2023年1月30日
ベルギー EU ロシア ヨーロッパ

EUの対ロシア制裁 ダイヤモンドはなぜ対象外?制裁に限界も?

「平和はダイヤモンドより価値があります。私たちを支援してください。私たちに兵器を、ロシアに制裁を与えてください」

ベルギー議会でのオンライン演説でこう訴えたウクライナのゼレンスキー大統領。

ロシアに対してさまざまな制裁を科してきたEU=ヨーロッパ連合ですが、その対象となっていないものの1つがダイヤモンドです。

いったいなぜダイヤモンドは制裁の対象外なのか。
その理由を取材するとEUの苦しい本音が見えてきました。

(ブリュッセル支局長 竹田恭子)

ロシアのダイヤモンドとは?

ロシアはダイヤモンドの原石の産出では世界屈指の量を誇ります。

そして、そのロシアのダイヤモンドに深く依存しているのが、EUの加盟国の1つベルギーです。

ベルギー北部の町アントワープは15世紀ころから世界のダイヤモンド取り引きの中心地で、業界団体によると2021年の取引額は370億ドル、日本円で4兆8000億円(※1月30日のレートで計算)を超えます。

ベルギー アントワープの宝石店

そのアントワープにもっとも多くのダイヤモンドを供給してきたのがロシアです。EUの統計局によると、2021年にベルギーが輸入したダイヤモンドのおよそ3分の1がロシアからでした。

ロシアのダイヤモンド鉱山

ベルギーの業界団体の立場は?

ロシアからのダイヤモンドに輸入禁止などの制裁を科すことに反対しています。

ダイヤモンド業界団体の広報担当 トム・ネイス氏

トム・ネイス氏
「制裁なんてよくない。ロシアからダイヤモンドがこなくなると、仕事を続けられなくなる。雇用が失われるし、アントワープのダイヤモンド産業そのものが、世界のほかの取り引き拠点に奪われてしまう。ロシアには中国やインドなどほかに顧客がいるのだから、制裁しても影響はない」

制裁へのベルギー政府の立場は?

ベルギー政府はこれまで、おおやけには制裁に反対しないという立場をとっています。

たとえば、2022年3月ベルギーのデクロー首相は記者団に対して「ベルギーが制裁を妨げたことはない。ヨーロッパ委員会がダイヤモンドへの制裁を提案するなら、われわれは反対しない」と断言しています。

ベルギー デクロー首相

しかし、ベルギーの立場をよく知る関係者を取材すると、別の姿が見えてきました。

取材から見えてきたのは?

関係者から聞かれたのは「ベルギーはそもそもダイヤモンドに関する制裁が正式に提案されないように動いている」という声です。

匿名を条件に取材に応じた、あるEU加盟国の外交官によると、ダイヤモンドへの制裁をめぐっては、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まってまもないころから加盟国の間で繰り返し話し合われてきたといいます。

EU=ヨーロッパ連合本部(ブリュッセル)

そのなかでベルギーは常に「ダイヤモンドへの制裁は、EU側では一部の国の一部のまちだけに影響が及ぶので不公平だ。ダイヤモンドに制裁を科してもロシアにとって大きな痛手にはならない」という立場をとってきたといいます。制裁を科すには27の加盟国すべての同意が必要ですが、その条件が整う見通しが立たずにきたというのです。

また、ベルギーの連立与党に所属するベンアシュール下院議員も取材に対し、ダイヤモンドが制裁の対象となっていないのは政府の意向が反映された結果だと述べました。

ベンアシュール下院議員

ベンアシュール下院議員
「ほかの国も同じことをしていると思うが、ベルギーは制裁の案について精査し、ベルギー経済にとって問題があると判断すれば、首相がEUに伝える。ダイヤモンドはそうして聞き入れられた」

制裁を“科すことができない”のはダイヤモンドだけ?

ほかにもあるようです。

ベルギー選出のヨーロッパ議会議員、ファンブレムプト議員が挙げたのは一部の鉄鋼製品。ダイヤモンドと同様、EU内の特定の地域にかかわるものだそうです。

ヨーロッパ議会 ファンブレムプト議員(ベルギー選出)

また外交官は、原子力分野を挙げました。さらにEUは天然ガスについても制裁を科す意向を示していましたが、まだ対象とはなっていません。

EUがすでにロシアからの輸入を禁止したもののうち、原油は、海上輸送されるものに限定されています。これは加盟国のハンガリーが「パイプラインでロシアから輸入している原油は必要だ」という立場を変えなかったためでした。

ファンブレムプト議員
「EUは制裁をかけやすいものにはもうすべてかけてしまった。今や、制裁をかけようとすると、すべて、ヨーロッパ経済にも痛みをおよぼす状況になっている。新たな制裁に踏み出すのはますます難しくなっている」

人々の声も制裁に影響している?

影響しています。

EU加盟国は人々の声に、より耳を傾けざるを得なくなっているのが現状です。

2022年秋に行われたEUの世論調査では「EUにとってもっとも重要な課題は何だと思うか」という問いに「国際情勢」と答えた人の割合は夏の時点より8ポイント減り「物価高」と答えた人の割合が8ポイント増えました。

生活費の高騰に不満を感じる人たちのストライキも、2022年後半はヨーロッパ各地で行われました。

ベルギーのベンアシュール下院議員は「人々の怒りを感じる」としたうえで、「ロシアに制裁を科す際にはロシアよりわれわれが痛手を被るということがないように注意しなくてはならない。政府もEUも国民の支持を得られないことは続けられない」と強調しました。

ロシアの鉱山で採掘されたダイヤモンドの原石

EUの対ロシア制裁これからどうなる?

EU加盟国の間で次の制裁に向けた話し合いはすでに始まっています。

加盟国の外交官によると、まだ制裁の対象となっていないものの中で、次に何に制裁をかけられるのかを見極めながら検討が進められているといいます。

ただ、リトアニアの外相は去年12月にロシアに科した追加制裁について「制裁を強化することよりも(EU各国の)適用除外をめぐる議論に多くの時間を費やすなんて悲しいことだ」とSNSに投稿。各国が、制裁による自国への影響を抑えようとさまざまな主張をしていたことをうかがわせました。

EU加盟国の首脳の中には「今後の対ロシア制裁は次第に小さいものになるだろう」という見通しを示す人もいます。軍事侵攻が長引く中、EUがロシアに対する制裁としてとれる選択肢はしだいに限られてきているのが現状です。

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