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警察官だった私 いつのまにか桜のジャージのそばにいて

「ジェイミーちょっと怒ってきているな。これ、キレそうだな…」
通訳をしながら相手の感情を探るのは、ニュージーランドで“日本人初だ”と言われた元警察官の男性。今は警察時代の“癖”を生かして世界の舞台で戦っています。
(ネットワーク報道部記者 鈴木彩里)

目次

    30歳目前で警察官に

    吉水奈翁さん
    「新しいことにチャレンジしたいという気持ちがあった。警察を募集している記事を見て日本人の警察官がいないと知って、自分ならなれるんじゃないかなと」

    吉水奈翁さん(44)
    中学2年生の時、家族でニュージーランドに移住しました。地元の高校卒業後、父親が営んでいた車の整備などを行う会社で仕事を続けていました。

    移住から20年近くたった30歳を目前に一念発起し、ニュージーランドの警察官を目指して試験を受けたのです。

    警察官で養ったのは“○○力”

    日本人で初めてと言われ、ニュージーランドの警察官になった吉水さん。最大都市、オークランドの警察署に配属されました。

    地元の治安を守るおまわりさんとして、犯罪を未然に防ぐ役割を担いました。

    警察時代の吉水さん

    子どものころ、ラグビーで鍛えた強じんな身体を生かして、不審な人物がいないか交通違反をしている車が走っていないか隅々まで目をこらしながらパトロールをする日々。

    自然と人を観察する習慣が身につき「観察力」「記憶力」を磨き上げていきました。

    さらに警察官としての“勘”が鋭かったという吉水さんは「洞察力」も養い、研ぎ澄まされました。

    逮捕状が出ている容疑者の顔を覚えてパトロールする、いわゆる「見当たり捜査」では…。

    吉水さん
    「記憶力が結構いいほうで、人の顔とか見たらずっと覚えている。朝、ミーティングで逮捕状が出ている人、10人くらい顔写真が並んでいてバーッと見て、町に出た時にすれ違ったら『あっ!アイツだ!』と思って、それで捕まえたことがある。顔写真を見た10人のうちの1人だった」

    ニュージーランドの大地震で…

    警察官としての仕事に手応えを感じていたころ、その後の人生に大きく影響を与える出来事がありました。

    2011年2月、ニュージーランド南部で起きた大地震。日本人28人を含む185人が亡くなりました。地震の直後、被害のあったクライストチャーチに向かいました。語学学校の入ったビルが倒壊し、アジアからの留学生が被害に遭っていたのです。

    吉水さん
    「僕が最初にしなきゃいけなかったのが、被害者の誰が日本人なのかを判断することだった。遺体が安置されているところに行って、遺体を全部チェックして。服のタグが日本語で日本のメーカーの服を着てたら『あ、日本人かもしれない』とか。

    靴のサイズも見て日本語で書いてあったら、日本から来た人かもしれない。遺体が安置されているところに行って全部チェックして『日本人の可能性が高い』と判断してレポートを書いた」

    数日後には遺族が現地に到着。ただひとりの日本人として、家族と警察、大使館などの間に入って、急きょ通訳の役割を担うことになりました。

    とにかく力になりたいという一心でした。

    左が吉水さん(2011年のNHKの映像より)

    吉水さん
    「ご家族が乗っているバスが警察署の前に来たときに『ヨシ、行って説明しろ。Go!』って言われて、早く行かなきゃいけない。助けたいから。

    毎日、警察の会議に出て、説明会で通訳を兼任して日本語で伝えること。家族のサポートで、本来なら日本人の通訳が来る場面だったと思うのだが、地震の被害が大きくて街は半壊状態。警察署も崩れていて通訳が来られる状況じゃなかった。もうそれは僕がやるしかなかった。

    そこからは家族とずっと一緒にいてサポートして、毎日の状況を確認しての繰り返しだった。その経験が通訳の『原点』になった」

    今度は36歳で…

    地震から3年後、日本のラグビー場に吉水さんの姿がありました。

    ニュージーランドの警察を2年間休職できる制度を活用し、今度は日本のチームの通訳をすることになったのです。日本の「トップリーグ」の強豪、サントリーの一員になりました。

    もともと父親がスクールのコーチを務めるラグビー一家に育ち、みずからもラグビーが国技のニュージーランドで、高校途中までプレーし、36歳でのチャレンジ。この時、ある思いを胸に秘めていました。

    『いつか日本代表の通訳になりたい』

    2019年 日本大会で躍進

    サントリーで通訳をしている間、2019年に日本で行われたワールドカップは観客として観戦。1次リーグで優勝候補のアイルランドに対して、福岡堅樹選手のトライで逆転し大金星をあげた日本代表。

    活躍を目の当たりにし、それまでとは異なる気持ちがわきあがってきました。

    吉水さん
    「すごく楽しみながら見ていた反面、日本代表チームにいられない悔しさみたいなものがあった。この日本で大舞台を経験したかったので。代表に行きたかったなというのがある。ワールドカップに行きたいという気持ちが、いろんな人と巡り会って、どんどん、どんどん大きくなっていった」

