原子力

処理水放出 カギ握る流通業者の受け止めは

処理水放出 カギ握る流通業者の受け止めは

2023.08.13

福島第一原発にたまる処理水を薄めて海に放出する計画をめぐって懸念されていることのひとつが、海産物などの取引価格に及ぼす風評の影響だ。

 

そのカギを握る存在といえる水産関係の流通業者に、東京大学と福島大学がアンケートを実施した。

 

すると、海への放出に「反対」と回答した割合は、2019年に行った前回調査から半分以下に減少した一方、消費者である「国民への説明が不十分」と答える業者は6割に上り、依然として高い結果となった。

 

流通の現場は処理水の放出をどう受け止めているのか。実情を探った。

(科学文化部・長谷川拓)

流通業者にアンケート 「反対」は減少

福島第一原発にたまるトリチウムなどの放射性物質を含む処理水を基準を下回る濃度に薄めて海に放出する計画をめぐっては、風評による海産物の取引価格への影響が懸念されている。

流通業者は水揚げされた海産物の取り引き価格を決める立場で、東京大学と福島大学は2023年6月から8月にかけて、福島県内のほか東京・大阪・名古屋・仙台の水産関係の流通業者878社にアンケートを行い、8月4日時点で全体のおよそ17%にあたる152社から回答を得た。

同様の調査は2019年にも行っていて、今回はその結果と比較した。

このなかで、福島第一原発の処理水を海に放出する方針について賛否を尋ねたところ、全体では、

▼賛成が32.2%(前回6.7%)
▼反対が28.9%(前回66.9%)
▼わからないが35.5%で(前回23.0)

反対が大きく減り、賛成が反対を上回った。

ただ、内訳を見ると、

▽福島県内の業者は
▼賛成が20.8%(前回8.9%)
▼反対が50%(前回71.4%)
▼わからないが29.2%(前回17.9%)

▽福島県外の業者は
▼賛成は37.5%(前回5.7%)
▼反対は19.2%(前回64.8%)
▼わからないは38.5%(前回25.4.%)

となっていて、福島県内では依然、反対が賛成を上回っている。

また、処理水を基準以下に薄めて海に放出した場合に、東日本の各産地の海産物を仕入れたいと思うかどうか尋ねたところ、「仕入れたい」と「ある程度仕入れたい」をあわせた割合は、

▼福島県産は51.9%(前回37.6%)
▼岩手県産は71.1%(前回61.8%)
▼宮城県産は71.8%(前回62.4%)
▼茨城県産は69.7%で(前回53.3%)

いずれも前回と比べて10ポイント程度高くなった。

一方で、消費行動への影響について尋ねたところ、「影響は非常に大きい」と「影響はややある」をあわせた割合は、

▼福島県産は79.6%(前回88.2%)
▼岩手県産は50.7%(前回58.4%)
▼宮城県産は54%(前回64%)
▼茨城県産は58.5%で(前回64.6%)

前回より10ポイント程度下がったものの、影響があると考える人が多くなった。

これに関連して、今回新たに追加した設問で、「自分自身」が処理水を放出することの安全性を理解しているか尋ねたところ、

 ▼強くそう思うが14.5%
 ▼ややそう思うが44.1%
 ▼あまりそう思わないが23%
 ▼全くそう思わないが7.2%だった。

一方で、「国民の多く」が処理水を放出することの安全性を理解してきたと思うかどうか尋ねると、

 ▼強くそう思うが3.9%
 ▼ややそう思うが20.4%
 ▼あまりそう思わないが47.4%
 ▼全くそう思わないが17.1%で、

流通業者自身の理解と比べて、国民の理解が不十分だと考えている人が多い結果となった。

さらに、処理水について何が問題だと思うか複数回答で尋ねた設問では、「健康被害があると思うこと」は15.8%(前回40.4%)で、前回と比べて大きく減った一方、「国民への説明が十分ではないこと」は61.2%(前回65.7%)で依然として高くなった。

東京大学 関谷直也 准教授

こうした結果について調査を行った東京大学の関谷直也准教授は、以下のように指摘する。

(関谷直也准教授)
流通業者においては、トリチウムによる健康影響が小さいことなどの理解が進んできていて、処理水放出の必要性や安全性も多くの業者が理解している。ただ、国民にその必要性や安全性が伝わっているかというと、十分ではないと認識していることが確認できた。
処理水の放出によって福島県産の海産物の流通を止めないためにも、安全性に関する周知や広報を続けるとともに、国民が十分に理解しているという担保を事業者に示すことが重要だ。

