
10月中に3回目の軍事偵察衛星打ち上げを断行すると明言していた北朝鮮。
しかし、衛星打ち上げは行われませんでした。計画が実行されなかった背景には何があるのか。
専門家が指摘したのは、先を見すえたロシアとの関係でした。
(聞き手:中国総局記者 石井利喜)
偵察衛星打ち上げなし 異例の先送りの背景は
北朝鮮は2023年5月と8月、北西部の「ソヘ(西海)衛星発射場」から軍事偵察衛星の打ち上げを試みましたが失敗し、10月中に3回目の打ち上げを断行すると発表しました。

しかし、発射場周辺での兆候は見られないまま、10月中の打ち上げは行われませんでした。メンツを重んじる北朝鮮が対外的に時期を明示した計画を実行しなかったのは異例のことです。
背景に何があるのか、北朝鮮情勢に詳しい南山大学の平岩俊司教授に話を聞きました。

(以下、平岩教授の話)
なぜ10月に打ち上げなかった?

「10月中の打ち上げ」の予告は、2回目の打ち上げが失敗した直後に発表されたことだったので、その時点ではどの部分に改良が必要か、どれぐらいの時間が必要なのかが正確にわかっていなかったと思います。
前回の失敗のあとの9月、キム・ジョンウン(金正恩)総書記はロシアを訪問してプーチン大統領と首脳会談を行いました。

さまざまな軍事的なアドバイスをもらった可能性がありますが、それを打ち上げに反映させるためにはかなり時間がかかることが予想されます。
そうしたことも含めて、予告した10月に実行するよりも確実に偵察衛星の打ち上げを成功させるということを選択したんだろうと思います。
ロシアの協力は打ち上げ見送るほど重要?
ロシアからの協力を受けることができれば、北朝鮮は飛躍的な技術向上が望まれるということになります。
ただ、一部で報道されているような、北朝鮮の弾薬とロシアが持っている非常に水準の高い技術が等価交換されるかというと難しいだろうと思います。
そこで北朝鮮としては、ロシアとの関係をまずは強化して、そこに中国をうまく巻き込んでいき、安全保障上の枠組みでアメリカ、韓国、日本に対抗する。北朝鮮が主張する「新冷戦」という枠組みをうまく使いながら、その中で軍事協力を目指していくんだろうと思います。

キム総書記を宇宙基地に招待 プーチン大統領の思惑は?
プーチン大統領からすると、自分たちの宇宙開発能力を見せつけることによって北朝鮮に最先端の宇宙関連の技術が欲しいと思わせたい。
ある種、見せびらかすことによって、キム総書記に「こんなものが手に入れば」と思わせるねらいはあったのでしょう。

北朝鮮に対して単に武器や弾薬との交換ではなく、将来的に関係が進めば、こういったものも手に入るようになるし、それをロシアは用意できるんだとアピールしたのではないでしょうか。
ロシアは北朝鮮の偵察衛星を本当に支援する?
北朝鮮の狙いは、ロシアに偵察衛星の打ち上げのためだけに技術供与を求めるというより、もう少し将来的な宇宙開発を視野に入れた関係強化だと思います。
偵察衛星は1基だけではそれほど効果はなく、2基、3基と打ち上げていく必要があります。
北朝鮮が独自に打ち上げるのに加え、例えばロシアに代わりに打ち上げてもらい台数を増やす。さらには偵察衛星から得られる情報の運用の仕方などいわゆるソフト面も含めた技術協力が欲しいでしょう。
北朝鮮もそうした支援が短期的に手に入るとは考えていないでしょうから、長期的な視野でロシアとの関係を強化しているということなんだろうと思います。

米韓の共同訓練にもなぜ”異例の沈黙”?
アメリカは10月、原子力空母や戦略爆撃機などを参加させて、韓国と朝鮮半島周辺で共同訓練を実施。北朝鮮はこれまで米韓のこうした動きにミサイル発射などで対抗措置を行ってきたが、今回はミサイルを発射せず。偵察衛星の打ち上げもなく、北朝鮮は”異例の沈黙”を続けている。
正確にはわかりませんが、次はプーチン大統領が北朝鮮を訪問することで合意していますので、米韓の共同訓練に単にミサイル発射で対抗するのではなく、ロシアとの関係強化をアピールする方が米韓への対抗になるという判断なんだろうと思います。
ミサイル発射などを行って朝鮮半島の緊張状態がエスカレートしていくと、プーチン大統領の訪問自体が難しくなってしまう可能性もあります。

不必要に朝鮮半島の緊張を高めるのではなく、安定した環境の中でプーチン大統領の訪問を受け入れ、両国の関係強化をアピールすることによってアメリカ、韓国に対抗したいという思いがあるんだろうと思います。
偵察衛星の打ち上げはあるのか?
できれば年内にやりたいのだろうとは思います。北朝鮮は2021年から「国防5か年計画」のもと兵器開発を進め、2023年は折り返しになります。
例えば原子力潜水艦であるとか、7回目の核実験による戦術核を手に入れるという課題が残っていますので、できるだけ早いタイミングで打ち上げを成功させて、次の課題に集中したいと考えているはずです。

ただ、「国防5か年計画」の期間内に成功させれば問題ないと考えている可能性もあります。
加速する北朝鮮とロシアの軍事協力 今後の焦点は?
ポイントはやはり中国です。
北朝鮮は「なんとかして中国を巻き込みたい」という思いがあることは間違いなく、ロシアとの関係強化を押し出しながら、中国に働きかけをするでしょう。

また、ロシアもいまの世界情勢で中国に対して「もう少しロシア寄りに姿勢を変えてほしい」という思いがあり、ロ朝両国は「新冷戦」のような枠組みを作っていきたいと考えています。
これに対して中国がロ朝の動きにどこまで付き合う気があるのかということがポイントになってきます。中国からすれば、当然、米中関係を視野に入れて北朝鮮に対応していくことになります。
中国としては、変な形で巻き込まれないようにしながらむしろ、北朝鮮への影響力を利用しアメリカとの関係を作っていきたいという思いがあり、そのあたりの駆け引きが今後どうなっていくか注視すべきだと思います。