2022年5月26日
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【詳しく】北欧目指すロシア人に聞く オフレコで出た本音とは

ロシアへの経済制裁を受け、北欧フィンランドとロシアとを結ぶ国際長距離列車は3月28日に運行が停止されました。
ロシアがウクライナに軍事侵攻してからおよそ1か月、ロシアとEUとを結ぶ事実上ただひとつの鉄道路線を利用していたのは、多くのロシア人たちです。

重い口を開いて出てきた本音とは。
(ロンドン支局長 向井麻里)

※この記事は2022年3月30日に公開したものです

スーツケース抱えて“脱出”

朝9時過ぎ。

私たちが待っていたのは、ロシアのサンクトペテルブルクから来るアレグロ号です。約350席は満席が続いていると聞き、その理由を確かめに来ました。

400キロを3時間半で結ぶ特急から降りてくる人たちの中には、大きなスーツケースをいくつも持った家族連れも目立ちます。新型コロナ対策で、列車にはロシア人とフィンランド人しか乗れません。

利用客が急増した3月初旬は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受けて欧米諸国からの経済制裁が強まった直後。欧米各国がロシアからの航空便の受け入れを拒否し、ロシアから出国する手段も限られるようになったときでした。

ロシア人がフィンランドに入国するには、ビザに加え、EUで認められているワクチンの接種証明も必要で、思い立ったらすぐ出発というわけにはいかないのです。

ロシアを出られなくなるかも

なぜ今、祖国ロシアを離れたのか。多くの人が口にしたのは、やはり経済制裁の影響です。

「もしかしたら今後、国境が封鎖されて国外に出られなくなってしまうかもしれない」
そんな不安もよぎったといいます。

IT関連の仕事で、ふだんは海外で暮らす32歳の男性は、去年12月からロシアに里帰りしていました。経済制裁が次々と強化され、いつも使っている銀行のカードが使えなくなりました。

仕事に欠かせないインターネットも、外部から組織内のサーバーにアクセスするためのVPNがロシア国内で遮断される可能性もあると考え、予定を早めてロシアを離れました。エネルギー関連のビジネスに携わっている32歳の女性も、ビジネス環境の悪化を理由に挙げました。

金融機関での送金ができなくなり、国際線がほとんどなくなって出張はできません。ヨーロッパ各国の取引先とやりとりも難しくなり、ロシアに留まって働くことはできません。ヘルシンキからトルコのイスタンブールに向かい、そこでビジネスを立て直そうと考えています。

ただ、多くの人たちは、カメラを持った私たちを、避けるようにして足早に通り過ぎて行きます。ロシア国内で言論統制が強まるなか、自分や家族の身に危険が及ぶことをおそれているようです。

“両親は親プーチン、子は反プーチン”

少しほっとした表情の女性が目に入りました。

留学先のドイツの大学に戻るという30歳の女性は、匿名を条件に、取材に応じてくれました。

経済制裁を受けて「ZARAやH&Mが閉店する前に買わなくちゃ」と買い物に走る人もいたそうですが、この女性の周りの若い世代の多くはVPNを使ってロシア国外のメディアから情報を集めようとしているといいます。

プーチン大統領が「特別な軍事作戦」と呼ぶ今回のウクライナ侵攻に疑問を感じている人たちは、彼女の家族が住むサンクトペテルブルクでも行われている抗議デモに参加しています。ただ、一緒に声をあげたくても、女性のように参加をためらう人は少なくありません。警察に拘束されれば職を失うなど大きな代償を払うことになりかねないからです。

彼女はたまたま留学ビザを持っていましたが、どこかの国のビザを取得できる算段もないまま、出国できずにいる友人も少なくないそうです。ドイツに向かう前に友人たちと集まったときには、これから自由にものが言えなくなると絶望している人もいたそうです。

一方で彼女曰く「親の世代はまた別」です。

「私の両親はプーチン大統領を支持しています。でも兄と私は反対の立場なので、家族のなかで、政治の話は絶対にしません。家族だからといって何でも話せるわけではありません」

この光景、この世代間ギャップは、彼女のまわりでは、ごく普通のことだといいます。

最後に、留学が終わればロシアに帰るのか尋ねると、女性は言葉に詰まりました。

しばらく考えて彼女が絞り出したのは「ロシアは私のふるさとで家族も友人もいます。戻りたい。でも戻れるかどうかわかりません」という答えでした。

「私たちロシア人は世界から嫌われていくんだろう」

カメラを回さないことを条件に、聞くことができたロシアの人たちの本音です。

「もう友達もできないかもしれない。ロシア人というだけで、これから差別され続けていくんだろうか」
「ウクライナの人につぐなうためになんでもしたいと思うが、私ひとりの力は限られている。何ができるのかわからない」

「私たちロシア人は世界から嫌われていくんだろう」

ほとんどの乗客がホームを去り、私たちも取材を終えて歩いていたときです。若い女性が後ろから走って追いかけてきました。

「自分はロシアを離れ、安全な場所にいるけれど、ロシアに残らざるを得ない人たちに対し罪悪感がある。少しでも自分にできることをしたい。何か手伝えることはないか」。

ロシア国内で政権に不満を持つ人たちが声を上げられない分、自分には世界に現実を知らせる責務があると思い詰めているようでした。

ロシアが引き裂いたのは、決してウクライナの人たちの人生だけではありません。

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