2023年12月18日
(聞き手:芹川美侑 正木魅優)
プロ選手生活16年、日本代表も経験した元サッカー選手の羽生直剛さん(43)。引退後、なんとコンサルティング会社の経営者に転身しました。就活生の自己分析やガクチカづくりにも役立つ、自分の強みを見つけて仕事でいかす方法のヒントを“異色の経営者”に聞きました。
いま、経営者としてお仕事されているそうですが、サッカー選手引退後になぜ会社を作ろうと思ったのですか?
引退したときに、自分にしかできないことをやろうと思って、スポーツ選手のセカンドキャリア問題を解決しようと考えて起業しました。
選手にはなれたけれども、引退後はどんな仕事をすればいいか悩んでいる、という人は多いんです。
でもスポーツ選手になれるほどの強みがあったわけなので、次のキャリアでもその強みをいかしたほうがいいですよね?
その手助けをしようと思って、いろいろなスポーツの選手や元選手のサポートをしています。
元サッカー日本代表選手 羽生直剛(はにゅう・なおたけ)さん
1979年千葉県生まれ。2002年にジェフユナイテッド市原(現:市原・千葉)に入団し、恩師となるオシム監督と出会う。ポジションは主にミッドフィルダー。2006年日本代表に選出。プロ16年間で500試合以上の公式戦に出場。引退後、2020年に「AMBITION22」を設立、アスリートのキャリア支援や企業へのコンサルティング事業などを行う。
会社経営をする中で、サッカー選手時代の経験がいきていることはありますか。
まず私自身が引退した選手を採用して、この人たちの強みは何かな、それぞれのメンバーの強みが発揮される会社を作りたいなと考えました。そのとき、イビチャ・オシム元監督がチームを指揮していた様子を思い出したんです。
オシムさんのチームビルディング術は最強だと考えていたので、その手法を参考にしようと考えるようになりました。
イビチャ・オシム元監督
元サッカー日本代表監督。1941年サラエボ生まれ。旧ユーゴスラビア代表監督などを経て、2003年ジェフユナイテッド市原(当時)の監督に就任。低迷を続けていたチームを“考えて走るサッカー”で一気に強豪へと押し上げる。2006年7月から日本代表監督となり、病に倒れるまでの1年4か月の間務めた。2022年に死去。
具体的にはどんな方法ですか?
オシムさんはそれぞれの選手の強みをまず観察して、それを互いに組み合わせていました。
当時、テクニックのあるミッドフィルダーの選手が良い選手という風潮があったんですけど、オシムさんはそういう選手だけではチームは成り立たないという考えでした。
たとえば、身体を張ってボールを奪い、しっかりと走ってボールをつなぐ、チームのために献身的にプレーする選手を評価していたんです。
“水を運ぶ人”という言葉を使っていましたね。
家をつくる時には、建てた人や設計した人が脚光を浴びやすいけど、そもそも最初に水や土を運ぶ人がいないと家は出来上がらない、その“水を運ぶ人”も評価すべきだと。
ゴールした人だけでなく、それまでにいいプレーをした人も評価されるべきで、自分なりの強みを磨いて、チームの勝利に必要な人間になれ、と言っていたように記憶しています。
羽生さんも、自分なりの強みを意識していたんですか?
そうですね。僕はとにかく走ること、あと背が小さかったので、体の向きやタイミングを意識していました。
常にボールのあるところにサポートに入ったり、相手が困る動きをしたりして、オシムさんもそこを認めていてくれたと思います。
自分なら強みばかりではなく、どうしても弱みや苦手な部分を意識してしまう気がします。
弱みは補いあえばいいんです。
例えば僕の場合、ヘディングの必要な高いボールが上がった時、近くに僕より背の高い味方選手がいれば、その選手が競りにいった方がチームとして勝てるという判断になりますよね。
そのかわり、僕はこぼれ球を一生懸命拾う、という役割になるわけです。
ある人の弱みは、ほかの人の強みでカバーするということですか?
そうです。そもそもオシムさんは「弱み」を見ていない感じというか、減点主義的なものの見方はしていませんでした。
何かできないことがあっても、自分の強みとしてできることが別にあればいい。そういう考え方で、誰が出ても勝ちにいける試合ができる、そんなチームを作っていました。
弱みではなく強みを見てくれるので、僕らも悩んだり迷ったりすることがなく、他の人のミスも気にならなくなりました。
そのオシムさんの考え方を、ビジネスにいかしているんですか?