東京・豊洲市場の現場は

では、実際に現場の関係者はどのように考えているのか。東京・豊洲市場で話を聞いた。

国内の量販店や飲食店に水産物を卸している仲卸業者は、魚を選んで買う消費者へのPRが必要だと話す。

泉久食品 蝦名嘉弘 統括本部長

(蝦名嘉弘さん)
結局は選んでくれる人の問題。食べたり、買ったりするのは私たちではなく、その先の飲食店や量販店、それに一般の人たちがどう思うかで魚の流通はガラッと変わってきてしまう。科学的には大丈夫と言っても、イメージ的にはマイナスの方が多く、普通にただ置いて「安全です」と言っていても、福島から離れた方をどうしても選んでしまうのではないか。イベント的にやってみるとか、一般の人によっぽどPRしないと難しいと思う。

堺周商店 酒井衛 専務(左)

安全性の理解は浸透してきていると話す業者もいた。

(酒井衛さん)
日本の消費者については、マスコミも躍起になって大丈夫だと言うだろうし、そんなに心配していない。安全性の理解も浸透してきていて、国内は今とほとんど変わらないような取り引きが続くと思う。福島県産の魚介類は「常磐もの」と言ってもともとトップランクですばらしい魚が多いので、すばらしい評価をし続けていただきたい。

一方で、懸念していたのは中国や香港など海外の厳しい反応だった。

政治的にいちゃもんをつけているだけなのはわかっているし、一番食べたいのは中国の人たちなので、相場が落ちたとしても、しばらくすればほかの国を経由するなどして戻るのではないか。ただ、香港への輸出が止まっただけで倒産する仲間や、商売ができなくなる漁師がいるかもしれないし、水産業に関わる仲間のことを考えると、賛同してどんどん放出しなさいとは言えない思いもある。

輸出業者も影響を懸念

処理水を海に放出する日本政府の方針に対して反発を強める中国に加え、東北地方を含む東日本の水産物への影響が大きくなるとみられているのが、これまで輸入が認められていた香港の規制強化だ。

香港政府は7月、実際に処理水の放出が行われた場合、東京、福島、千葉、栃木、茨城、群馬、宮城、新潟、長野、それに埼玉の10の都県を原産地とする水産物の輸入を禁止すると発表。

規制の対象地域を中国にあわせた形だが、香港は日本の水産物の主な輸出先で、去年(2022年)の輸出額はおよそ755億円と、中国の871億円に次ぐ規模になっていて、影響が懸念されている。

千里 高岩豊 社長

こうしたなか、東京・豊洲市場で仕入れた水産物など、香港への輸出が売り上げの半分を占めているという輸出業者は懸念を深めている。

(高岩豊さん)
まだ流していないのに現地の空港での検査が大分厳しくなっていて、荷物の引き取りに時間がかかっている。私も取り引き先も処理水自体に抵抗はないが、香港の政府による規制なのでいち民間人がどうこうできず、放出後にどうなるか、かなり心配している。天然物の魚介類は関東近辺が主要な産地なので、こうした産地から出せなくなると非常に厳しい。漁業関係者にとっても、高値で取り引きされる輸出ができなければ売り上げが落ちる可能性があり死活問題ではないか。

風評被害への対策は

政府は、処理水の海への放出によって風評被害が発生し、需要が落ち込んだ場合に備えて300億円の基金を設置している。

具体的には、福島県や周辺地域の漁業者団体などが申請すれば、▽社員食堂への水産物の提供といった販路拡大の取り組みや▽水産物を買い取って冷凍し、一時的に保管する事業などにかかる費用の補助を受けることができる。

この際、専門家で作る第三者委員会の審査を受ける必要があり、▼処理水の放出前と比べて、ひと月の取り引き価格の平均が7%以上下落していることや、▼風評の根拠となる報道やデータなどが求められるという。

このほか、東京電力も期間や地域、業種を限定せずに処理水の放出に伴う損害を賠償するとしていて、請求があれば、東京電力みずから統計データを活用して被害の有無を推認し、事業者ごとに損害額を算定するとしている。

実際に処理水が放出されれば風評被害はどうなるのか。注視していく必要がある。

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