「ねぇ 助けて 助けて」
これは小学生の女の子が実際に送ったLINEのメッセージです。
親のけんかが絶えないことに心を痛め、子ども食堂のおねえさんに助けを求めました。
相手に物を投げつける激しいけんかを目にした女の子は、夜寝られなくなりつらかったと打ち明けました。
「けんかを見るとこわいけど、自分が止めないとって思う。けんかしないでほしい」
子どもの心の叫びです。
(新潟局記者 野尻陽菜)
(2022年8月23日更新)
2021年4月23日事件 社会
「ねぇ 助けて 助けて」
これは小学生の女の子が実際に送ったLINEのメッセージです。
親のけんかが絶えないことに心を痛め、子ども食堂のおねえさんに助けを求めました。
相手に物を投げつける激しいけんかを目にした女の子は、夜寝られなくなりつらかったと打ち明けました。
「けんかを見るとこわいけど、自分が止めないとって思う。けんかしないでほしい」
子どもの心の叫びです。
(新潟局記者 野尻陽菜)
(2022年8月23日更新)
取材のきっかけは、ある日の「署回り」でした。
新人の記者は、各社とも警察取材を担当することが多く、昼夜問わず警察署や幹部を回って、捜査情報や事件発生の1報の入手を目指します。
その日の夜。
入局1年目だった私は、何か情報を得られないかと、いつものように警察署を訪れました。
すると署から警察官が慌ただしく出ていきます。
何か事件が起きたのかもしれない。
当直の署員に取材しても詳細はわかりませんでしたが、こう言われました。
「派手に夫婦げんかして、近所の人に通報されたみたいよ」
激しい夫婦げんかのすえ収拾がつかなくなり、警察に通報が入ることは珍しくないそうです。
さらにその場に子どもがいた場合は、「面前DV」という心理的虐待にあたるケースがあり、児童相談所に通告することもあると聞いて驚きました。
私が子どもの頃、両親が言い争いを始めると家の空気が一気に張り詰めてハラハラしたのを思い出しました。
でも夫婦げんかが虐待なんて…。
<面前DVとは>
18歳未満の子どもの目の前で、配偶者や家族に対して、殴る蹴るなどの「身体的暴力」や、どなったり侮辱したりする「精神的な暴力」を振るう状況をいい、子どもに苦痛を与える行為として「心理的虐待」にあたるとされている。
冒頭に書いた、小学生の女の子がLINEを送った相手が、板倉未来さんです。
板倉さんは、「子ども食堂」の運営や虐待・DV被害者の緊急保護など、さまざまな事情を抱える親子の支援活動を行うNPO(新潟市)の代表を務めています。
「面前DV」の当事者を取材できないかと考えていたところ、板倉さんが実際に支援にあたったと知り、話を聞きに行きました。
LINEで助けを求めてきたのは、小学校高学年の女の子です。
去年の春、友だちと一緒に子ども食堂を訪れると、翌日もやってきて、板倉さんを驚かせるようなことを言ったそうです。
「ここで働かせてほしい。ここに住ませてください」
それからは毎日のように来て、家に帰りたがらなかったといいます。
原因は、シングルマザーの母親と同居している交際相手の男性との間に、けんかが絶えないことでした。
板倉さんはこのとき、女の子の異変に気づきました。
板倉未来さん
「気になったのは、ドアがパンと閉まったときの音にすごく敏感に反応したんです。ものを投げたり、大きな音を立てたりということが繰り返されていたことで、無条件に反応してしまったんだと思いました」
ある日の夜遅く。
板倉さんのスマホにLINEのメッセージが届きました。
あの女の子からでした。
「今私は泣いてます」
「怖いです」
「ねえ」
「助けて」
「助けて」
「どこにいる?」
「こんなに夜遅くだから外に出たりしたらだめだよ」
「すぐに今から行くね」(板倉さんの返信)
板倉未来さん
「何かあったら連絡ちょうだいねって言っていたんです。ただ事じゃないことが起きていると思ったので、大変な事態になる前に助けなきゃと思って、車を走らせました」
急いで自宅に駆けつけた板倉さん。
そこで目にしたのは、女の子の前で激しく言い争う母親と交際相手の姿でした。
「子どもの前でやめてくださいと何度もお願いしたんですが、お願いしている先からけんかになるというか。本当に収拾がつかないという感じでした」
何とか落ち着かせて、けんかは収まりましたが、その後も、板倉さんのもとには女の子から何度も連絡があり、そのたびに母親や交際相手の男性と話し合いました。
20年以上にわたって支援活動を行ってきた板倉さんが根気強く説得し、少しずつ回数は減ったものの、「もうしません」と約束したあとで、またすぐにけんかになることもあったといいます。
なぜ、やめるように言われても繰り返してしまうのか。
そして女の子はどんな心境でいるのか。
私は板倉さんを通じて取材の趣旨を伝え、その母親と女の子に直接話を聞かせてもらうことになりました。
取材当日。
私は緊張していました。
つらい話をしてもらうことが、心の負担になるのではと気がかりだったのです。
女の子も緊張している様子でしたが、しばらくすると小学校で人気のあるアイドルやSNSについてニコニコと話してくれ、少しほっとしました。
そして母親の同席のもと、短いことばでしたが、けんかの状況やそのときの気持ちについて話してくれました。
どんなけんかだった?
何かはわからないけど、なんか投げてた。ボンボンって。
けんかの声が聞こえないように耳をふさいだりするの?
耳はふさいでない。近くまで行って聞いてる。
こわくないの?
