2023年9月22日
習近平国家主席 中国

中国なぜ閣僚消える?外相の次は国防相 いったい何が?

中国の閣僚の動静がまた途絶えました。

3週間以上、要職の国防相が表舞台から姿を消しています。中国では最近、外相の動静が途絶え解任されたばかり。さらに多くの軍幹部も突然、表舞台から姿を消しました。

アメリカの外交官はこの状況を、有名な小説になぞらえました。

「習近平指導部は、今や小説『そして誰もいなくなった』のようだ」

中国でいったい何が起きているのでしょうか。

(中国総局記者 松田智樹 / 国際部記者 木村隆太)

何が起きているの?

動静が途絶えているのは中国の李尚福国防相です。

最後に公の場で姿が確認されたのは8月29日に北京で開かれた「中国アフリカ平和安全フォーラム」。

そこでの演説を最後に表舞台から忽然こつぜんと姿を消してしまったのです。

「中国アフリカ平和安全フォーラム」で演説する李尚福国防相 (2023年8月)

いったい何があったのか。

李氏の動静が伝えられていないことについて、中国外務省の報道官の定例会見で記者から何度も質問があがりました。

中国外務省 毛寧報道官

中国外務省 毛寧報道官 (9月15日の会見)

「状況を承知していない」

中国政府や軍はこれまでのところ、李氏の状況について何の説明もしていません。

相次いで重要閣僚が消える?

中国で要職の閣僚が姿を消し、政府からも説明がない。実はこの状況、2か月前にも目にしたばかりです。

当時外相だった秦剛氏は、習近平国家主席の信頼が厚いとみられていました。

しかし、6月25日を最後に、動静が途絶えました。

秦剛前外相 (2023年4月) 

翌7月にインドネシアで開かれたASEAN=東南アジア諸国連合の一連の会議に外相として出席するとみられていましたが、中国外務省は当初「健康上の理由」で欠席すると説明。

ただ、結局、1か月にわたって動静が公表されないまま、解任が発表されました。

秦氏が解任された理由を、当局側は今も明らかにしていませんが、アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、秦氏がアメリカで大使を務めていた際、不倫を続けて、現地で子どもをもうけていたことが解任につながったと報道。

アメリカ生まれの子供は親が外国人でもアメリカ国籍が与えられます。子どもの存在が外相として国益を損ねるおそれがあったことも解任につながったとする関係者の話も伝えていて、現在は、国家の安全について情報をもらした可能性についても調査の焦点となっているということです。

まるで小説?

外相に続いて、国防相までもが姿を消す事態に、世界から関心が集まっています。

アメリカのエマニュエル駐日大使も、名だたる小説にたとえて投稿しています。

アメリカのエマニュエル駐日大使

「シェイクスピアがハムレットで書いたように『何かが怪しい』。李尚福の動静が3週間にわたり途絶えている。

 ベトナムを訪問するはずが、姿を現さなかった。そして、シンガポール海軍総司令官との会談も欠席している。

 自宅軟禁のせいだろうか?」

さらに、別の推理小説を例にあげて皮肉っています。

「習指導部の閣僚たちは、今やアガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』の登場人物のようになっている。この失業レースを制するのは誰なのだろうか」

李尚福氏ってどんな人?

「アジア安全保障会議」に出席した李国防相(2023年6月)

国防相という要職に就いてきた李氏は、内陸部・江西省出身の65歳。

1980年に22歳で中国共産党に入党したあと、24歳で入隊し、軍人としてのキャリアを歩みます。

有人宇宙飛行プロジェクトの総指揮や兵器の調達などを担当する装備発展部のトップを歴任し、2022年10月に軍を統括する中央軍事委員会の委員に昇格。

国防相に就任した李氏(2023年3月)

ことし3月には国防相に就任するとともに、副首相級の国務委員にも選ばれ、習近平国家主席の信頼が厚いとみられています。

李氏をめぐっては、装備発展部のトップだった2018年にロシアから地対空ミサイルシステムなどの兵器を購入したとして、アメリカから制裁を科されています。

中国側は制裁に反発して、カウンターパートであるアメリカの国防長官との会談を拒否。李氏の国防相就任以降、米中の間で正式な国防相会談は行われていません。

モスクワでプーチン大統領と握手を交わす李氏 (2023年4月)

李氏はその後、4月にロシアのプーチン大統領とも会談。

6月にはシンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」にも出席しました。

演説では「外部勢力が台湾を利用して中国を抑え込み、中国の内政に干渉していることこそが情勢が緊迫する根源だ」とアメリカを強くけん制するなど、強硬的な姿勢で外交にも携わってきました。

李氏が姿を消した理由は?