はい。無いものを嘆くのではなく、個々の強みに注目し、それを掛け合わせてチームを作る手法は、一般の企業や組織でもいかせると思います。
明るいとか話すのがうまい人には営業をお願いする、課題を見つける力が高い人にはプロジェクトの分析をお願いする、というように。
それぞれ向いている仕事があるのに、それをわざわざ逆の人にお願いするのはもったいないし、みんなの強みを掛け合わせて考える方が、いいチームになりますよね。
自分もメンバーの強みを掛け合わせて強いチームを作りたいし、さらにこのメソッドをもっと世に広めたいと思って、ノウハウを伝えるビジネスも始めました。
その自分の強みは、どう見つけたらいいでしょうか。
自分だけでは見つけるのがなかなか難しいこともあるので、ツールを使うのも一つの手だと思います。
例えば僕は、自分の「資質」を見つけるためのツールを使って、強みの生かし方などをコーチングする資格を持っています。
自分のふだんの行動などに関する質問に答えて、自分の資質をデータ化することで、強みをある程度“見える化“できるんです。
僕を例にすると「責任感」が強い傾向にあって、その資質もあってプロ選手になれたんだとわかりました。次のキャリアでもまずは責任感をもって仕事して、相手から信頼されるようになろうという方針が立ちました。
確かに、自分の強みって自分ではわかりにくいです。
そうですね。ですから、他の人と話すことも大切ですよね。
例えばいまインタビューを受けていて、正木さんが「それはこういう話なんですか?」と丁寧に質問できるのは「コミュニケーション」「言語化」の資質があるからかもしれません。
それに気になったことをすぐ聞ける「学習欲」「収集欲」の資質も感じます。
なるほど、今、言われて初めて気が付きました。
いろんな人と話すのも、資質を発見する一助になります。
僕が研修でよく使う質問なんですが、エレベーターの「閉める」ボタンを押すとき、周りの様子を見てから押すタイプか、何も考えずに連打するタイプか、人によって分かれませんか?
確かに(笑)。
物事を進めるときに慎重にいく人か、強くいく人か、違いがわかります。
ほかにも、クローゼットに洋服をきれいに並べているとか、出かけた先で人にすぐ話しかけられるとか、自分が当たり前だと思っていることを人と話すと、人との違いが見つかります。
人と違う自分の当たり前を意識して、磨いていくと、それが強みになっていくと思います。
就活でいわゆる「ガクチカ」を話すとき、自分にはリーダーシップの資質が足りないと思うことがあります。欲しい資質が自分にない時、どうしたらいいですか?
そもそも「リーダーになるために絶対必要な資質」は、僕は無いと思います。なぜならみんなに「自分の強みや資質を生かしたリーダーシップ」があるからです。
それぞれが、違う資質をいかして物事を成し遂げてきたはず。みんな得意なプレースタイルがあって、自分のやりたいことを叶える方法が必ずあるはずなんです。
なるほど、そう考えると勇気がわいてきます。
そもそも、組織にはリーダー以外の人もたくさん必要ですよね。
一人で研究に没頭するのか。コミュニケーションを強みにして活躍するのか。物事を冷静に分析して表に立つ人を支えて存在感を発揮するのか。
どんな組織やチームにいても「自分ならどういう立場、どういう形でチームをより良くできるのか」をいつも考えることが大事です。
組織の一員としてあなたが必要だと言われる人材になってほしいですね。
これからの社会、AIやロボットがどんどん進化して、意欲的でない人の仕事は奪われてしまう気がするし、誰でもできることをやっていてもしかたがないですよね。
自分なりの強さや信念をもって挑戦できる人こそが、活躍していけると思います。
これはオシムさんの教えとも一致しているところがあって、オシムさんは「日本サッカーの日本化」ということを言っていました。
ブラジルやスペインのサッカーのまねをするのではなく、ほかの国にはない日本人らしい個性や強みをいかして世界に挑んでいけばいい、と。
そうしたオシムさんの教えを、いま僕らが中心になって、サッカー教室などで子どもたちに伝えています。
自分のよさをどう生かすか自分の頭で考えることを、若い人たちに伝えていきたいなと思っています。
最後に就活生へメッセージはありますか。
「恐れることを恐れるな」というオシムさんの言葉を送ります。
何か新しいことをするのは、みんな怖いと思うんです。就活でも不安はあるだろうし、僕だってずっと恐怖心と戦いながら日々仕事しています。
怖いのは自分だけじゃないから、恥じることはありません。恐れながらでも1歩前進することで、必ずいい生き方になるはずです。
これから就く仕事が本当に自分に向いているか、不安になることもあります…。
キャリアを築いていくうえでは、やりたくないことをやらないといけない時が来るかもしれません。
でもそこにトライする事で何か見えてくることがあります。やりたいことだけでなく、やりたくないことにもチャレンジを重ねていってほしいですね。
繰り返しますが、必ず一人一人に強みがあります。だから自分らしく進んでいいんです。勇気をもって、チャレンジを続けていってもらいたいですね。
ありがとうございました。
撮影:田嶋瑞貴 編集:脇本彩香
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