2023年2月7日
北朝鮮 朝鮮半島

【解説】相次ぐミサイル発射 北朝鮮の「核戦略」を読み解く

北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)政権は、2022年の1年間で弾道ミサイルなどの発射を繰り返し、その数は37回と過去最多に上りました。
北朝鮮は一体、なぜ、これほどまでに発射を繰り返しているのでしょうか。
北朝鮮の公式発表を読み解きながら、防衛大学校と韓国国防省傘下の研究機関の専門家に取材して、その狙いを探りました。

(ソウル支局 長砂貴英 / 中国総局 石井利喜)

北朝鮮の公式発表を読み解く

北朝鮮は外国メディアが自由に行き来できる国ではありませんし、担当機関に電話やメールで直接問い合わせることもできません。では、政権の意図をどう読み解くのか。1つは、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」や国営メディアを通じて出される公式発表の分析です。

もちろん北朝鮮の発表は政権を宣伝するプロパガンダの性格が強く、すべてをうのみにするわけにはいきませんが何を目指そうとしているのかをうかがうことはできます。

まずは、2023年元日に発表された、キム・ジョンウン総書記の演説を見てみます。

演説する北朝鮮 キム・ジョンウン(金正恩)総書記(2023年1月1日公開)

キム総書記の演説
「われわれの核戦力は戦争抑止と平和と安定の守護を第1の任務とするが、抑止失敗の際、第2の使命も決行することになるとし、第2の使命は防御ではないほかのものである」
※2023年1月1日配信/朝鮮中央通信

核戦力をもつことの意味を「第1」、「第2」と2つに分けて考えていることがわかります。

このうち「第1」については「抑止力」、つまり核兵器を保有し相手に反撃するぞという意志を示して北朝鮮への攻撃をためらわせようという主張です。

一方、「第2」については「防御ではない」と規定しています。この意味については、キム総書記の妹、キム・ヨジョン(金与正)氏の名前で2022年に発表された談話に示されていました。

キム・ヨジョン(金与正)氏

キム・ヨジョン氏の談話
「核戦力の使命は(中略)戦争に巻き込まれないようにするのが基本であるが、いったん戦争となれば、その使命は相手の軍事力を一挙に取り除くことに変わる」
「戦争の初期に主導権を握り、相手の戦争の意志を焼却し、長期戦を防ぎ、自らの軍事力を保存するために核戦闘武力が動員されることになる」
※2022年4月5日付/労働新聞

つまり、核兵器を持つ意味は、まず相手から攻撃されないようにすることだというのです。その上で、戦争になれば相手の戦力を一掃することに変わるという主張です。

実は、キム・ジョンウン政権は発足初期からこのような主張をうかがわせる発表をしていました。10年前のキム総書記の演説です。

朝鮮労働党機関紙「労働新聞」2013年4月1日付

キム総書記の演説
「人民軍隊では、戦争抑止と戦争遂行戦略のすべての側面で核戦力の中枢的な役割を高める方向で戦法と作戦を完成させ、核戦力の恒常的な戦闘準備態勢を完備していかなければならない」
※2013年4月1日付/労働新聞

「最小限抑止」と「エスカレーション阻止」

北朝鮮の主張について、北朝鮮をめぐる安全保障に詳しい防衛大学校の倉田秀也教授に話を聞きました。

倉田教授によると、北朝鮮がまず考えているのは、核兵器を保有することでアメリカによる直接の核攻撃を思いとどまらせる態勢だといいます。これは一般的に「最小限抑止」と呼ばれる考え方だそうです。

そしてもう1つ、局地的な戦闘が本格的なアメリカ軍の介入に発展するのを防ぐ「エスカレーション阻止」という考え方を持っていると指摘します。

防衛大学校 倉田秀也教授

倉田教授
「北朝鮮が考える戦争シナリオにおいて、『ローカルな戦争』というのが念頭にあります。有事に在韓アメリカ軍の増援を阻止するために『介入するんだったら撃つぞ』、『核の敷居をまたぐぞ』と言って阻止しようとします」
「その阻止が失敗して戦争になったら、アメリカは在日アメリカ軍を送り込むかもしれませんし、空軍の基地があるグアムから核兵器を持ってくるかもしれません。または、アメリカ本土から派兵するかもしれません。そうやってエスカレートするのを止めようと考えているのだと思います」

公表された「核の使用条件」とは?

