2023年03月03日
(聞き手:黒田光太郎 梶原龍)
あぁ~、好きなことをして暮らせたらなぁ…。
と思うことはありませんか?
好きな趣味を仕事につなげて、独自の境地を切り拓いているのがミニチュア写真家の田中達也さんです。好きなことを仕事にするための工夫や、自分が選んだ道で突出するためのこだわりを聞きました。
学生
梶原
ミニチュア写真家って、どういうお仕事ですか?
名前の通りなのですが、ミニチュアを撮る写真家です。
ミニチュア写真家・見立て作家
田中達也さん
仕事は、ミニチュアを使って撮影した作品を毎日インターネットで発表していて、それを本にして出版したり。
あとは、企業から「こういう作品を作ってほしい」という依頼があったり、美術館などで展覧会を開催したりしています。
田中達也さん
2011年からミニチュアの視点で日常にある物を別の物に見立てたアート作品を毎日SNS上で発表。広告の制作会社で12年勤めたあと、2015年にミニチュア写真家・見立て作家として独立。2017年にはNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』のオープニング映像を手がけ、2020年にはドバイ万博にも参画。Instagramのフォロワーは370万人を超える(2023年2月現在)。著書に「MINIATURE LIFE」、絵本「くみたて」「おすしが ふくを かいにきた」など。
ミニチュアを撮るのも仕事だけど、それ以上に見立てを考えることが僕の作品の核になる部分だなと思っています。
見立てとは
既存のものを別の何かに例えること。お盆になすやキュウリを馬に見立てたり、庭園の岩や砂利で山や川を表現したりするなど、古くから日本にある表現方法の1つ。
最初はミニチュアだけの写真も撮っていたのですが、日用品とスケールの違いを絡めたほうがおもしろいぞと気づいて。
見立てがある方がみんなが喜んでくれると分かったので、世の中が求めているんだなと思っています。
ミニチュアは小さい頃から好きなんですか?
ミニチュアは昔から好きです。プラモデルがメインで、子どもの頃はミニカーなどでもよく遊んでいました。
もともと図工や美術も好きなので、何かを作ることは一貫して好きなことです。
イラストを書いたりするのも好きだったので、子どもの頃は漫画家になりたいなという気持ちもありました。
そうなんですか!
けど、仕事にするより、ずっと趣味であり続けた方が楽しいだろうなというのはなんとなく感じていたんです。
とはいえ、高校3年生になって進路を決めないといけなくなった時に、やっぱり美術の道がいいなと思って、それが最初の自分の選択だと思います。
それで慌てて高校3年生の夏から絵の予備校に行って。
美術が好きって気持ちが大きかったんですね。
でも、予備校に行くのはやっぱり怖かったんですよ。
クラスではイラストが得意で調子に乗れるけど、本当の世界に行くと全く通用しないのは、うっすら分かってるんですよね。
それでも行くしかないだろうという気持ちはあって、なんとか受験で教育学部の美術科に入学して、ものを作る道に進むことになりました。
不安を乗り越えて、好きなことを仕事につなげられたんですね。
大学卒業後は、広告の制作会社でデザイナーとして働くようになりました。
働きながらも続けていたプラモデルやミニチュアなどの趣味と写真を撮ることがつながって今の仕事があるので、ずっと続けていた趣味が結果的に仕事になったということになりますね。
学生
黒田
独立するのに不安は感じなかったんですか。
独立前は、デザイナーとして働きながら、副業としてミニチュアの仕事もさせてもらっていました。
