追跡 記者のノートから【詳報】大口病院 点滴連続殺人裁判 ~元看護師が法廷で語ったこと

2021年10月14日司法 裁判 事件

「患者に寄り添い、不安を取り除くすばらしい仕事」

旧大口病院の元看護師、久保木愛弓(あゆみ)被告は看護師の仕事について、法廷でこう述べました。

やりがいを感じていたという被告が、なぜ事件を起こすに至ったのか。
本人の口から動機や経緯が語られました。

裁判を詳報します。

2016年9月、横浜市の旧大口病院に勤務していた元看護師が、高齢の入院患者3人の点滴に消毒液を混入して殺害、別の4人に投与する予定だった点滴袋などにも消毒液を入れたとして、殺人と殺人予備の罪で起訴された(2018年12月)。

母親が平手打ち 被告は「ごめんなさい」と泣き崩れた

2021年10月6日 – 横浜地方裁判所101号法廷。
被告人質問を前に、被告の父親が証人として出廷しました。

この中では、被告が犯行を認めた日の出来事についても明かされました。

逮捕される1週間前の2018年6月30日、被告は警察の事情聴取に対して犯行を自供。
両親は警察が予約した横浜市内のホテルにチェックインし、被告と会うことになった。

検察官

その晩に会った?

家内と顔を合わせたくないのか、深夜、(7月)1日になってから会いました。

父親
検察官

どんな会話を?

家内が平手打ちして、愛弓は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きじゃくっていました。会話はなく、泣き崩れて「ごめんなさい」と謝っていました。

父親
検察官

翌日は?

愛弓に「正直に話しなさい」と言ったと思います。

父親

婦警さんが迎えに来ると、愛弓は「お世話になりました」と言って警察署に向かいました。

父親

この日、ホテルの部屋では2段ベッドの上に父親、下の段に母親と被告が一緒に寝たという。

事件の発生について報道されたあと、両親は被告に「(関与したのは)愛弓ではないよね」と尋ねたことがあったといいます。
その際、被告は首を振って「違う、私ではない」と答えたそうです。

父親はそれをずっと信じてきたため、関与について知らされたときは「まったく信じられず、頭が真っ白になった」と述べていました。

被告は、証言を行う父親のほうをじっと見つめていました。

10月6日の法廷

裁判では、母親の供述調書も読み上げられました。
看護師の仕事に就いたきっかけについて述べています。

「看護師は人の役に立つ仕事で収入もいい。愛弓は穏やかでコツコツやるタイプで性格も合うだろうと勧めました。

看護師免許を取得したときは『これで看護師になれる』と喜んでいたのを覚えています。優しく責任のある看護師になってほしいと思いました。なんでこんなことになったのか悔やむ毎日です」
(母親の供述調書より)

信頼される看護師になりたい

10月11日から被告人質問が始まりました。
1日目は弁護士、2日目は検察官がそれぞれ質問を行います。

被告は紺のスーツ姿で法廷に入りました。

弁護士は、看護師になろうと思ったきっかけから聞き取っていきます。
被告は消え入りそうな声で答えます。

弁護士

看護師になろうと思ったのはいつ?

高校2年生のころです。

被告
弁護士

何かきっかけが?

手に職をつけたくて。人の役に立てる仕事と母から勧められました。

被告
弁護士

看護師に積極的になりたいと思った?

(少し黙ったあと)そういう気持ちだったかわからないですが、信頼される看護師になりたいと思いました。

被告
弁護士

看護師の仕事のイメージは。

患者の近くに寄り添い、不安や苦痛を取り除くすばらしい仕事だと思いました。

被告

2008年に専門学校を卒業し、看護師になった被告。
最初に就職した病院では、リハビリテーションの病棟に配属された。

当時のことについて問われた被告は、次のように述べました。

「大変でしたがとてもやりがいがありました。車いすで入院してきた患者さんが歩いて退院する姿を見て、やりがいを感じました」

点滴うまくできず 「早くして、死んじゃう」

「退院した患者が病棟に来て、元気になっているのを見るとうれしかった」とも述べた被告でしたが、リハビリ病棟から障害者病棟に移ってからは、その心境に変化が表れます。

弁護士

勤務内容に違いは?

障害者病棟はほとんどの方が点滴をしていました。

被告
弁護士

患者が急変したことは?

ありました。

被告
弁護士

患者の家族から責められたことは?

看護師2人でルートを取る(点滴などのため血管に針を刺すこと)のがなかなかうまくいかず、「早くして、死んじゃう」と言われて責められました。

被告
弁護士

どう感じた?

ものすごく不安に感じました。

被告

容体の急変に対応できるように積極的に点滴を行うなど努力したということですが、夜眠れなくなったり、不安を感じたりするようになったと述べました。

その後、精神科クリニックに通うようになって抑うつ状態と診断され、3か月休職しました。

「看護師に殺されたようなもの」

2015年5月、最初に勤めた病院を辞めて大口病院に就職。

被告人質問でなぜまた病院に就職したのか問われたのに対し、被告は「私の経歴では一般企業で働けないと思った」と答えました。
大口病院を選んだ理由についてはこう説明しました。

「ほとんどの患者に(本人または家族の希望で)延命措置を行っていなかったから」

ただ実際には、心臓マッサージなどを行うケースもあったといいます。

事件から半年ほど前の2016年4月。
被告自身が患者の急変に気づいて救命措置がとられたものの、亡くなった患者がいました。

弁護士

(亡くなった方の)お子さんは何と?

