2024年2月26日
韓国 北朝鮮 朝鮮半島

北朝鮮「韓国は同族にあらず」対南政策転換の真意とは

去年12月、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記の演説に韓国で大きな衝撃が走りました。

これまで同じ民族として“平和統一”、“和解”の対象としていた韓国について、「北南関係は同族関係ではない」と宣言し、“敵対国”と位置づけたのです。さらに、戦争になれば韓国の領土を「平定する」という表現までありました。

年始には韓国との境界線に近い海域で砲撃を繰り返した北朝鮮。その意図は何なのか。最前線の島を取材し、専門家に話を聞きました。

(ソウル支局 長砂貴英 / 中国総局 石井利喜)

韓国、最前線の島はいま

年明け1月5日の午後1時前、「ヨンピョン(延坪)島に避難命令」という韓国メディアの速報がスマートフォンに飛び込んできました。ヨンピョン島は朝鮮半島西側に位置し、2010年に北朝鮮軍の砲撃で4人が死亡した島です。

韓国 ヨンピョン(延坪)島

一瞬、かつての砲撃事件が頭をよぎりましたが、しばらくして、韓国軍による海上への砲撃訓練に伴い、北朝鮮の動向を警戒して避難命令が出されたことがわかりました。

避難したヨンピョン島の人たち(2024年1月)

韓国軍の発表によると、この日の朝に北朝鮮軍が海上の境界線付近の北側海域に向けて砲撃しており、韓国軍はこれに対抗して砲撃訓練を実施したということでした。

北朝鮮の砲撃に対抗し 砲撃訓練をする韓国軍 (2024年1月)

北朝鮮からの攻撃に備えて、島の地下や斜面には避難所がつくられています。役場が管理しているのは計8か所で、韓国メディアは2000人余りの住民のうち500人ほどが避難所に身を寄せたと報じました。避難命令は3時間半で解除されました。ただ、北朝鮮はこの日から3日続けて海上への砲撃を実施し、韓国軍はその後も警戒を緩めていません。

1月下旬、ヨンピョン島を取材しました。まず向かったのは、島の展望台です。海上の境界線をはさんで、半径10キロ以内に北朝鮮の島が点在しています。これらの島のなかには北朝鮮軍の部隊が駐留しているところもあります。

ヨンピョン島から見える北朝鮮の島

2017年にキム・ジョンウン総書記が視察に訪れた島を望遠レンズでのぞくと北朝鮮軍の施設とみられるものが確認できました。また、別の島では兵士とみられる人影も見られました。取材中、「ドーン、ドーン」という韓国海兵隊の訓練の砲声とみられる音も繰り返し響いていました。北朝鮮と対峙している、まさに最前線です。

北朝鮮軍の施設とみられる建物

島の人たちに話をうかがいました。30年以上島に暮らし、民宿を経営するソン・ヨンオクさん(宋英玉・62歳)は1月に避難命令が出た際に近くの避難所に身を寄せた1人です。

ヨンピョン島に住む ソン・ヨンオク(宋英玉)さん

ソンさん
「2010年の砲撃のことが頭にあるので避難所に行かなきゃという認識でした。落ち着きませんでした。ただ、避難所に行かなければならない状況になると、わたしたちの日常生活はすべて止まりますし、漁業者も漁を続けられなくなります。
南と北はひとつの民族で、互いに平和に暮らすことを望んでいます。戦争は絶対にあってはいけません」

別の場所で取材した80代の男性は「高齢者が多く、万一のときに島からすぐに出られないので不安だ」と話していました。

対南政策転換の衝撃

韓国で北朝鮮への警戒が強まっている背景には、2023年12月にキム・ジョンウン総書記が韓国に対する政策転換を表明したことがあります。キム総書記は韓国を平和統一の対象ではなく敵対国とみなすと公言していました。

演説する北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記(2023年12月)

キム総書記の発言(抜粋)

