能登半島地震で伝統産業の「輪島塗」は大きな被害を受けました。輪島塗は職人たちが分業して作り上げるのが特徴で、「塗師屋(ぬしや)」とはその分業をまとめるいわばプロデューサーのことです。
被災した塗師屋の中には、復興を模索し、動き出しているところもあります。
店舗全焼・工房の漆器も被害 「全部作り直す」
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輪島塗の塗師屋の3代目、塩士正英さん。工房を兼ねた自宅は倒壊を免れましたが、棚に並べていた大量の漆器が散乱し、いまもその片づけに追われています。
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塗師屋 塩士正英さん
「ひとつひとつ見て、修復できるものは修復して、だめなものはまたやり直しする」
塩士さんは妻の純永さんとともに輪島市の中心部で店舗も営業していました。しかし地震による火災で全焼しました。
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店内では輪島塗の重箱などを陳列し、正月飾りをほどこしていました。
料亭からの要望に応えて特別に作った漆器などもたくさん保管していたといいます。
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塩士さんは「全部作り直します、また」。純永さんは「何年かかっても必ず作ってお返ししないと」と話します。
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120超の生産工程 “分業体制”の再構築が課題
輪島塗が届くのを待つ顧客のためにも、塩士さんは一刻も早く生産を再開させたいと考えています。しかしすぐには難しいのが実情です。
その大きな理由は、これまで地域で築き上げてきた“分業体制”が機能しにくくなっていることにあります。
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輪島塗には120を超える工程があると言われ、塩士さんたち「塗師屋」は各工程を担う職人たちの協力を得ながら漆器の企画・生産・販売を手がけてきました。
漆器店や職人などでつくる組合には100余りの事業所が加盟していましたが、ほとんどが被災しました。一時的に輪島を離れている人も少なくないと見られます。
塩士さん
「半分くらいは住んでいるところ(避難先)が分かったけれど。みなさん大変やと思うけど、本当になるべく早く帰ってきてほしい」
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展示会に出品目指す その方法とは
塩士さん夫婦は、生産再開の手がかりをなんとかつかみたいと、石川県内の別の漆器「山中塗」の産地に向かいました。
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塩士さんは2月に東京で開かれる工芸品の展示会に出品するつもりです。しかし火災で漆器の多くを失ったため、代わりに展示するものとして、漆を塗る前の「木地見本」を作ってもらえないかと依頼しに来たのです。
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純永さん
「全部燃えてしまったのがうちなので(展示会で)どんなブースにしようかなとすごく悩んでいて、この木地見本を置いて、お客様に『いますぐはお納めできませんけど、ご注文でお願いします』という形をとろうと思っている」
塩士さん
「この仕事が好きやから、まだまだすることが山ほどあるから。私ら仕事柄、現場から離れたらだめやと思うから。仕事できる限りはずっとやり続ける」
さまざまなプロの力が結集して生産されるだけに、すぐに生産を再開するのは難しいと見られていますが、災害を乗り越え、日本が誇る伝統産業を復興させようと模索する動きが今後も注視されます。
(経済番組 岩永奈々恵)
【2024年2月9日放送】
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