イギリスの経済紙、フィナンシャル・タイムズは9月14日、複数のアメリカ政府当局者や関係者の話として、バイデン政権は李氏がすでに国防相を解任され、中国当局の調査を受けていると結論づけたと伝えました。

実際、中国軍では、このところ不可解な動きが相次いで確認されています。

7月31日、核ミサイルを運用する「ロケット軍」のトップの人事が発表され、2人が同時に交代することになりました。

新たに就任した「ロケット軍」トップ2人の上将昇格式

トップ2人が同じタイミングで交代するのは珍しく、しかも、新たに就任する2人はそれぞれ海軍と空軍の出身で、ロケット軍の生え抜き以外が同時に昇格したのも異例でした。

香港メディアは退任した2人のほか、李氏の前任の国防相だった魏鳳和氏も汚職などを摘発する部門の調査を受けていると伝えています。

魏鳳和 前国防相 (2018年3月)

魏氏は2015年に習主席肝いりでロケット軍が創設された際に初代司令官を務め、李氏と同じように副首相級の国務委員と国防相を兼任した人物です。

「交代の理由は何だったのか?汚職などの疑いで調査されているのか?」

外国メディアの記者の質問に対し、中国国防省の報道官は直接答えず、汚職に厳しく臨む姿勢を強調しました。

中国国防省 呉謙報道官

中国国防省 呉謙報道官(8月31日の会見)

「中国軍は腐敗問題を一切容赦しない。事案があれば必ず調査し、処罰する」

会見後、中国国防省は通常、質疑応答の内容をホームページに掲載しますが、このやりとりについては載せていません。神経をとがらせているとみられます。

虎もハエも一緒にたたく?

また、ロイター通信は、9月15日、李氏が軍の装備品の調達をめぐって調査を受けていると伝えました。

李氏が装備発展部のトップだったときの幹部8人も調査対象になっているといいます。

中国軍の調達手続きに詳しい関係者は、次のように話します。

「中国軍の調達は国有企業からがほとんどで、公平性や透明性は全くといっていいほど確保されていない。
習主席が汚職の問題を深掘りすればするほど、不正が出てくる可能性が高い」

そして、この関係者は、中国軍がインターネットで発表した「ある通知」を教えてくれました。

タイトルは「全軍の装備品調達の入札を審査する専門家が不正行為と規律違反の手がかりを募集」

メールアドレスや専用の電話番号が掲載され、談合や情報漏洩、ずさんな評価など8項目にわたる具体的な問題について、情報提供を呼びかけているのです。

装備品をめぐる不正行為の情報を呼びかける中国軍のSNS公式アカウント

関係の近い人物を要職に据え、権力の掌握を進めてきたはずの習主席。

「虎もハエも一緒にたたく」というスローガンを掲げ、幹部から末端の役人まで汚職の徹底的な取り締まりを続けてきました。

しかし、その厳しい姿勢が政敵だけでなくみずからが引き上げた側近たちの失脚の原因にもなっているのかもしれません。

専門家はどうみる?

中国情勢に詳しい神田外語大学の興梠一郎教授に、外相を務めた秦剛氏に続いて、国防相の李尚福氏の動静がわからなくなったことについて、話を聞きました。

神田外語大学 興梠一郎教授

神田外語大学 興梠一郎教授

「ランクの高い閣僚たちが突然消えて、いまだに何の説明もないというのは、異常な事態だと言えます」

興梠教授は「汚職に絡んだ更迭なのか、政治的な意図があるのかは現時点ではわからない」としたうえで、装備品調達に関わる通知に書かれている時期などに注目しているといいます。

「まず通知が出たのがロケット軍の幹部が消えた時と一致しています。
次に、通知は、2017年まで遡って、装備の調達において不正がなかったか調べようとするものですが、李尚福氏が装備関係に関わって、装備発展部のトップになった時期がちょうど2017年です。
2017年から装備調達で何かなかったか、汚職がなかったか調べろっていう通知が出たということで、もうこれは完全に李氏をターゲットにしているように思います。
装備関係の仕事はお金が動くので、汚職があってもおかしくない。李尚福氏とロケット軍の幹部の交代は何らかの接点があるように感じます」

中国国内に発したメッセージとは?

習近平指導部で解任や交代が相次いでいる状況は、権力を掌握するうえで党内や政府内に対してメッセージになると興梠教授は考えています。

3月の全人代で選出された習近平指導部(一番左に秦剛前外相 左から3番目に李氏)

「秦剛氏もそうですが、李氏も習近平氏に気に入られて昇進したわけです。
そうして出世した人物でも突然消える、突然解任される、これが中国内部に与えるメッセージです。
一種の綱紀粛正のようなもので、中国共産党や政府内の人間にとっても非常に強烈なメッセージになります。
恐怖感から、より忠誠心を前面に出すような形になるのではないでしょうか。組織をしっかりと統制するという意味では、威嚇効果はかなりあると思います」

対外的にどんな影響?

興梠教授は、仮にアメリカから制裁を科されていない人物が李氏の後任になれば、アメリカの国防長官との会談が可能になるとも指摘。

米中両国の間で意図しない衝突を避けるための対話が実現する可能性があるとしています。

その一方で、突然の閣僚解任や交代などの予測性の低い人事は、政治だけにとどまらず、中国経済にとってマイナスの影響をもたらすと指摘しています。

「急に閣僚がいなくなる、それも1人じゃない。危ないなっていう雰囲気になりますよね。
そういったリスクの高い国にはお金を投資しませんから。
これは目に見えない影響なんですね。海外の投資家や、中国の富裕層が心配しています。
中国の今後の見通しや政策に対する信頼感などが失われてきています。
習近平体制になって権力が集中すればするほど予測可能性や透明性が下がっています。これは明らかに新しい懸念材料だと思います」

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