こわいけど、目を離したらやばいことになりそうだから。
うるさいからやめてって思う。
言い争いしているのを見ると、止めなきゃって思う?
うん。ママがけがしたり、アパート借りてるのに壊されたり、近所迷惑になったりするから止めないとって。
けんかしていると居心地は?
悪い空気になる。
寝られなくなることは?
ある。
授業中は眠いけど勉強する感じ。
つらいし、もっと寝たい。
ひどかった時は、夜寝られなくなってつらかったと打ち明けた女の子。
ただ、お母さんについてどう思っているのか尋ねると、こう答えました。
ママのことは大好き。
けんかして泣いているのを見るとかわいそうに思う。
仲よくしてけんかしないでほしい
板倉さんに出会うまで、周りの大人に頼れなかったという女の子。
お母さんのことを大切に思っているからこそ、ひとりで抱え込み、打ち明けられずにいたのかもしれないと胸が締めつけられる思いがしました。
一方の母親は、娘の前でけんかを繰り返したことについて、後悔していると話しました。
母親
「以前は、週に1回とか2回くらいけんかしていました。子どもの前ではけんかしないほうがいいのですが、やっぱり感情的になっちゃうとカッとなって感情がコントロールできなくなってしまうんです。
娘が間に入って必死に止めようとするんですが、それに応えられない自分がつらかったです」
そして「面前DV」という虐待にあたる可能性があることについて問うと、次のように答えました。
「(面前DVということばは)知らなかったです。
ただ私が今までやってきたことは、すべて『面前DV』になるんだって思いました。やっぱり子どもの前でけんかはやめるべきだと思うし、今は落ち着いてきていますが、これからは気をつけたいです」
両親のけんかをそばで見ている子どもは、どんな感情を持つのでしょうか。
臨床心理学が専門で、虐待の問題に詳しい西澤教授に話を聞きました。
山梨県立大学 西澤哲教授
「小さな子どもの場合は世の中で起きていることを自分と切り離して考えられず『自分が悪い子だからお父さんお母さんがけんかするんだ』と結びつけて考えてしまうことがあります。それによって自己肯定感、自尊感情が低くなることも考えられます」
西澤教授は怒鳴り合いのけんかが日常的に繰り返されるような強いストレス下で育った子どもは将来にわたって強い自己嫌悪にさいなまれることがあると指摘します。
親の攻撃的な面をまねてしまったり、悲観的になってしまったりする事例もあるそうです。
また暴言を日常的に聞いていると、口頭で伝えられたことを理解しにくくなるなど、耳で聞いた情報をうまく処理できなくなるという研究結果もあるということです。
とはいえ人と人が一緒に生活する以上、衝突が避けられないことはあると思います。
けんかしてしまったとき、どんなことに気をつければいいのかについても聞きました。
山梨県立大学 西澤哲教授
「『子どもの前でけんかしないでね』と言うのは簡単ですが実践するのは難しいですよね。まずは子どもが不安に思っていることに気づくこと。そして子どもに『ごめんね、あなたが心配しているほど仲が悪いわけじゃないんだよ』と伝えてフォローしてあげることが大切です」
一方で、状況が改善されず子どもの心や生活が脅かされる状態が続くときは、周りが気づいてサポートすることも重要だといいます。
山梨県立大学 西澤哲教授
「自治体の教育機関や各学校のスクールカウンセラー、さらに地域で問題を共有して一体となって支援する体制ができることが望ましい。『ただの夫婦げんか』と捉えず、子どもの生活や心に影響を及ぼす問題として目を向けるべきだと思います」
新型コロナの影響で家にいる時間が増えるなか、「面前DV」は増加しています。
新潟県警によると、「面前DV」の疑いがあるとして警察が児童相談所に通告した子どもの数は、去年660人に上り、これまでで最も多くなりました。
板倉さんに助けを求めた女の子の母親も、その要因を口にしていました。
母親
「一緒にいる時間が増えたので、やっぱりけんかは増えました。コロナの影響なのかわかりませんがストレスが増え、交際相手に当たってしまったことはあります。本当にイライラしっぱなしでした」
身体的虐待などと違い、「面前DV」は周囲から気づかれにくく、子ども自身も虐待を受けているという認識は持ちにくいのかもしれません。
それでも子どもの心は傷つき、疲れてしまうのだと、当事者を取材して改めて気づかされました。
だからこそ、たかが夫婦げんかと思わずに子どもに影響が出てしまうかもしれないと想像力を持つこと、一度立ち止まって考えることが大切だと感じました。
子ども食堂を運営するNPOの板倉未来さん。
取材から数か月がたったあとも、助けを求めてきた女の子や母親と関わり続けているといいます。
板倉さんは、家庭の中で過ごす時間が増え、さまざまなストレスを抱えがちになっている今だからこそ、子どもも大人も1人で悩まず、周りを頼って一緒に解決していこうと訴えています。
もちろん「面前DV」の中には、すぐに警察や児童相談所の介入が必要な緊急性の高い事案もあります。
ただ、板倉さんのような大人が地域にたくさんいたら、痛ましい事案を少しでも減らすことができるかもしれない。
当事者の親子に真摯に、そして笑顔で向き合う姿を見て、そう強く感じました。
<相談窓口>
▽DV相談ナビ「#8008(はれれば)」=各都道府県の中核的な相談機関
▽児童相談所虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」=近くの児童相談所につながります。
新潟放送局記者
野尻陽菜 2020年入局
警察・司法取材を担当
差別や虐待などの問題に関心
趣味は料理
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