    この1年後、それまでの地道な活動が実り、日本代表の通訳の話が舞い込んだのです。2020年の春、ついに日本代表チームの一員になりました。

    吉水さん
    「めちゃめちゃうれしかった。大好きなラグビーのチームの一員として一緒にいるってことがすごくうれしいし、毎日がエキサイティング」

    ヘッドコーチやスタッフ 多くはニュージーランド出身

    ラグビーはサッカーなどと異なり、国籍に関係なく一定の条件を満たせば代表の資格を得ることができます。

    今の日本代表チームでは監督の立場のジェイミー・ジョセフヘッドコーチのほか、コーチやスタッフのほとんどはニュージーランド出身。選手にもいます。

    そうしたチーム状況に吉水さんは適任でした。
    新型コロナウイルスの感染が拡大する中、代表の活動がままならず、コーチや選手との距離をつかめないでいましたが、2021年になってようやく活動が再開しました。

    ジョセフヘッドコーチとは、来日をきっかけに日常生活を通して少しずつ距離が縮まっていきました。

    一方で、選手とは時間がかかりました。
    日本代表は、サントリーの活動と異なり招集期間が短く、ケガをした選手に代わって急きょ呼ばれるケースもあります。

    選手の入れ代わりが多い中で、あらゆる選手の性格を知り、信頼関係を築かなければ通訳としてチームに貢献できないのです。

    警察官時代の抜けない“癖”が生きている

    そうした中で、通訳として信頼を得るために生きたのが警察官時代に身につけた「観察力」「洞察力」、そして「勘」

    いずれも人間観察で培った人の心をうかがい知る力でした。

    吉水さん
    「警察官のときの“癖”が抜けなくて、今もめちゃくちゃ人を見て観察してしまう。選手がおもむろに立っていたら、コーチ陣に話したそうにしているな、質問したいんじゃないかな、とか感じ取って『なんか聞きたいことある?』って声をかける。

    日本人はガンガン行けない人も多いが、僕から言われたら聞きに行こうかなってなるから。やっぱりそこは人間観察のところが大きい。今も感情を読み取ろうとして見てしまう」

    「通訳は話している人の隣に座って訳すのがいちばんの仕事だけれど、ただそれだけではない。チームの中で今どういうことが起こっているのかって、やっぱり観察していないと、なかなかわからない。チームで起こっていることを見る『洞察力』っていうのは、警察官時代と似ている部分があるかもしれない。

    外国から来た選手と日本選手が話をしているときも『会話の手伝いに行ったほうがいいかな?でも頑張って話しているし、楽しそうだからいっか』とか思ったり。それも『洞察力』…」

    ヘッドコーチと動きが…

    チームの通訳になり、ことしで3シーズン目。通訳としてスタッフたちとも溶け込む中で、ある動きを指摘されるようになりました。

    同じような動きをしていることも

    吉水さん
    「ジェイミーが今何考えているのかなとか、ちょっと怒ってきているなとか、見てしまう。ずっと隣にいるんで。これ、キレそうだなとか。

    ラグビーでは相手の感情を伝えるのが大事だと思っているので、声のトーンが荒くなれば僕もトーンをあげなければいけないし、その人の感情の部分、ただのことばだけで終わらせないで、そのトーンの部分も意識して伝えることは気を付けてやっている。

    意識していないけど、ジェイミーの体の動きとかが、同じ動きをしている時がある。まるで乗り移ったかのように。手をバッて出したら出してたとか、指さしたら僕も指さして同じトーンで。自分の中でイメージトレーニングをして、ジェイミーと同じ声のトーン、同じ言い方、厳しさも同じようにと心がけている」

    もはや“一心同体”と言っても過言ではないジョセフヘッドコーチは、吉水さんについてこう話します。

    ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ
    「通訳を彼に任せたことは自分としてはベストな判断だと思っている。一緒に仕事をしていてニュージーランドで育ったということもあるので、彼自身も“キーウィ”(ニュージーランド人の愛称)ということで、ニュージーランドのことをたくさん知っているし、彼も自分たちもすごくやりやすい。スタッフにも“キーウィ”の人が多いので。やりやすくて自分としてもうれしい。選手と会話するときにそばにいて通訳してくれるので、自分にとってもすごくやりやすい」

    大舞台まで1年

    2023年のワールドカップフランス大会まで1年。吉水さんにとっては、初めての大舞台です。

    吉水さん
    「1年後のワールドカップに立つイメージはまだ全然実感がないというか…」

    吉水さん
    「チームが勝つことがすべてだと思うので、勝つためのサポート。日本選手と外国から来た選手の間に入って、すべてのコミュニケーションが円滑にできるように。誰もストレスがないように。

    ジェイミーのことばの一語一句がしっかりメッセージとして伝わるようにすることが自分の仕事だと思います。あとは選手が頑張ってくれると思うので、試合の日までのしっかりとしたサポートが100%できるように一生懸命、頑張りたい」

    異色の経歴で日本代表の通訳になった吉水さん。日本代表が目指す史上初のベスト4に向けて、欠かせない存在になっています。

    【おまけ】ジョセフヘッドコーチってこんな人!

    吉水さん
    「めちゃくちゃ日本人の心を持っている人って感じです。スタッフや選手のこともすごくよく見ている。気遣いを欠かさずサポートしてくれる。選手たちとジェイミーの関係性を見ていると、みんながジェイミーのことを信用して信頼しているということが伝わってきますね。だから『ジェイミーのためならやろう』という気持ちをどのチームのときよりも、もっと強く感じます。ジェイミーは日本の文化も分かっているし、選手のときから日本にいるから、日本人にはこういうことをしたほうがいいとか、すごく分かっているんですよね。すごく綿密で繊細ですね。ああ見えて。体は大きいですけど(笑)」

    日本代表