
「これは北朝鮮で作った、つけまつげです。品質が良いんです」。
中国人の貿易商が差し出したのは、北朝鮮製の「つけまつげ」。2023年に入って、大量のつけまつげが北朝鮮から中国に輸出されています。
経済制裁をかいくぐりながら外貨を獲得する北朝鮮。
中朝国境のまちで、その実態を探りました。
(中国総局・石井利喜)
コロナ禍の北朝鮮国境で見た「ある変化」
私たちが2023年7月中旬に訪れたのは、中国東北部遼寧省にある丹東。北京から高速鉄道に乗っておよそ5時間。中朝貿易の最大の拠点とも言われ、鴨緑江という川の対岸に北朝鮮があります。

北朝鮮は新型コロナウイルスの流入を防ぐため2020年1月に国境の管理を厳しくし、外国との往来を原則停止しているため、自由に入ることはできません。
そうした中、丹東では鴨緑江を周遊しながら北朝鮮を望む乗船ツアーが人気を集めていて、私たちもそのツアーに参加しました。
船から見える北朝鮮には、牛を引いて農作業をする男性や国境警備にあたる2人組の兵士、おしゃべりをしながら歩く女性たちの姿が確認できました。

中国人観光客のなかには手を振って呼びかける人もいましたが、北朝鮮の人たちはこちらを見るだけでした。
新型コロナの感染拡大後、北朝鮮は住民に対し、国境に近づいた場合は銃殺も辞さないという通知を出すなど警戒を極度に高めました。私は2023年2月にも同じように船から北朝鮮側を見ましたが、当時は兵士や住民は一様にマスクを着用していました。

しかし、今回はマスクを着用していない人の姿を多数確認できました。北朝鮮当局の発表はありませんが、感染対策を緩めたものとみられます。
新型コロナ前の84%水準に 急激に回復する中朝貿易
感染対策の緩和の背景にあるとみられるのが厳しい経済事情です。国連安全保障理事会の経済制裁の長期化に加えて、厳しい国境管理で経済が打撃を受けています。韓国の中央銀行・韓国銀行は北朝鮮の2020年のGDP=国内総生産の伸び率は前の年(2019年)と比べてマイナス4.5%と、この20年あまりで最も大きいマイナス幅になったと推計しました。GDPは2022年までの3年連続で減少しています。
厳しい経済状況を打開しようと、北朝鮮は2023年に入って、中国との貿易を増やしています。中国の税関当局が7月20日に発表した中朝間の1月から6月までの貿易総額は10億5574万ドルと、前の年(2022年)と比べて3倍以上増えました。新型コロナの影響がなかった2019年の同じ時期の84%にまで回復しました。

私たちは北朝鮮と貿易をする会社が集まる地区を訪れ、10年以上北朝鮮と「つけまつげ」などを取り引きしているという会社を取材しました。
この貿易会社は、対岸の北朝鮮のシニジュ(新義州)の工場に原材料となる人工繊維を送り、つけまつげに加工して中国に輸入しているといいます。

多いときには1度に100万個を輸入し、その種類も1000以上あるということです。会社の担当者は北朝鮮と取り引きする理由について「安さ」と「品質」を挙げました。
北朝鮮と貿易する中国の会社の担当者
「北朝鮮で加工するとコストが3分の1で済みます。北朝鮮は技術も高く、品質も良いんです。また、私たちの発注通りにちゃんと作ってくれます。北朝鮮と親密な関係になればなるほど、私たちの未来もさらに良くなるんです」
北朝鮮は、核・ミサイル開発を理由に国連安全保障理事会の経済制裁で石炭や海産物、衣服などの輸出が禁止されています。ただ「つけまつげ」などの毛製品は安保理制裁の対象品目ではありません。
中国当局の統計によりますと、北朝鮮は2023年の上半期に日本円でおよそ108億円の「つけまつげ」などの毛製品を中国に輸出しています。これは中国へのすべての輸出品の総額のうち56%を占めています。
つけまつげ輸出のねらいについて、北朝鮮を40回近く訪問している新潟県立大学北東アジア研究所の三村光弘教授は「外貨の獲得」と「失業対策」のためだという見方を示しています。

三村教授
「北朝鮮の外貨のバランスで言うと、輸入が多くて輸出が少ないという状況です。それを改善するために外貨稼ぎという面でいろいろなものを輸出しなくてはいけません。また経済制裁により縫製工場などで働いていた人たちが失業しています。制裁品目を作る工場で働いていた人を職場に戻し失業状態を改善させているんです
北朝鮮に運ばれる『大理石』
一方で北朝鮮は中国から何を輸入しているのか。私たちは北朝鮮向けの貨物列車に物資を積み込む場所があると聞いて、車で向かいました。

フェンスで囲まれた場所では、作業員たちが大量の物資を積み込んでいて、コンテナにはハングルで「ソポ」と「丹東」と書かれています。ソポ(西浦)は北朝鮮の首都ピョンヤンにある物流拠点とされている場所です。
コンテナの脇に置かれた大量の箱には「大理石」と書かれていたほか、別の箱にはアルファベットで「TILE」= タイルと表示されていました。

北朝鮮向けの建築資材とみられます。中国当局の統計によりますと、北朝鮮はことしの上半期で「大理石」と「タイル」を日本円であわせて30億円分輸入しています。

キム・ジョンウン(金正恩)総書記は2021年から2025年までの5年間で、首都ピョンヤンに毎年1万戸の住宅を建設する計画を掲げています。
住宅は朝鮮労働党に貢献した人たちに無償で贈られるということで、国営テレビの看板アナウンサーとも呼ばれるリ・チュニ氏にもキム総書記から直々に贈られました。

丹東の対岸のシニジュでも建設中のマンションが少なくとも20棟以上確認できました。ただクレーンなどの建設用機械は見当たりませんでした。

焦点は中国が経済制裁を維持するか
北朝鮮は2023年7月27日に朝鮮戦争の休戦協定締結から70年にあわせた軍事パレードに、ロシアとともに中国の全人代=全国人民代表大会の李鴻忠副委員長が率いる代表団を招待しました。

キム総書記は代表団と面会し、関係をさらに強化していくことを確認していました。
三村教授はこうした動きをふまえて、中朝貿易が今後、新型コロナ前の水準を上回る可能性も指摘しました。
三村教授
「北朝鮮の貿易の9割近くを占める中国との貿易の復活で、北朝鮮の対外貿易は活性化することになります。今後人の往来も再開したとき、2019年と比べてどれくらい増えるかが1つの指標となると思います。経済制裁以外の品目で輸出・輸入が進むようであれば、貿易量は2019年と比べて30~50%のプラスになる可能性があります」
国連安保理では、アメリカとの対立を深める中国が北朝鮮を擁護する立場を鮮明にしています。三村教授は、中国が経済制裁の履行で各国と足並みをそろえるのか注視する必要があると指摘しました。
三村教授
「新型コロナ対策が緩和されると、次は中国が経済制裁をどれくらいの厳しさで維持するのかが焦点となります。かなり広い品目に制裁がかかっていますが、中国が経済制裁に関する国内措置を独自の判断で緩めることになれば、中国の対北朝鮮制裁の執行レベルが下がることになり、国際的に大きなインパクトになります」