちらで、これをフライドポテトのような大きさに切って、油で揚げて売っています。

1切れが日本円で4円ほどです。これを人々は数切れ食べていました。

「煮込んでもおいしいけど、朝食では油で揚げたものを食べるのが地元流だよ」と教えてもらいました。

さっと塩が振られたものを味見するとフライドポテトよりはあっさりしているように感じましたが、ほくほくの食感です。

キャッサバ人気の背景には・・・

ただ、ウガンダでは、キャッサバは農村部では広く食べられているものの、都市部の特に中間層にとっては、朝食の主流は本来はパンです。イギリスの植民地だったウガンダでは、パンと言えば、小ぶりの四角い食パンです。

しかし、ウガンダでは、今、都市部でもキャッサバの需要が高まっています。

キャッサバの芋

その理由は、パンの価格が上がっているからです。

2022年2月にロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まると、世界有数の小麦などの産地で知られるウクライナからの輸出が滞りました。

ウクライナ産の穀物に依存している国が多いアフリカでは、直ちに、輸入食料の価格高騰につながりました。

ウガンダも、ほかの多くのアフリカの国と同じように、ほとんどの小麦を輸入に頼っています。首都カンパラのパン屋では、20枚入りの食パンが、以前は4800シリング、日本円で170円ほどでしたが、取材した時期には5500シリング、日本円で200円近くに値上がりしたといいます。

マリー・ナタンバさん

スーパーマーケットの店長の、マリー・ナタンバさんは「小麦の価格が上がっていて、パンの値段を上げざるを得なかった。食パンは特に朝食に欠かせないが、前だったら20枚入りを3つ購入していた人が、今では1つしか買っていかない」と話していました。

そのキャッサバも値上がり!

そうした中、市場でキャッサバのフライを買っていた男性は「パンは高くなっているので、キャッサバを食べるようにしている、キャッサバならば、朝食の支出を抑えることができる」と話していました。

ところが、パンをキャッサバで代用する人が増えたため、そのキャッサバの値段も上がっています。

市場で揚げたキャッサバを売っている女性は、2022年6月に、キャッサバの仕入れ価格が急に2倍になったといいますが、値上げできずに苦慮しています。

「販売価格を2倍にするわけにもいかないので、苦肉の策としてこれまでよりも半分の大きさに切った上で、油で揚げて売っている。もちろん、お客さんからは、『小さくなった』と怒られます。だけど、どうしようもないです」と話していました。

大統領発言の波紋

こうした中、ウガンダでは、ムセベニ大統領が2022年5月に国民向けの演説で、「パンがないならば、キャッサバを食べたらいい」と呼びかけたことが波紋を呼んでいます。

演説するムセベニ大統領 2022年5月

発言について、伝統のキャッサバを見直すものだと好意的に受け止める人もいる一方で、ぜいたくな生活を重ね、フランス革命で処刑された王妃、マリー・アントワネットが、困窮した国民の抗議に対し「パンがなければ、お菓子を食べたらいい」と発言したとされる逸話と似ているといった批判や揶揄する声が出ています。

地元のマケレレ大学政治学部のカサイジャ・アプーリ教授は、波紋を呼ぶ背景には国民と長期政権の大統領との距離があるといいます。

マケレレ大学政治学部 カサイジャ・アプーリ教授

アプーリ教授
「キャッサバの方が安いわけだから、アントワネット王妃の逸話の発言とは趣旨が違う。大統領自身もキャッサバを食べていると話している。ただ、ウガンダの都市部の中間層の多くはキャッサバとは縁遠いのが実態だ。
結局のところ、『大統領は自分たちの生活の実態が分かっていない』という受け止めになっている」

「食料緊急事態宣言」をした国では

こうした中で、事態がいっそう深刻化している国もあります。

アフリカ中部にある、世界最貧国のひとつ、チャドです。

ここでも、ウクライナ情勢を受けて、輸入小麦の価格が値上がりし、パンの値段も上がりました。

チャドでは、2021年に過去10年で最悪とされる干ばつに見舞われ、国内の食料生産が落ち込んでいて、政府は2022年6月に「食料緊急事態」を宣言しました。

干ばつの被害が深刻なチャドの中部を訪ねました。

道中には、十分な餌がないため死んだロバを何頭もみかけました。

ファティメさん(画面左)、夫のアダムさんと息子ユーセフ君

農村で出会った穀物農家のファティメさん(32歳)は、干ばつの被害で去年の収穫は「全くなかった」と言います。

収入は、夫のアダムさんが、時々みつかる日雇いの工事の仕事で得られる賃金だけです。

ただでさえ苦しいのに、あらゆる食料価格が上がり、ますます手が届きにくくなっています。
これまでも5人の子どもを栄養不良が原因と見られる病気で失っています。

今、何よりも心配なのが、4か月の息子ユーセフ君の健康です。ファティメさんは「食料が少なくて、子どもたちが苦しむのがつらい」と話しました。

難民支援にも影響が

食料価格の高騰は、支援活動にも影響を与えています。

チャドには、周辺の国の紛争などを逃れて、あわせておよそ58万人が難民として身を寄せています。

チャド ヌジャメナの難民キャンプ

国連のWFP=世界食糧計画では、各地の難民キャンプでも、緊急の食料支援をしていますが、予算が限られる中で価格が高騰しているために、十分な量を調達できていません。

アブドラメーンさん(47歳)は妻と7人の子どもとカメルーンから逃れてきました。
「着の身着のまま逃れてきた。仕事を失い、支援には感謝しているが、子どもたちを含め家族にとって十分ではない」と話していました。

それもそのはずです。WFPでは、本来は、必要とする人に1日、2100キロカロリーにあたる食料を配給していますが、チャドでは、およそ半分の1日、1050キロカロリー余りを配るのが精一杯になっています。

WFPチャド事務所長 オノラさん

WFPチャド事務所のオノラ所長は「ウクライナ情勢を受けて4月以降だけでチャドの食料は9%値上がりし、今後数か月で、さらに60万人が貧困ライン以下の暮らしに転落することが懸念されている。8月になってウクライナからの海上での穀物輸出が再開したことはすばらしいことだが、問題は直ちに解消しない」と話していました。

長期化の懸念

ロシアが10月下旬にウクライナからの穀物輸出合意の履行を停止すると発表するなど、混乱と影響の長期化が懸念されています。ウクライナ政府によりますと、軍事侵攻以降の農産物の輸出量は、去年の同じ時期のおよそ半分に落ち込んでいます。

また、戦闘によって農地が荒らされるなどしてことしの収穫量は大幅に減る見込みです。
先進国でも、物価の上昇で人々の生活は苦しくなっていますが、アフリカの貧困層にとっては、命にも直結する課題です。
すでにぎりぎりの暮らしをしている人たちが、より苦しい状況に追い込まれるという、理不尽な現実が続いています。

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