看護師を個室に集めて「なんでこんなことになったんだ」「この看護師は最低だ」「看護師に殺されたようなものだ」と言われました。

被告
弁護士

裁判を起こすと言われたことは?

訴えるとは言われていたと思います。

被告
弁護士

どんなことを感じた?

強く感じたことは怖いということです。

被告
弁護士

急変に気づいたのは被告だが、特に責められたりした?

私を特定して責めることはありませんでした。

被告
送検時

終末期の患者を多く受け入れていた大口病院は、前に勤めていた病院より亡くなる患者が多く、被告は不眠や気分の落ち込み、過食といった症状が出て、病院を辞めたいと思うようになったということです。

1人目の被害者が死亡 「ほっとした気持ちの方が大きかった」

弁護士

ここから弁護士は、起訴された入院患者3人の点滴に消毒液を混入した事件について質問します。

弁護士

点滴に消毒液を入れたのはどういう理由から?

(しばらく沈黙したあと)私の勤務中に患者さんが亡くなるのを避けたくて。私がいないときに亡くなればリスクを避けられると思いました。

被告
弁護士

何を避ける?

(患者が)お亡くなりになって家族から責められるのが怖かったです。

被告

<1人目の被害者(興津朝江さん)>
興津さんについては容体が急変する可能性は低かったものの、「無断で外出しようとしたため、けがをされたりすれば自分の責任になると思った」と説明しました。

弁護士から「亡くなったと聞いてどう思ったか」と尋ねられると、被告は少し沈黙したあとこう述べました。

「本当に申し訳ないですが、そのときはほっとした気持ちの方が大きかったです」

<2人目の被害者(西川惣藏さん)>
西川さんの点滴に消毒液を混入した日は、夜勤でした。
すでに容体が悪化していることを把握していたため、「日勤の看護師がいる間に亡くなれば、家族への対応を自分がしなくて済むと考えた」と説明しました。

弁護士

(混入したとき)西川さんに声をかけた?

「血圧測りますね」とおそらく言ったと思います。

被告
弁護士

シーツを直した?

西川さんが不快だろうと思いました。

被告
弁護士

そういう通常の行動をしながら、消毒液を混入した気持ちというのは?

説明できません。

被告

<3人目の被害者(八巻信雄さん)>
一方、3人目の被害者の八巻さんについては病状や家族の状況を知らなかったといい、消毒液を混入したのが八巻さんの点滴という認識もなくナースステーションにあった複数の点滴袋と生理食塩水に入れたと説明しました。

遺族に謝罪 「身勝手な理由で命奪った」

法廷にいる遺族に言いたいことを問われた被告は、裁判長に許可を求めて立ち上がり次のように謝罪しました。

「身勝手な理由で大切なご家族の命を奪ってしまい大変申し訳ありません。決して許されることではないと思います」

「許してもらえないと思いますが、裁判ではおわびの気持ちを伝えたいと思います。申し訳ありませんでした」

そして遺族に向かって深く2回、頭を下げました。

検察官の後ろに並んでいる遺族の中には、ハンカチで目頭を押さえている人もいました。

ほかの患者への混入 「お話しできません」

10月12日には、検察側の被告人質問が行われました。

患者の容体が急変した際に責められて不安を感じるようになったことなど、前日の被告人質問で出た内容を確認する質問が続きます。

そのやりとりに変化が出たのは、検察官の次の質問でした。

検察官

起訴された事件では興津さんの事件が最初ですが、この事件の前に消毒液を混入したことはありますか?

異議あり。
聞くのは起訴されている事件についてのみにすべきです。

弁護士
裁判長

被告の任意に任せます。
被告人はいったん戻って(弁護人と)相談した方がいいでしょう。

これまでの取材では、被告は逮捕前の任意の事情聴取に「およそ20人の点滴に消毒液を入れた」と説明していたという。

検察は冒頭陳述で、事件の2か月ほど前の「2016年7月から混入するようになった」と主張していた。

裁判長の指示でいったん休廷となり、30分後に再開しました。
裁判長は検察官に質問することを認め、被告に対し答えることは任意だと述べました。

検察官

質問を許されたので。被告は興津さんの事件以前にも、患者の点滴に消毒液を入れたことはありますか。

すみません。お話しできません。

被告
検察官

取り調べで話したことはある?

(沈黙のあと)あったかと思います。

被告
検察官

それは本当のことを話した?

はい。

被告

悪いことだが殺人という認識なかった

看護師になってまもなく、消毒液が体内に入って人が亡くなるニュースを見たという被告。
今回の事件で「ヂアミトール」という消毒液を使った理由については、「無色で無臭だからです」と答えました。

消毒液の混入という行為をどう認識していたのか、検察官の質問が続きます。

検察官

消毒液を点滴に入れるとき、見られないように注意した?

はい。

被告
検察官

悪いことという認識はあった?

はい。

被告
検察官

罪悪感を感じたのは、警察の捜査が入ってからだと話していたが?

(沈黙のあと)話が矛盾してしまうから理解してもらえないかもしれませんが、警察が捜査に入る前は、悪いことという認識があっても、これが殺人で人をあやめるひどいことという認識までは持っていなかったです。捜査が始まって自分のやっていたことが殺人と認識しました。

「発覚してよかった」 

最後に裁判官が「警察が来なければ、同じことを続けていた可能性がある。発覚したことについてはどう思うか」と尋ねました。

被告はこう述べました。

「3名の方が亡くなっているので適切かはわかりませんが、発覚してよかったと思います」

判決は11月9日に言い渡されます。

(点滴連続殺人事件 取材班)