副業の稼ぎもそれなりにあったので、独立するのにあまり不安はありませんでしたね。
どうして独立されたんですか。
結婚して子どもが生まれたにも関わらず、仕事後にミニチュアの撮影もしていると、家族とほとんど関わらないまま1日が終わってしまっていて。
家族の時間を確保するためには、ミニチュアか仕事のどちらかを削らないといけないってなった時に、ミニチュアは続けたいなと。
仕事かミニチュアかてんびんにかけて、仕事をいったん諦めるというか、ミニチュアを選択したという感じですね。
自分の許容量って絶対あるので、その範囲内でうまく自分がやりたい方を選択していくとこうなったと言うほうが近いかもしれません。
田中さんが選択される際に大事にされたのは、ご家族なんですね。
そうですね。
会社員だったら残業で帰宅が遅くなることもありますが、今は常に家にいて、好きな時間にできる仕事なので、子どもとの時間を作りやすいです。
結果的に趣味が仕事になったと思いますが、趣味として作る物と仕事として作る物とで違いが出てきませんか。
それをいかになくすかがポイントだと思います。
あえて仕事と分ける必要はなくて、趣味をそのまま披露して生きていけるのであれば、趣味も仕事という名前で呼べるので。
朝会社に行って夜遅く帰るのが仕事、みたいに思う時代ではなくなってきたな、っていうのはすごく感じますよね。
実際、田中さんのミニチュア作品は「仕事だからこうしよう」とはあまり考えないんですか。
そうですね。特に毎日の投稿に関しては、仕事とは思わないように心がけています。
必ず毎日、土日も休まず作品を撮影して発表しているので、「仕事」と思った途端、辛いと思ってしまうかもしれない。
そこはやっぱり「趣味」だからこそ続けられるというのはあります。
でも、好きなことをすべて表現されているわけでもないですよね。
客観的に見るっていうのが大事な部分で、おもしろい映画やアニメなどを見るとそれを作品にしたいなという欲は出てくるんですよね。
それを冷静に、どれぐらいの人がその映画を知ってるんだろうというのを調べてみて、知っている人が少ないのであれば表現しないという選択をしているのは仕事的な部分だと思います。
本当に趣味だったらすぐ作品にしていると思いますが、趣味に走りすぎるとアイデアがどんどんマニアックになっていくので、それを知らない人に意見を聞くことが大事です。
例えば、スター・ウォーズやドラゴンボールをテーマにするときは、あまりそのあたりを知らない妻に意見を聞いたりします。
どういうことを聞くんですか。
スター・ウォーズだったら光る剣を持って戦うくらい、ドラゴンボールだったらかめはめ波を出すくらいは知ってるよね、とか、みんなの共通認識を探すということですね。
見たことなくても何となくこれくらいは分かるという部分を形にするのが、見立てる上で大事なことです。
ただ、それは我慢してるわけじゃなく、作品を作るうえで分析しているというのに近いです。
そういう意味では、趣味が仕事とはいえ、全ての趣味が仕事につながるってわけじゃないなと思う部分はありますね。
本の表紙など、他の人が作った世界観を自分の作品で表現するのは趣味というより仕事という感じじゃないかなと思うのですが。
日ごろ発表している作品は僕一人で僕のやりたいことをやればいいですが、依頼されるものはやっぱりちょっと違いますね。
例えば、朝ドラのオープニングだと、昭和初期の世界観だから、その頃の風景を再現してほしいといった依頼があるわけで。
ですからモチーフも、昭和初期の頃の道具がいいなと考えつつ。
あとは、見立てを通じさせるためのクライアントとのすり合わせが大事ですね。
何をすり合わせるんですか?
