
高校バスケットボールを題材にした人気漫画「SLAM DUNK」のアニメーション映画が、日本だけでなく韓国でも大きくヒットしています。
韓国の人たちは、なぜこれほどまでに熱中しているのでしょうか。
(ソウル支局・長砂貴英)
どれくらいのヒット?
漫画家の井上雄彦さんが監督・脚本を務めたアニメーション映画「THE FIRST SLAM DUNK」は、日本で2022年12月に公開されたのに続き、韓国では2023年1月4日に上映が始まりました。
韓国での観客動員数は1月27日にトップになって以降、19日連続で1位の座につき、累計では400万人を突破しています。

日本映画では、これまで観客動員数1位だった新海誠監督の「君の名は。」を抜いて歴代1位の記録を塗り替えました。現地メディアは「スラムダンク旋風」などと大きく取り上げています。
※映画の原作漫画は、週刊少年ジャンプで1990年から1996年まで連載された。高校バスケットボール部で個性あふれる登場人物たちが全国制覇を目指す姿を描く。登場人物の諦めない熱い心や挑戦する姿を描き、日本国内でのシリーズ累計発行部数は1億2000万部以上に上っている。
原作ファンがヒットをけん引
映画を上映している韓国の大手シネマコンプレックスの集計によると、観客の過半数を30代と40代が占めています
韓国で原作漫画が1992年に出版されると、当時の小中高生を中心に愛読されました。少年時代や学生のころに作品を読んだという世代を中心に映画館に足を運んでいるようです。
また公開からしばらくすると、SNSやメディア、それに周囲の人からの評判を通じて20代の観客も全体の30%近くにまで増え、何度も観覧する人がたくさん出てきています。

ソウル中心部の映画館で作品を見た人たちに話を聞きました。
40代・会社員男性
小学生のときに原作を読んで主人公が好きになりました。映画は新しくも感じるし、昔の思い出も浮かんで感動しました。一緒に連れてきた息子も楽しんでくれたようです
30代・大学院生男性
有名なシーンやセリフがたくさん出て来て胸を打ちました。また見に来ると思います
20代・大学生女性
3回見ました。映画館内を見ると、私よりも上の世代がたくさん見に来ていて、思い出なんだなって思いました。普段あまり話さない親戚のおじさんとも内容について一緒に話すことがあって、面白かったです
関連商品には徹夜組まで

映画のヒットに合わせて、関連商品の売り上げも大きく伸びています。
ソウル中心部にあるデパートの一角に、期間限定で関連グッズを販売するポップアップストアが設けられたというので行ってみました。
連日、長蛇の列ができ、オープン初日だけでなく、その後も夜を徹して並ぶ人たちが後を絶ちませんでした。

店内では若い世代が目立ちます。徹夜で並んでお目当てのキャラクターのユニフォームを購入できたという女性に話を聞くと「原作は知らなかったが、母と一緒に映画を見た。まさか自分がここまでハマってしまうとは思わなかった」と話していました。

原作漫画の売り上げも大きく伸びています。
ソウル市内の大型書店の一角には特設コーナーが設けられました。書店の許可を得て取材をしていると、10冊ほどまとめて手にもってレジに向かう男性がいました。話を聞くと「すでに単行本をそろえて持っているが、保管用としても新たに買うことにした」ということでした。
韓国メディアによると、漫画の新装版の販売部数は映画の公開に伴って大きく伸び、すでに100万部に達しているということです。
韓国版スラムダンクとは
原作漫画が出版された1990年代初めの韓国は、日本の大衆文化が規制されていました。このため登場人物の名前などの設定を韓国に置き換える形で出版されました。
現在は日本の作品だと広く認識されていますが、韓国のファンの間では当時つけられた韓国の名前で浸透しています。このため映画の韓国語の字幕や吹き替え版の上映では韓国名が踏襲されました。
ちなみに主な名前は次のように置き換えられています。