北朝鮮は去年9月9日に発表した「核戦力政策に関する法令」で核兵器を使用する条件を具体的に示しました。

倉田教授は、北朝鮮が核の先制使用を排除しない方針を示したものだとして強い懸念を示す一方で、北朝鮮の狙いを冷静にとらえる必要があると強調します。

倉田教授
「北朝鮮は法令によって『核使用するぞ、兆候があったら使うぞ』と示すこと自体が抑止力になると考えています。彼らだって、実際に核を使ってしまえば使い返されるとよく分かっている。核使用そのものが目的になってるわけではない」
「北朝鮮は、戦争が起きた場合にローカルな戦争にとどめるという、これまでに持っていなかった手段を今回持とうとしている。そうなれば、有事の際に全面戦争に至る前に停戦に持ち込むことも可能になってくると考えているのだろう」

「戦略核」「戦術核」とは?

では、こうした想定をもとにして北朝鮮はどのような核兵器の開発を進めようとしているのでしょうか。北朝鮮は核兵器を指す言葉として「戦略核」と「戦術核」という用語を使っています。

実はこれについても、キム・ジョンウン政権の発足からまもない10年前に、労働新聞で具体的な考えが示されていました。

●「戦略核兵器とは、相手側の大都市と産業中心地、指揮中枢と核武力集団など戦略的対象物を打撃するための核弾(核弾頭)とその運搬手段(ミサイル)から成り立つ兵器だ」
●「戦術核兵器とは、前線や作戦戦術的縦深地帯(敵地深くにある場所)にある有生力量(兵力)と火力機材、戦車、艦船、指揮所などを打撃するための核弾とその運搬手段からなる兵器だ」
※2013年5月13日付/労働新聞

遠く離れた相手国の大都市などをICBM=大陸間弾道ミサイルなどを使って狙う「戦略核」、戦場で相手の戦力を標的にする短距離弾道ミサイルなどを使った「戦術核」にわけて考えていることがわかります。

その後、北朝鮮は2017年にICBM級の「火星15型」の発射実験に成功したと主張しました。

「火星15型」(2017年)

去年には、さらに射程を伸ばした「火星17型」の発射実験まで行いました。弾頭部分の大気圏への再突入技術など、本当に「完成」と言えるのかどうかは専門家の間では懐疑的な見方があります。また、実際よりも成果を誇張して発表している可能性も指摘されています。

「火星17型」(2022年)

ただ、ミサイルの発射技術に限って言えば、遠くアメリカ全土を狙うミサイル開発に一定の進展があったとキム・ジョンウン政権が判断していてもおかしくありません。

そして次の段階として、今度は在韓アメリカ軍や韓国軍の施設を射程に含めた、核兵器搭載型の弾道ミサイルの開発を本格化させていこうとしています。

“通常戦力では米韓が圧倒”

キム総書記は2021年、みずからが発表した「国防5か年計画」のなかで、「戦術核」の開発に直接言及しました。「第2」の目的に向けた核・ミサイル開発に向けて本格的に動き出すことを示したものでした。

キム総書記の演説
「核兵器の小型・軽量化、戦術兵器化をさらに発展させて、現代戦で作戦任務の目的と打撃対象に応じてさまざまな手段に適用できる戦術核兵器を開発」
「核の脅威がやむなく伴われる朝鮮半島地域での各種の軍事的脅威を、主体性を維持しながら徹底的に抑止し、統制、管理できるようにすべきである」
※2021年1月9日付/労働新聞