クライアントは自分の思いが強くてみんなが分からないものでも使いたがる時があるんですけど、みんなが知らなかったら見立ては成り立たないから作品として使えないということを説明したり。
共通認識を探すという、見立ての基本の部分ですね。
クライアントの意向が加わって普段の僕の作品ではやらないような世界観を表現するのは、趣味と言うより仕事に近い部分はありますよね。
たくさんの人で作ることで、よりすごい世界観ができるチャンスでもあると思います。
でも核にある部分だけは崩さない。見立てっていうルールは大前提です。
見立てのルールは守りつつ、クライアントの意向も反映しているんですね。
デザイナーの頃はクライアントの意見が最優先の場合が多かったので、それに比べれば楽になりました。
お客さんに合わせて、自分の作風と全然関係なく、いろんなものづくりをするのはデザイナーのあるべき姿でもあるんですけど。
今は毎日作品を発表しているので、お客さんも、ぼくはこういう作品を作ってる人だと理解した上で依頼してくれる。
「この人に頼むとどんな作品ができるのか」を日頃からアピールできていると、お客さんも依頼しやすいし、そこに特化した人がいればその人にお願いしたいな、ってなると思います。
でもやっぱり、自分が楽しいなって思うことがお金になるのは、なかなか難しいかなとも思います。
その道にこの人ありって言われるようになるためには、単純に、誰よりも一番やる必要はありますよね。
テレビゲームの配信でお金を稼ぎたいなら、今一番稼いでいる人以上にやらないといけないというのは当たり前のことで、それは全然楽な道じゃないと思います。
僕も「ミニチュアといえば田中達也だよね」と言われるために、毎日作品を撮って発表する努力をしています。
ニッチな部分で自分が楽しいことを探すことができれば一番いいですよね。この道だったら俺はいけるっていう道で。
ニッチな部分?
例えば、ラーメンのブログってたくさんあると思いますが。
書き手が豚骨ラーメンだけしか食べない、という感じで極めていけば、数あるブログの中でも豚骨ラーメンといえばここが一番、となるかもしれない。
そういうふうにジャンルが細分化されていく時代だと思うので、範囲を狭めてその道をとことん追求していくしかないし、追求できるものが見つかれば、それは仕事につながると思います。
SNSで発信しやすくもなっているので、いかに人より多くやって、狭く攻めていって、ほかの人にも受け入れられるように作るかだと思います。
狭く深くってことですね。
それで、狭く攻めるためには、自分の肩書はほかに同じ人がいない肩書きをつけるべきだと思っていて。
肩書き?
僕もよく、芸術家やミニチュア作家と名乗らないんですか、って聞かれるんですけど。
自分の仕事を端的に表したいのに、芸術家だと漠然としてますし、ほかにも芸術家って名乗る人はいますよね。
ミニチュア作家っていうのはぎりぎりほかに名乗っている人がいるかもしれないですけど、ミニチュア写真家ってなるとさすがにいないかな、と考えて。
あと、僕の作品の核は見立てだと思うので、見立てを考える作家という意味で、見立て作家も名乗っています。
肩書きから違いを出していくんですね。
人に受け入れられるかが大事だというお話でしたが、田中さんは、SNSの反響を意識してテーマを考えることもあるんですか。
ブロッコリーの木は見立てとして分かりやすいから反響あるんだろうなっていうのはありますけど、それを毎日やっても自分がつまらないですし…
間口を広げるためにも試していかないと意味がないです。
毎日やっているからこそ、今日多少失敗しても、明日の投稿でいい点とればいいやみたいな感じもあります。
じゃあ、SNSでの反響の数は意識されていない?
あまり1つのSNSの評価だけをあてにはしていないです。
これまた難しいのは、3つのSNSで投稿してるんですけど、Instagramで全然ダメでもTwitterでめちゃくちゃバズったりする。
それぞれの反響を比較して、例えばInstagramは日本人以外のフォロワーが多いから海外ではこれは分からないテーマなんだろうなという分析はしています。
本当の作品の支柱はSNSの「いいね」ではないと思いつつも、テーマが通じているかどうかは参考になっています。
最後に、田中さんにとって仕事とは何ですか。
「遊び」にしましょうか。
詳しく聞かせてください。
見立て自体が「見立て遊び」から始まっているとも言えるので、そういう起源的な部分もあります。
見立ては、散歩しながら雲を眺めて、雲が何に見えるかなって考えるような、ちょっとした時間の遊び心から生まれると思うし、それをそのまま仕事として表現している部分があるので。
基本的には遊びから始まって、さらに遊び心がないと成り立たない仕事ではあるので、本質的な意味で、ぼくの仕事は「遊び」なのかなって思います。
あと、やっぱり仕事=遊びだったら人生は楽しいと思うので、いかに仕事に遊び心を入れるのかを考えていけばいいんじゃないかなと思います。
ありがとうございます。
撮影:本間遥 編集:谷口碧
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