「北南関係はこれ以上同族関係、同質関係ではない敵対的な両国関係、戦争中にある両交戦国関係に完全に固着された」
(朝鮮労働党中央委員会総会での演説 2023年12月31日付け朝鮮中央通信より)

「われわれは決して朝鮮半島で圧倒的力による大事変を一方的に決行しないが、戦争を避ける考えもまたまったくない」
(軍需工場視察の際の発言 2024年1月10日付け朝鮮中央通信より)

「わが国の民族史から『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に除去」
(最高人民会議での演説 2024年1月16日付け朝鮮中央通信より)

「朝鮮半島で戦争が起こる場合には、大韓民国を完全に占領、平定、奪還し、共和国(※北朝鮮を指す)領域に編入させる問題を(憲法に)反映することも重要である」
(最高人民会議での演説 2024年1月16日付け朝鮮中央通信より)

さらにキム総書記は、南北統一に向けたシンボルとして父親の政権下でつくられたモニュメント「祖国統一3大憲章記念塔」にも言及し、「無様」とまで言い切って撤去を指示しました。

撤去された南北統一のモニュメント「祖国統一3大憲章記念塔」(2001年撮影)

2024年1月23日に撮影された衛星画像からはモニュメントが撤去されてなくなっている様子がわかります。

北朝鮮は、韓国に対する政策転換を目に見える形で進めています。

モニュメントの撤去後に撮影された衛星画像

北朝鮮の真意はどこに① 防衛大学校 倉田秀也教授

北朝鮮の対南政策転換をどう受け止めればよいのか。日韓の専門家に見解を聞きました。

話を聞いたのは、北朝鮮をめぐる安全保障に詳しい防衛大学校の倉田秀也教授です。

防衛大学校 倉田秀也教授

祖父から続く統一案の“棚上げ”

倉田教授
「南北が国家関係であるということばに『ここまで踏み込むか』と思いました。北朝鮮がこれまでとってきた『一民族、一国家、二体制を最終形態として統一を成し遂げよう』という『高麗民主連邦共和国』統一案※というキム・イルソン(金日成)主席以来の大看板、その前提を取り下げたことになります。統一案は一旦ここで棚上げ。大きな転換点だと言えます」

※「高麗民主連邦共和国」統一案
1980年にキム総書記の祖父であるキム・イルソン主席が提案した南北統一案。南北がともに相手側の思想と政治体制を容認した上で統一政府を立ち上げるとしていた。在韓アメリカ軍の撤退などが前提条件とされ、韓国政府は受け入れられないとの立場をとっている

背景にあるのは戦術核

「相手に無慈悲な核攻撃をするといった場合に、同族に武力行使をすることに躊躇ちゅうちょがあってはならないため、相手はもはや別の国で、同族関係ではないと言っています。南北関係を統一問題ではなく、安全保障の問題として見ているということです。北朝鮮がここまで踏み込むのは内部でも相当な議論があったと思います」

核兵器事業を視察するキム総書記(2023年)

核の脅しでアメリカ介入を阻止

「演説で『われわれが育てる最強の絶対的な力は、武力統一のための先制攻撃手段ではない』と述べています。では、北朝鮮が考える武力行使とはいったい何を指すのでしょうか。北朝鮮は、米朝がいきなりICBM=大陸間弾道ミサイルなどのミサイルを撃ち合うというよりは、意図的または偶発的なものを含めた南北の衝突が起きて、在韓アメリカ軍が介入することを想定しています。そうなったときに『わたしたちは核を使えますよ』と示したいわけです」
「在韓アメリカ軍も韓国軍も持っていない戦術核を北朝鮮だけが持つ状況。わたしは『エスカレーション・ドミナンス』※と言っているのですが、北朝鮮は核の脅しを最初にかけることができるのは自分だと示しているのだと思います」

※エスカレーション・ドミナンス
戦闘が拡大するかどうかを決定づける主導権を握ること

北朝鮮の真意はどこに② 韓国の専門家は?

