原子力

原発事故9年「海か大気に放出を」ほかに選択肢は?福島の苦悩

原発事故9年「海か大気に放出を」ほかに選択肢は?福島の苦悩

2020.02.18

世界最悪レベルの原発事故からまもなく9年。東京電力・福島第一原子力発電所をめぐるさまざまな問題は、いまどのような状況になっているのか。そして、なぜそのような状況になっているのか。今回から7回に分けて丁寧にお伝えしていきます。

 

いま福島第一原発で大きな課題となっているのが、たまり続けるトリチウムなどの放射性物質を含んだ水、「トリチウム水」や「処理水」と呼ばれているものです。すでに1000基近くのタンクにおよそ120万トンがたまり、さらに日々発生し続けています。

 

この水の処分方法について、今月、国の小委員会が、現実的な選択肢だとする方法を示しました。その方法とは、「海か大気中に放出する」。さらに、この方法について小委員会は、「風評被害は起きる」との見解も示したのです。これに対し、地元福島県の関係者から反発の声があがっています。

 

なぜ「海」か「大気」なのか。他に選択肢はないのでしょうか。

処理方法めぐり国の小委員会の結論は

経済産業省の小委員会(1月31日)

経済産業省の小委員会は、2月10日、トリチウムを含む水の処理方法について、政府に報告書を提出しました。

社会学者や風評の専門家なども交えた有識者13人が参加し、3年にわたって議論してきたものです。

その内容は「基準を下回る形で海洋か大気中に放出する方法が現実的であり、このうち海の方がより確実に実施できる」とするものでした。

「海に放出」とは

報告書で示された「海洋放出」とは、ポンプで吸い上げた海水をトリチウムを含む水に混ぜ、基準以下に薄めたうえで、海に放出するという方法です。

日本を含め各国の原子力発電所では、基準を決めて海洋放出を実施しているなど実績があるとしています。

「大気中に放出」とは

「大気中に放出」とは、およそ1000度の高温で蒸発させ、排気筒から大気中に放出するという方法です。

41年前にメルトダウンを起こしたアメリカ・スリーマイル島の原子力発電所で、実際に行った実績があるということです。

ほかの選択肢は

国の小委員会が選択肢として選ばなかった方法には、次のようなものがあります。

・電気分解して水素にして大気中に放出する方法。
・地下深い地層に注入する方法。
・セメントなどに混ぜて板状にして地下に埋める方法。

小委員会の報告書によると、これらの方法は実施した前例がないため、新たな規制づくりや処分場の確保などが必要になるなどとして、「現実的な選択肢としては課題が多い」と否定的な見解が示されました。

そのまま保管という選択肢は?

議論の過程で行われた、住民が参加した公聴会などでは、タンクを増設してそのまま長期保管できないか、といった意見も出されましたが、これについても報告書は否定的な見方を示しました。

その理由について、小委員会は、「タンク増設の余地が限定的で、敷地外を利用するにも地元自治体の理解など相当な調整と時間を要する」などとしています。

踏み込んだ見解「海のほうが確実に実施できる」

報告書はより踏み込んだ見解も示しています。「海に放出する方法のほうが、より確実に実施できる」としたのです。

その理由として、準備する設備が簡易であることや、大気に比べて、海の方が放出したあとの放射性物質の拡散の監視もしやすいことなどを挙げました。

報告書に明記「風評被害は起きる」

さらに報告書には、風評被害への懸念について、次のように記されています。

「海と大気のいずれでも風評被害は起こる。海洋放出の場合、公聴会などで出された住民らの意見や海外からの反応などを見ると、社会的影響は特に大きくなる」

報告書をまとめた委員長は

小委員会の委員長をつとめた名古屋学芸大学の山本一良副学長は記者会見で次のように話しました。

小委員会 山本一良委員長
「福島の復興のためには廃炉を進めていくことが重要で、原発の敷地の制約から本丸である燃料デブリの取り出しが遅れるようなことがあってはならない」

その上で、山本委員長はこの選択肢はあくまで提案であり、政府には地元の意見を聞いた上で“最適点”を見つけてほしいと付け加えました。

「判断は消去法的だった」

今回の報告書について、小委員会の委員のひとり、東京大学の関谷直也准教授は、最後は消去法的な判断だったと話します。

小委員会 関谷直也委員(東大准教授)
「海か大気かといった環境への放出がやむを得ないというのは消去法的にはわかる。しかし、社会的影響が大きいのは事実。どんな対策をどれだけ増やすか具体的な議論は不十分だったと思う。どんな時期、方法、そして対策がいいのか今後、合意を得られるよう丁寧な議論を続ける必要がある」

福島からは反発の声

今回の報告書には、地元・福島から反発の声があがっています。

相馬市で旅館経営 管野正三さん
「福島県は震災から9年がたち、復興に向けて頑張っているところなのだから東京湾など県外で処分してほしいというのが本音です。福島で処分するという結論ありきになるのではという懸念があります」

相馬市の漁業者 高橋通さん
「トリチウムを含む水の処分は、本当に安全なのか、国に、わかりやすい形で証明してもらわなければ、消費者は納得しないと思う。消費者に理解されてからでなければまたも風評被害を受けてしまう可能性が高い」

