
作戦の遅れが指摘されるウクライナ軍の反転攻勢。
ただ、ここ最近はウクライナ軍の前進も伝えられています。
「私たちはロシア軍のように大きな損失を出すことは受け入れられない。時間は優先事項ではない」
あえてこう言い切るのは、ウクライナ軍の偵察部隊の指揮官です。
長期化の様相も出るなか、指揮官への単独インタビューからウクライナ軍の作戦を探りました。
(国際部記者 野原直路)
話を聞いたのは?
ウクライナ軍の「第71独立猟兵旅団」に所属する偵察部隊の指揮官です。
ロシアによる軍事侵攻の開始から1年半となった先月(8月)24日、匿名を条件にオンラインでのインタビューに応じました。

軍のホームページによりますと、この旅団はもともと予備役の部隊の1つとして発足。去年(2022年)、ロシアによる軍事侵攻が始まったあと、独立した旅団として編成されました。
去年9月には東部ハルキウ州の大部分を奪還した一連の作戦に加わったほか、東部の激戦地バフムト近郊の戦闘にも参加。ゼレンスキー大統領から表彰されたといいます。
一部でロシアの防衛線を突破
これまで前進の遅れも伝えられてきたウクライナ軍の「反転攻勢」。
ゼレンスキー大統領も先月8日の時点で「誰もが望むよりも遅く進んでいる」と述べていました。
しかし指揮官は、最近になってウクライナ軍が少しずつ前進していることを明らかにしました。

ウクライナ軍「第71独立猟兵旅団」偵察部隊の指揮官
「作戦のすべてについては話せないのですが、一部の地点ではロシア軍の第1の防衛線を突破しました。ロシア軍が厳重に要塞化していたので、突破には非常な困難を伴いました。いまではいくつかの地域では成功していて、成果が増えています。ロシア軍の1つ目と2つ目の防衛線の間で戦闘が行われているところもあります」

南部にある交通の要衝トクマクに向けて前進を試みるウクライナ軍。
インタビューの4日後の先月28日、この指揮官の言葉を裏付けるように、ウクライナ軍は南部ザポリージャ州の集落ロボティネを奪還したと発表。

アメリカのシンクタンク「戦争研究所」も「ウクライナ軍は最も困難と考えられているロシア軍の防衛線を突破して前進している」という分析を公表しました。
重要な役割担う「無人機」
突破口を開きつつある前線でいま、どのような兵器が効果を発揮しているのか。
指揮官から返ってきた答えは、欧米各国が供与を決めて話題となった「戦車」やこれまで求め続けている最新鋭の「戦闘機」でもありませんでした。
航空戦力でロシア軍に大きく劣るウクライナ軍。それを補うような形で無人機が作戦上、重要となっているのです。

指揮官が所属する「第71独立猟兵旅団」が公開している動画でも、自爆型の無人機がロシア軍のざんごうに突進し、爆発を起こす様子が捉えられています。
また、上空から敵の位置を特定し、精密な砲撃を可能にする上でも、無人機は必要不可欠だといいます。
しかし、指揮官は、無人機の数はまったく足りておらず、いっそうの確保の必要性を強調しました。
ウクライナ軍「第71独立猟兵旅団」偵察部隊の指揮官
「いま一番必要なのは無人機です。ただ、無人機の平均的な航続時間は20分ほどで、機材の損失も激しいです。無人機はもはや消耗品として扱われていて、補充と改良が常に求められています」
反転攻勢において重要な役割を担っている「無人機」。
ウクライナ政府高官は最近、2万2000機の攻撃用無人機を契約したことを明らかにしたほか、ゼレンスキー大統領も無人機の自国開発や生産を強化する方針も示しています。
“兵力補充”“電子戦”優位に立つロシア軍
一方、前線のロシア軍の状況はどうなのか。指揮官は、楽観できる状態にはないと警戒感を示しました。
ウクライナ軍「第71独立猟兵旅団」偵察部隊の指揮官
「ロシア側は常に兵力を補充しています。しかし、これも無人機やドローンの問題に絡むのですが、ロシア軍の部隊のローテーションを常に追跡する方法がなく、情報が足りていません」