韓国政府傘下のシンクタンク「統一研究院」のホン・ミン(洪珉)研究委員も、北朝鮮が朝鮮半島で核抑止力(核兵器を持つことで相手に攻撃をためらわせようとする考え)を働かせることを意識したものだと指摘しました。

韓国のシンクタンク「統一研究院」ホン・ミン(洪珉)研究委員

非常に実利的

ホン研究委員
「北朝鮮のこれまでの統一政策は、民族どうしが自主的に統一することでした。しかし、核兵器を実用化すると何が起きるかというと、同族に核を向けることになります。民族関係が大きな足かせとなり核兵器を使えないという認識が形成されれば、核抑止力が無意味になります。そこで、敵対視している国には核が使えるという論理であれば、核抑止力が働くと判断できます。非常に実利的な側面での意図があったとみられます」

いまに始まったことではない

「韓国に対する態度が完全に変わったのは2019年、米朝首脳会談が失敗に終わった年です。この年の10月、キム・ジョンウン氏がクムガン山(金剛山)観光地区※を訪れ『国力が弱いときに他人に依存しようとした先任者たちの政策が間違っていた』と発言し、韓国側が建設した施設の撤去を指示しました。同じ年には、祖国平和統一委員会という韓国との対話の窓口機関が談話を出さなくなって存在感がなくなります。この後、韓国に対する談話は国防省、軍総参謀部、キム・ヨジョン氏(金与正・キム総書記の妹)が出すようになりました。2020年に南北共同連絡事務所※を爆破したときには、韓国について『対敵』と呼び始めています。時間をかけて政策転換を進めてきたと言えます」

米朝首脳会談(ハノイ 2019年)

※クムガン山観光事業
北朝鮮が1998年に韓国企業に許可を与えて始まり、多くの韓国人観光客が訪れるようにもなった。2008年に北朝鮮兵士による韓国人観光客の射殺事件が起きたあと、観光開発も観光客訪問も止まった

※南北共同連絡事務所
南北が2018年に北朝鮮南西部のケソン(開城)に設置。北朝鮮は2020年に取り壊しを予告するキム・ヨジョン氏の談話を発表したあと、爆破した

爆破される南北共同連絡事務所(2020年)

局地戦は考えにくい

ホン研究委員
「北朝鮮が軍事的な作戦を展開して韓国を攻撃するかというと、それは考えにくいです。劣勢な通常兵器をもって局地戦を起こすのは北朝鮮にとってリスクが高い。今のロシア、中国との関係を考えても、あえて朝鮮半島で戦争を起こしてロシアと中国がそれを喜ぶかというと、それはありません。むしろ北朝鮮にとって実利的なのは、11月のアメリカ大統領選挙を控えて頻繁にミサイルなどの兵器実験を実施することです。韓国を完全に排除してアメリカとの対話、交渉につながる米朝の構図をつくりたいわけです。南政策転換の核心は対米メッセージだと見る必要があります」

北朝鮮が発射した巡航ミサイル(2024年1月)

“戦争はあってはならない”

米韓両政府は、北朝鮮への対応としてアメリカの核戦力を含む抑止力で同盟国を守る「拡大抑止」の強化を進めています。

また2024年の定例の米韓合同軍事演習から「核作戦シナリオを含めた訓練を実施する」と明らかにしています。早ければ夏の演習から実施されると韓国メディアは伝えています。「核作戦シナリオ」の具体的な内容は明らかにされていませんが、米韓両国は北朝鮮による核の危機が高まった際のガイドラインを作成しているところです。北朝鮮の核・ミサイル開発の進展に伴い、米韓両軍の戦略も新たな段階に入ろうとしています。

ヨンピョン島で取材した女性が「南と北はひとつの民族。戦争は絶対にあってはならない」と話したことが強く印象に残っています。北朝鮮が韓国を「同族ではない」と突き放すなか、南北間で緊張が高まってほしくないという人びとの願いはより切実なものとなっています。

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