北朝鮮の「戦術核」は何を狙ったものなのか。韓国陸軍大佐で国防省傘下・国防研究院のイ・サンミン(李相旻)北朝鮮軍事研究室長も、有事の際にアメリカ軍の介入が拡大するのを防ごうとする意図があると見ています。

韓国陸軍大佐 国防研究院 イ・サンミン(李相旻)北朝鮮軍事研究室長

イ室長
「韓国・アメリカの通常戦力は北朝鮮と戦って勝つ水準です。圧倒的です。北朝鮮としては、戦術核を利用して抑止したりアメリカが積極的に在日アメリカ軍を朝鮮半島に投入したりすることをためらわせる目的があると思います」

北朝鮮は2022年、「戦術核運用部隊」による訓練だと主張して、弾道ミサイルの発射を繰り返しました。このうちイ室長は、およそ600キロ飛行した弾道ミサイルの発射を例にあげて次のような見方を示しました。

イ室長
「およそ600キロの範囲では南部のプサン(釜山)港が含まれます。プサン港は在日アメリカ軍が韓国に上陸する際に最も重要な港湾です。ですから北としては最も優先的にその地域に艦船が接岸できないよう港を攻撃したり破壊したりする必要があると考える場所です」

プサン港に入港したアメリカ軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」(2022年)

イ室長
「実際に戦時に韓国に入る在日アメリカ軍、グアムやハワイから追加で来る連合戦力は港や空港にやって来ますし、その位置を北も正確に把握しています。それを阻めば北朝鮮も状況を有利に進められると判断しているようです。『戦術核』の目標は朝鮮半島とその周辺、そして在韓、在日アメリカ軍も含まれると思います」

北朝鮮は飛行距離が350キロ程度の短距離弾道ミサイルの発射も繰り返していました。イ室長はこれについて次のように話しています。

イ室長
「飛行距離が300~350キロだと、ソウル首都圏だけではなく、ピョンテク(平沢)やオサン(鳥山)といった、主な在韓アメリカ軍基地や空軍基地がすべて含まれます。そして、さらに南側からも発射が可能です。そうなれば、もっと広い地域まで攻撃できるようになり、韓国の軍事基地の多くが含まれますし、韓国軍の陸海空の司令部があるケリョンデ(鶏龍台・韓国中部)も含まれると思います。『戦術核』の目標は、朝鮮半島とその周辺で、そこには在韓・在日アメリカ軍も含まれるでしょう」

北朝鮮による新たな核実験は?

北朝鮮は核弾頭の小型化に向けて7回目の核実験を行う可能性があるとかねてから指摘されています。一方で、イ室長は「戦術核」を実際に戦力として配備するにはまだ相当の時間がかかると見ています。

イ室長
「『戦術核』の運搬手段(ミサイル)は、ほぼ完成していると思います。これ以上発射しても意味がないほどです。すでに短距離弾道ミサイルの技術的水準はある程度上がっていると見られます」
「しかし、それを実際に量産して配備するのは、また別の話です。そこに搭載できる核弾頭もまだ実験で性能を立証できていない。したがって追加の核実験が必要だと考えているはずです。そして、『戦術核』は多くの数が必要になってくるので、そこに使う核物質を追加で確保するのにも相当に時間がかかると思います」

ウクライナ情勢をめぐって中国・ロシアを含めた国際社会が国連で一致した対応をとれない中、キム・ジョンウン政権はこれを好機と捉えているかのように核・ミサイル開発を続けています。

一方で、米韓両国はアメリカの核戦力を含めた軍事力で対抗する「拡大抑止」の強化を図っています。

米韓両軍の共同訓練(2023年2月)

また、日本を含めた3か国での安保協力を深める考えです。

北朝鮮は着々とみずからの戦略・計画に沿って核・ミサイル開発を進めて来ています。わたしたちはそれを「北朝鮮の暴走」と一言で済まさずに、冷静に、慎重に捉えることが重要です。

その上で、日米韓3か国の安全保障の方向性を考えていく必要があると思います。

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