「海への放出」については特に漁業者から心配の声があがっています。

福島県では原発事故のよくとしから試験的な漁が続けられていて、水揚げのたびに放射性物質の検査を行い、安全性を確認した上で出荷しているほか、首都圏のスーパーに福島県産の魚の常設コーナーを設けてもらうなど、風評の払拭(ふっしょく)に向けた取り組みを重ねてきました。

もし福島県内でトリチウムを含む水が海に放出されれば、これまでの取り組みが台無しになってしまうのではと懸念が広がっています。

太平洋に面した福島県いわき市の市長は、国に地元の声をしっかり考慮するよう求めるコメントを出しました。

いわき市 清水敏男市長
「国においては、被災地の復興状況や風評などの社会的な影響を十分に考慮した検討を進めるとともに、処分方法とその安全性、具体的な風評対策などについて市民や関係者に丁寧に説明し、理解を得た上で決定するよう、引き続き強く求めていきたい」

そもそもトリチウムとは?

そもそもトリチウムとは、どんな放射性物質なのでしょうか。

専門家などによりますと、「トリチウム」は日本語では「三重水素(さんじゅうすいそ)」と呼ばれる水素の仲間です。

宇宙から降り注ぐ宇宙線などによって自然界でも生み出されるため、大気中の水蒸気や雨水、海水それに水道水にも微量に含まれています。

私たちの体内にも微量のトリチウムが取り込まれているそうです。

トリチウムは放射線を出しながらヘリウムに変化していくので、12年余りで元の量の半分になります。つまり、「トリチウムの半減期は12年余り」、およそ12年ごとに放射線量が半分に減っていきます。

人の体への影響は?

トリチウムの人の体への影響はどうなのか。

国の小委員会がまとめた分析では、トリチウムが出す放射線は弱いことから、体の外から放射線を受ける「外部被ばく」よりも、体の中に取り込んで放射線を受ける「内部被ばく」の影響をよく考えるべきだとしています。

トリチウムが体内に入った場合、体内の物質と結合して濃縮するのではないかといった指摘もありますが、こうした指摘に対して小委員会がまとめた分析では、「体はDNAを修復する機能を備えている」とした上で、「これまでの動物実験や疫学研究からはトリチウムが他の放射性物質に比べて健康影響が大きいという事実は認められず、マウスの発がん実験でも自然界の発生頻度と同程度だった」としています。

放射性物質に詳しい茨城大学の田内広教授は、「体内にトリチウムが取り込まれてDNAを傷つけるというメカニズムは確かにあるが、DNAには修復する機能があり、紫外線やストレスなどでも壊れては修復しているのが日常だ」と話しています。

その上で、田内広教授は、トリチウムが放射線を出すことには変わりはないので、濃度が濃くならないように管理することがポイントだと指摘しています。

なぜ発生し続ける? なぜ取り除くことができない?

そもそもトリチウムはなぜ原子力発電所で発生するのでしょうか。そしてなぜ取り除くことが出来ないのでしょうか。

福島第一原発では、今も1号機から3号機の原子炉やその下の方に溶け落ちた核燃料が残されています。熱を出しているため、常に水を注入し冷却をしなければなりません。この水が核燃料に触れると放射性物質を含み、「汚染水」となります。

その量は徐々に減ってはいますが、それでも、いまも毎日170トン前後発生しています。東京電力は、現状の計画では、2022年夏ごろにはすべてのタンクが満杯になるとしています。

この汚染水は敷地の中につくった施設に送られ、特性が異なる複数の吸着剤を使って放射性物質を取り除く処理が行われています。しかし、水素の仲間のトリチウムは、水の一部として存在しているため、汚染水の水の中から取り除くことが難しいということです。

今後の議論の焦点は?

この問題、今後、どうなるのか。

最終的な処分方法を決定するのは政府です。その前に、地元を中心とした幅広い関係者から意見を聞く方針を経済産業省は明らかにしています。

これについて、原発政策などに提言を行っている市民団体は、急いで海や大気に放出をしないで、タンクに長期保管する方法など、報告書以外の解決策を考えるべきではないかと提言しています。

理由としては、半減期で時間がたてばトリチウムなどの放射性物質が減っていくことや、分離技術の実用化など新たな技術開発も時間をかければ期待できるなどとしています。

また、敷地の外にタンクを増設することを地元と率直に相談すべきではないかとも指摘しています。

さらに風評被害の懸念にもしっかりと向き合う必要があります。

小委員会の委員のひとり、福島大学食農学類の小山良太教授は、「地元の漁業者や観光業、飲食業の人たちにとっては、今後、事業自体が成り立つかどうかにも関わってくる大きな問題だ。水産物に関しては諸外国も関心を持っている。国は関係者と対話をする場を持つことが重要だ」と指摘しています。

国などのアンケート調査では、消費者よりも流通業界が心配する傾向があり、福島県産の出荷が伸び悩む要因の1つになっているという分析も出ています。

トリチウムを含む水を小委員会の結論通りに海や大気に放出するのか。それとも地元などから上がっている声を受け止め、別の解決策を探るのか。福島の復興の行方を大きく左右する問題なだけに、国には、真摯(しんし)な姿勢でこの問題に向き合うことが求められています。

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