2024年2月9日
韓国 朝鮮半島

「犬の肉もう食べられません」歓迎?困惑?波紋広がる韓国

犬の肉を食べる習慣のある韓国でことし1月、これを禁止する法案が国会で可決されました。

愛犬家として知られる大統領夫人が「“犬食”反対!」と強く訴えてきたことでも話題になったこの問題。

市民からは歓迎の声が多く聞かれる一方、戸惑いが広がっている現場を取材しました。

(ソウル支局長 青木良行)

“犬食”文化は紀元前から?

「犬食禁止法の国会可決を歓迎する!」

1月10日、韓国国会の前では犬食禁止を訴えてきた動物愛護団体や愛犬家たちが集会を開いて喜びを分かち合っていました。

犬食禁止の法案の可決を歓迎する集会(2024年1月)

法案では、食べるために犬を飼育することをはじめ、犬肉の処理、流通、料理の提供まですべての行為を禁止するとしています。

違反すると最大で3年以下の懲役または日本円でおよそ330万円以下の罰金が科されます。

法案を可決した韓国国会(2024年1月)

文献などによりますと、朝鮮半島で犬の肉を食べる習慣は紀元前に始まり、健康回復に適しているとして初夏を中心に食べられてきました。

日本人がうなぎやすっぽんを食べる習慣にも似ていて、最もポピュラーな食べ方はポシンタン(補身湯)と呼ばれる鍋料理です。

犬の肉の鍋料理「ポシンタン (補身湯)」

韓国チュンチョン(忠清)大学食品栄養科の元教授で犬食文化に詳しいアン・ヨングン(安龍根)さんによりますと、犬の肉は高タンパク質でコレステロールが少ないそうで、アンさんは「ほかの肉よりも消化にいい」と話しています。

韓国の養犬場(2023年)

たびたび批判されてきた“犬食”文化

“犬食”に対する批判が強まったのは、1988年のソウルオリンピックや2002年のサッカーワールドカップといった国際的なスポーツ大会がきっかけでした。

1990年代には、フランスの著名な女優ブリジット・バルドーさんが当時のキム・ヨンサム(金泳三)大統領に書簡を送り「サッカーワールドカップの大会期間中は犬の料理を禁止にしてほしい」などと訴えたことでも話題になりました。

フランスの女優 ブリジット・バルドーさん(1987年)

2021年には、当時のムン・ジェイン(文在寅)政権が、“犬食”の禁止について社会的合意を形成するため、専門家による会合や国民を対象にしたアンケートを実施することを明らかにしました。

キム・ブギョム(金富謙)首相(2021年11月)
「ペットを飼う世帯の急増で動物の福祉に対する社会の関心が高くなり、古くからの食文化というだけで受け止めるのは難しいのではないかという声が増えている」

実際に、韓国でペットを飼う世帯は増え続けています。

韓国メディアによりますと、2023年1月から9月までの間に販売されたペット用カートの数が初めてベビーカーの販売数を上回ったということです。

また、法律の制定を強く働きかけてきたのが、愛犬家として知られるキム・ゴニ(金建希)大統領夫人です。

子犬と戯れるユン・ソンニョル(尹錫悦)大統領夫妻

2023年8月にはソウル市内で行われた動物保護団体の記者会見に突然姿を見せ、「ペットと人間が友だちとなって共存する時代だ。犬食が終わるまで反対運動をする」などと、犬食の禁止を応援していました。

このため今回の法律は「キム・ゴニ法」とも呼ばれています。

“犬食”禁止に世論は?業界は?

国民の90%以上が法整備に賛成という世論調査もある中、韓国の人たちは法案可決をどう見ているのか。

ソウルで話を聞いてみると、「当然賛成。犬は家族の一部です」とか「ほかにも食用の動物はいますが、犬は少し特別な存在だと思います」といった声が聞かれた一方で、「西洋の人たちから見たら犬食は嫌なものかもしれませんが、この国の伝統でもあるんです」と言う人もいました。

業界への影響を考慮して、法律は3年間の猶予期間を経て、2027年に施行される見通しです。

韓国政府によりますと、犬料理を提供する店は全国に少なくとも1600軒あまりあるということで、それまでの間に業者が職業をかえる場合、必要な費用の一部を支援することなどを検討するとしています。