文化評論家たちに聞いてみた
映画のヒットについて専門家に話を聞きました。

韓国の漫画・アニメーション文化に詳しいセジョン(世宗)大学のハン・チャンワン(韓昌完)教授は、作品への懐かしさとともに、この世代が経験してきた社会的な背景もヒットの要因のひとつではないかと指摘しています。
ハン教授
原作が出版された90年代前半は韓国は経済成長を遂げた時期でしたが、90年代後半に入ると経済危機が訪れて当時の学生たちにとっては希望を感じられない時代でした。そんな時期に主人公たちが強豪校に挑んで勝ち進んでいく姿に希望を感じた人も多いと思います。それから20年以上たって、その世代が再び作品に触れて感動しました。自分も頑張っていこう、挑戦していこう、そんな気持ちにさせたのではないでしょうか。
もう1人、別の専門家にも聞いてみました。文化評論家のキム・ホンシクさんは次のように話しています。

キム・ホンシクさん
青少年期にどんなコンテンツに接するかによって、その作品への愛着度が変わります。いまの韓国の30代・40代はちょうど青少年期のアイデンティティを形成する時期に原作に接して強く影響を受けています。その世代が社会人になり、経済力もつき、再び作品を見ることで、爆発的な消費につながっています。マグマのようにぐつぐつとたまっていたファンたちのエネルギーが解き放たれ、疾走しているのです。
10代や20代を含め性別を問わずに人気が出ていることについては次のように話しています。
世代や性別を超えて共感するところがあるのだと思います。現在、人びとは国際情勢をはじめ、さまざまな困難に直面しています。バスケットボールのアニメを通じて自身の心情を登場人物に投影し、主人公たちのように多くの困難を乗り越えて前に進んでいく、そんな前向きなメッセージを10代・20代も、30代・40代も感じているのだと思います。
生きる支えになった人も
スラムダンクの大ファンだという男性に話を聞きました。
ソウル近郊に暮らすキム・ヒョンギュンさん(29歳)です。今回の映画をすでに11回も見た筋金入りのファンです。

中学生のころに原作漫画を読んだ影響でバスケットボールを始め、現在はアマチュアのチームに所属してバスケを続けています。
キム・ヒョンギュンさん
中学生のときに漫画の貸本店に行って何を読もうかなと思ったときに、店主がすすめてくれました。表紙に描かれた主人公の赤い髪が強烈すぎて、これはちょっと…と思ったんですが、3巻まで無料で貸すから一回読んで見てと言われたのが始まりです。面白くて、その日のうちに15巻まで借りて一気に読みました。当時は主人公をまねて、学校の休み期間に坊主頭にして赤く染めることもしました。
キムさんはいつかはプロチームの入団試験も受けてみたいと思うほど、バスケに夢中になったといいます。その後、徴兵制で軍に入隊していたとき、突然、病に襲われました。

白血病でした。両親が悲しむと思って表では強がっていたんですけれども、トイレに隠れて一人泣きました。抗がん剤治療はつらく、髪も抜けて、本当に疲れ切っていました。そんなとき友人が漫画を差し入れてくれたんです。スラムダンクでした。

単行本を読み返したキムさんの目に飛び込んできたのは、登場人物たちの言葉でした。
漫画の中で出てくる『先生、バスケがしたいです』という言葉を読んで、私は両親の前で泣いたように思います。『生きたい、バスケをまたやりたい』って。監督の『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』というセリフもありますよね。その言葉を思いながら闘病生活を耐えるための強い気持ちを持ちました。

キムさんはその後、治療が進み、退院することができました。いまも定期的に病院で検査を受けていますが、経営コンサルタントの仕事をしながら去年7月には自身のカフェもオープンして新たな事業に挑戦しています。近く結婚する予定です。
原作の連載終了から20年余り。キムさんは、この間の自身を振り返って次のように話しています。
「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」というセリフは、自分の人生と同じだと思っています。病気になって本当に悔しい思いをたくさんしましたが、諦めませんでした。そのセリフがあって、今この場にいるんだと思います。
初めて映画を見たとき、涙が出ました。そして、劇場の中に、ほかにも涙を流しながらスクリーンを見ていた人がいることに気づきました。それを見たときに、みんな心の中にそれぞれのスラムダンクがあるんだなと感じました。
取材を終えて
この記事を書いた私は現在39歳です。少年時代に原作を読んだ世代ですが、まさか韓国の人たちにとってここまで思い入れの深いものだったとは、正直思ってもみませんでした。
諦めない、挑戦する主人公たちの姿を映画で見ることで、自身の生き方を振り返ったり、問い直すきっかけになったりする人が多いのかもしれません。
ファンたちの情熱は、時代や国、世代を超えて、今なお熱いままです。