津波で流されてしまうのに…耐震化急増 なぜ?
「高いお金をかけ耐震化しても、結局は流されてしまう…」
沿岸部で古い建物に住む多くの人が口にすることばです。今後30年以内に70%から80%の確率で起きるとされる南海トラフ巨大地震。関東から九州にかけての沿岸を大津波が襲い、住宅の多くは押し流されてしまいます。それにもかかわらず、30メートルを超える津波が予想されている町でいま、住宅の耐震化が急増しています。なぜなのでしょうか。
(社会部記者 頼富重人)
2019年3月にニュースで放送された内容です
目次
津波30m超の町 黒潮町
太平洋に面した静かな町に建ち並ぶ古い住宅。ことし2月下旬、私は高知市から南西約80キロにある沿岸の町、高知県黒潮町に取材に入りました。全国で最も高い、34メートルの巨大津波に襲われると想定された町です。
このうち出口地区では早くて地震後10分で津波が襲来すると想定されています。
一時は高台移転も検討したこの地区では建物が押し流される危険性が高く、揺れを感じたら直ちに高台に避難することにしています。
地区の防災対策について山沖幸喜区長に話を聞いたところ、返ってきたのは意外なことばでした。
「最近、住宅の耐震化が急増している…」
地区にある古い住宅のうち、耐震改修された住宅は平成25年の時点ではわずか8%でした。それが5年後の去年9月には48%にまで急増しているというのです。
「当初はどうせ流されるからと、諦めていた住民の意識が変わってきている」と山沖区長。その背景には何があるのか、取材を進めることにしました。
全国で進まぬ住宅耐震化
全国の住宅の耐震化率は平成25年時点で約82%。国は来年までに95%に引き上げる目標ですが、達成は難しい状況になっています。
耐震化の現状はどうなっているのか。私は道府県と東京都内の市区町村、合わせて108の自治体に聞き、105から回答を得ました。
昨年度、補助金を出して耐震改修をした件数を都道府県別にみると、半数以上の27の道と県が100件未満でした。1桁にとどまっているところもあり、多くの自治体で耐震化が進んでいない状況がうかがえました。
耐震改修 高知がトップ!
一方で、飛び抜けて多くなっている自治体がありました。
▽1位・高知県 1568件
▽2位・静岡県 1426件
▽3位・愛知県 602件
トップはあの黒潮町がある高知県です。昨年度までの5年間で2倍以上も急増していることもわかりました。
南海トラフ巨大地震 高知県の危機感
黒潮町の耐震化急増の背景には高知県の独自の取り組みがあるのではないか。私は高知県を取材しました。
南海トラフの巨大地震で最悪の場合、震度7の揺れと数十メートルの津波に襲われると想定されています。
「津波からの緊急避難場所を整備し、早期避難を徹底しても、このままでは1万人以上の犠牲者が出てしまう」
県の担当者からは強い危機感の声が聞かれました。揺れで住宅が倒壊した場合、せっかく命が助かったとしても、外に出られなくなることで大津波に巻き込まれ、命を失う危険性があるというのです。
津波による犠牲者を減らすためにも、耐震化は絶対に必要。そう考えた高知県ですが、壁となったのはやはり「高いお金をかけ耐震化しても流されてしまう…」という住民の諦めに近い気持ちでした。
住民の費用負担を減らせる方法が無いか。高知県は全国の自治体や専門家などの取り組みを徹底的に調べました。
負担軽減(1)工事コスト↓
まず取り入れたのが耐震改修工事のコストを減らす愛知県の取り組みでした。
一般的な耐震改修工事で費用がかかる理由としては、
▽改修場所の壁や床、天井を引き剥がす手間がかかること
▽大がかりな工事の場合は中にいる人が一時住めなくなることがあげられます。
このため高知県は床や天井を剥がさず、堅い板を打ちつけたり、外側から金属製の筋交いを取り付けたりすることで、従来の方法より工事費用を抑えました。
また、工事を行う前に工務店などに精密な耐震診断を依頼し、改修工事を行う場所を絞り込む、効率化の取り組みも独自に進めました。
これらの取り組みによって、1棟あたりの改修工事の費用は平成25年度の平均179万円から、平成29年度には平均163万円ほどに減り、実施された工事の半数は130万円未満になりました。
負担軽減(2)補助金↑
さらに耐震改修の際に自治体から住民に出される補助金の額を増やしました。
補助金は平成25年の時点では県単独の90万円でしたが、市町村の補助金も上乗せする仕組みを作った結果、去年は最も多いところで152万5000円になりました。
「改修工事の低コスト化」と「補助金の増額」を組み合わせることで、住民の負担を減らすことにしたのです。
耐震改修の現場では
実際の工事の現場はどうなっているのか。高知県で改修工事を行っている県中小建築業協会の立道和男会長に案内してもらいました。
高知市内にある古い住宅では、天井や床を剥がすことなく柱に合板を打ちつけて補強する工事が行われていました。
さらに基礎を作り直さずに外側の一部に新たな基礎を作り金具で固定する工事も行われていました。こうした工法によって工事費は125万円に抑えられ、補助金を使えば持ち主の負担は15万円で済んだということです。
コストを抑えた耐震改修工事は1軒1軒異なるので、立道さんは各地で工務店対象の勉強会を開き、ノウハウを共有しています。県内に工事の手法が広がったほか、住民にも負担が少ない工法が口コミで広がり、工事の受注も増えているということです。
黒潮町住民意識も変わる
黒潮町の出口地区に住む山沖操さん(76)も耐震改修工事を行った1人です。年金で暮らしています。
予想される30メートルを超える大津波。いずれ津波で流される自宅をお金をかけて補強する必要性はあるのか、当初は工事に踏み切れずにいました。
しかし高知県が進めているコストを抑えた工事を利用し、補助金を使えば、自己負担はほとんどないことが分かり、工事を決断しました。
工事に踏み切ったことで、山沖操さんは「諦めの感情」が「生き延びる気持ち」に変化しているといいます。
玄関口には、食料や水、着替えなどを入れた非常持ち出し袋。揺れたらすぐに高台に逃げようと考えています。
操さんは「これまでは半ば、諦めていましたが、今は家が倒れる心配がないので安心感があります」と話していました。
さらに耐震改修に合わせてもう一歩対策を進めた人もいました。山沖浅夫さん(71)は高台への避難路に面した壁に新たにドアを取り付けてもらいました。ドアの近くの部屋で寝て、揺れたらすぐに避難場所に逃げることにしています。
最近の住民の様子について、出口地区の山沖幸喜区長は、「耐震化が進んでいく中で津波から逃げようと意識が変わってきた。地震対策の希望が芽生えていると思う」と話していました。
将来の希望を生む耐震化
全国的に耐震化が進まない中、ここ数年、耐震改修が急増している高知県。その高知県ですら平成30年度の耐震化率は82%で、国の来年の目標95%に及びません。
ただ今回、私が取材を通して感じたのは、耐震化は単に命を守ることにつながるだけでなく、地震に立ち向かう希望を持つことにもつながるということです。
甚大な被害が想定される中でも、住民たちは前向きに取り組んでいる対策を話してくれました。そこに耐震化を進めるヒントが隠されているように感じました。
各自治体が住民に負担が少ない耐震化を進めることが重要であることは言うまでもありません。一方で私も災害担当の記者として、単に「命を守るために耐震化を」と呼びかけるだけでなく、「命を守ることで将来の希望が生まれる」と伝えることが重要だと思いました。
- 社会部記者
- 頼富 重人
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