では、業界に携わる人たちはどう考えているのか。

1月中旬、ソウル郊外のナミャンジュ(南楊州)にある専門店を取材しました。

犬料理の専門店

店主のキム・ヨンスン(金栄順)さんは16年前に店を開業しました。

かつては1日に300食提供することもあったと言いますが、徐々に犬食の消費は減っているそうです。そこに、法律での禁止という事態に戸惑いを隠せないでいました。

店主 キム・ヨンスン(金栄順)さん

法律が施行されると“犬食”の専門店としては営業ができなくなり、別の仕事を始めるか、他の料理を提供するしかありません。

しかし、キムさんは「わざわざ店に食べに来てくれるお客さんの顔が忘れられない。ほかの仕事をすることなど考えられない」と言います。

キムさん
「お年寄りや、骨折して松葉づえで来る人には、特に栄養のある部位を優先的に出すようにしています。するとまた来てくれるんです。
午後3時ごろに1人で来て大盛りのポシンタンを食べる女性のお客さんもいます。『これを食べて元気を出さなきゃ』と言っているのを聞くと、この商売をやっていてよかったと感じるんです」

食用の犬の飼育や流通などに携わる業者でつくる大韓育犬協会は、国会での審議が続く中、法案反対の集会を開いてきました。

「動物虐待だ」と批判したキム・ゴニ夫人を名誉棄損などで告発したほか、今後、法律の施行手続きの停止を求める仮処分を申請することや、憲法違反だとして憲法裁判所に訴えるなど、法的手続きをとることを検討しています。

名誉棄損などでキム・ゴニ(金建希)大統領夫人を告発した「大韓育犬協会」

大韓育犬協会のチュ・ヨンボン(朱永奉)会長は、10万人に上るとする業界の関係者は高齢者が多く、これからほかの仕事を始めるのは現実的ではないとして、「韓国政府による補償が必要だ」と強調しています。

大韓育犬協会 チュ・ヨンボン(朱永奉)会長

「みな借金して全財産をかけて仕事をしています。資本主義の国で、仕事をしているのにそれを奪うというなら、少なくとも5年間分の営業損失に対する補償が必要ではないでしょうか。私たちを国民だと認めてくれているのか甚だ疑わしいです」

飼育されている犬はどうなる?

こうした業界関係者への対応のほか、現在、食用として飼育されている犬をどうするかという大きな課題も残っています。

現在、飼育されている犬の数について、2023年に業界の実態調査を行った韓国政府は「50万匹程度」と推定していますが、大韓育犬協会は「200万匹はいる」とするなど、正確な数字はわかっていません。

韓国では、国際的な動物保護団体が食用として飼育されていた犬を保護し、新たな飼い主を探して引き渡してきました。

飼育されていた犬を保護する動物保護団体

種類によって異なるものの、食用の犬は体重およそ20キロから、大きなものは60キロまで育てるということです。

団体ではこれまで、保護した犬は北米など外国に移送して保護してもらっていましたが、今回のように一度に多くの犬の保護を進めることは難しいといいます。

動物保護団体のチェ・ジョンア(蔡浄雅)韓国代表

「3年の猶予期間の間に犬を食べてしまえという話ではありません。1匹でも多くの犬の命を救うことが私たちの望みです。そのためにも政府による補償もある程度必要になってくると思います」

取材を終えて

専門店を取材で訪れたとき、店主のキムさんがポシンタンを作ってくれました。

下ゆで処理された肉を辛めのスープに入れてグツグツ煮て、ニラなどの野菜を入れて完成したポシンタン。

「肉はコチュジャンやごま油などをまぜたタレにつけて食べるように」と言われました。

初めて食べたという韓国人のスタッフは「犬の肉だと言われなければ分からなかったかもしれない」と話していました。

韓国での犬肉の消費は昔と比べて大きく減っています。

私の周りにも日常的にポシンタンを食べるという人はいませんが、今回の取材を通じて「疲れたらポシンタン」「骨折の回復には犬の肉がいい」などといった意見を何度も聞きました。

「何もわざわざ犬の肉を食べなくてもほかに食べるものはたくさんあるじゃないか」と言う人たちがいる一方で、健康のために長年、食べ続けてきたという人たちがいるのも事実です。

人々の生活や価値観が昔とは大きく変わる中、長くこの地に根ざした食文化がなくなるということの重みと難しさを実感しました。

(1月18日 国際報道2024で放送)

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