“全市避難せよ!”いったいどこへ?
「全市に避難指示」
あなたにこんな情報が届いたら、どう行動しますか? 2019年7月の記録的な大雨で、市内「全域」の59万人に避難指示が出された鹿児島市では、住民から戸惑いの声が上がりました。命を守る情報をめぐる混乱を取材すると、市の思いと、住民の受け止めの間にギャップがある現状が見えてきました。
(社会部記者 藤島新也・鹿児島放送局記者 老久保勇太)
2019年7月にニュースで放送された内容です
目次
全域と言われても…
「鹿児島市から出ろってことか?」
2019年7月初旬。記録的な大雨が降る中で鹿児島市が市内全域に避難指示を発表。対象人数は59万人にのぼり、ネット上には戸惑いや不安の声が相次ぎました。
「全域に避難指示と言っても、どこに避難しろと?」
「59万人。ちゃんと受け入れてもらえるのかな」
鹿児島市が開設した避難所の合計収容人数は約8万5000人。59万人全員が避難して来れば、とても入りきれる数ではありません。
この大雨では鹿児島県内の9つの自治体が「全域」に避難指示を出したほか、隣の宮崎県でも都城市などが全域に避難勧告を発表しました。
ルールはあるの?
そもそも市町村が避難指示や避難勧告を出す場合、対象地域とする範囲についてのルールはあるのでしょうか?
実は、法律による明確な定めはありませんが、国は「避難勧告等に関するガイドライン」の中で次のように一定の考え方を示しています。
『発令対象区域は、居住者や施設管理者等が危機感を持つことができるよう、適切な範囲に絞り込むことが望ましい』
実際に、対象地域の絞り込みを進める自治体もあります。神戸市は避難指示・勧告を各区の「土砂災害警戒区域」などに絞って発表します。
また横浜市は市内2400か所余りの土砂災害警戒区域を独自に調査し、特に危険性の高い100か所余りを「即時避難勧告対象区域」に選定しています。
災害情報に詳しい静岡大学の牛山素行教授は、こう指摘します。
▽「全域」という情報は、市内に安全な場所が無いと受け取ることができるので、住民はどこに逃げればいいのか…と戸惑いや混乱があったのではないでしょうか。
▽自治体は災害の見逃しを防ぎたいといったねらいがあると思いますが、通常、市内全域で一様に土砂災害や洪水のリスクがあるとは考えにくいです。危機感を持ってもらうには、絞り込んだ発表をするのが望ましいと思います。そうでなければ情報が軽視され、信頼を損いかねません。
「全域」でも「全員」じゃない!?
なぜ今回、鹿児島市が全域に避難指示を出したのか、市の担当者に聞いてみました。その理由はというと…。
「鹿児島市内は崖や中小河川が多く、今回のような大雨では地区を区切ることに大きな意味がなかった」
さらに、こんな答えも返ってきました。
「市全域に避難指示を出しましたが、市民全員が避難所に避難する必要があるとは考えていませんでした。土砂災害警戒区域など危険な場所に住む人たちに避難してもらいたいという情報でした」
つまり、鹿児島市の意図は「市内全域に避難指示を出すけれども、実際に避難が必要なのは危険な地域に住んでいる人」ということだったのです。
鹿児島市の森市長も避難指示発表直後の会見で「特に崖地や河川の近くにお住まいの方は早めに避難してほしい」と呼びかけていました。
住民に任された避難の判断
住民は「全域」の意味をどう受け止めたのでしょうか。私たちは崖崩れが起きた鹿児島市田上地区で取材しました。
町内会長が住民たちに避難を呼びかけ、避難所に行った住民も多かったといいます。ただ、中には「広い鹿児島市で全域と言われても、どこが危ないのかわからない」と話す住民もいました。崖が多く川もある比較的リスクの高い地域でしたが、住民に対して市の意図が十分には伝わっていませんでした。
さらに、避難すべきかどうか判断を任された形となった住民の中には、避難を迷っている間に危険な状況に陥った人もいました。田上地区のある男性は、川が氾濫しても自宅が高台にあるため大丈夫だと考えて避難しませんでした。
ところが自宅は土砂災害の危険性が高い「土砂災害警戒区域」の中にあったのです。雨は激しさを増し、自宅の近くで崖崩れが発生。最終的には消防に促されてようやく避難したといいます。
危険性と避難の必要性を自分たちで的確に判断するのは簡単ではない一面も見えてきました。
ギャップ埋める取り組み
今回の取材を通じて、比較的規模の大きな自治体が「全域」に避難情報を出すことは、住民が災害の脅威を自分のこととして受け止める意識を薄めてしまうのではないかと感じました。
命を守る情報について自治体の意図と住民の受け止めにギャップがあることはとても危険です。それを埋めるには、リスクのある場所はどこか、災害時にどんな情報が出るかといったことを、自治体と住民が日頃から共有しておくことが重要です。
また牛山教授は「全域ということばを、危機感や警戒感を伝えたいという思いから使うケースもあるのではないか。最近は強い情報を積極的に出すべきだという風潮があるが、強い情報の頻発は情報の軽視につながりかねない」とも指摘していました。
特別警報や大雨の警戒レベルなど、災害が起きるたびに、新たな情報の創設が繰り返されていますが、果たして住民の避難行動に結び付いているのかという点も、検証が必要だと思います。どのような情報の出し方が効果的なのか、私たちメディアも考えていかなければならないと思っています。
- 社会部記者
- 藤島新也
- 鹿児島放送局記者
- 老久保勇太
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