指揮官はロシア軍が適宜、兵士を入れ替えるなど戦力を維持、増強していると指摘。また、偵察用の無人機が不足しているため、交代した部隊がどこへ行ったのか、完全には把握できていないといいます。
さらに、ロシア軍は兵力のほかにも優位な点があると強調します。
ウクライナ軍「第71独立猟兵旅団」偵察部隊の指揮官
「敵は、航空戦力において優勢であるだけでなく、電子戦のシステムや無人機においても優位に立っています。電子戦の兵器によって、前線において、部隊間のコミュニケーションに問題が生じることもしばしばあります」
指揮官が指摘した「電子戦」とは何か。日本の防衛省によると、「電子戦」とは通信機器やレーダーに対して妨害電波を出し、その能力を落としたり、無効化させたりする戦い方を指します。

ロシア軍が優位に立つ「電子戦」。
イギリス王立防衛安全保障研究所は、ことし5月に公表した報告書で、ロシア軍の電子戦システムの影響もあって、ウクライナ軍が失っている無人機の数は、毎月およそ1万機に及ぶという分析を示しました。
幾重にも張り巡らされたざんごうや無数の地雷原のほか、ハイテク分野においても反転攻勢に備えるロシア軍の姿がみえてきました。
「時間は優先事項ではない、賢く戦う」
当初、複数の専門家が指摘していたこの反転攻勢の狙いは、秋ごろまでに主要な都市を奪還することでした。雨で地面がぬかるみ、部隊を進めるのが難しくなる前に一定の戦果を上げて、国際社会から継続して支援を受けるためです。
しかし、指揮官はこの当初の見通しに変化があることを示唆しました。

ウクライナ軍「第71独立猟兵旅団」偵察部隊の指揮官
「私たちはロシア軍のように大きな損失を出すことは受け入れられません。装備を無駄にはできませんし、まずは兵士を大切にしなければなりません。
事を急ぐことは望ましくありません。時間は優先事項ではないのです。
それよりも、『損失』と『成果』について考える方が適切です。賢く戦わなければいけません。私たちには退却する場所はありません。反転攻勢は必ず成功します。」
激しい消耗戦が続く中、ロシア軍の死傷者はウクライナ軍を上回ると指摘されています。こうした中、ロシア軍より先に体力を失うことは避けたいという考えを示した指揮官。

戦果を焦るのではなく、ロシア軍とは反対に、兵力を温存しつつ、時間をかけてでも着実に領土を奪還していくべきだというのが、その主張です。
このインタビューに先立って、ウクライナのコルスンスキー駐日大使も、ウクライナ軍の反転攻勢は来年にかけても続く可能性があるという見方を示していました。
今後の焦点は?
反転攻勢の遅れが指摘されるなか、実はアメリカとウクライナとの間で、不協和音が生じていると伝えられていました。
アメリカの有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」が先月(8月)24日、反転攻勢の進め方を巡って、アメリカとウクライナが数週間前から激しく議論を交わしていると報道。アメリカの当局者の話として、東部の要衝バフムトに戦力を集中させるウクライナの戦略に強い不満を示し、「部隊は最も難しいとされる防衛線の突破に向けて南部に集結させるよう促してきた」と警告したというのです。
一方で、先月(8月)中旬、ウクライナ軍のザルジニー総司令官とNATOの一部加盟国の軍幹部との間で、対面の会合が開かれ、イギリスのガーディアン紙によりますと、ウクライナ軍が南部ザポリージャ州に戦力を集中させ始めたと見られるということです。
ここ最近の南部ザポリージャ州のロボティネの奪還などの戦果は、伝えられているような戦略の変更による効果なのか。

まもなく軍事侵攻開始から2回目の秋を迎えるウクライナ。その反転攻勢の行方が注目されています。