2023年11月28日
エクアドル 中南米

大統領選有力候補まで暗殺?南米エクアドルでいったい何が?

大統領選挙の有力候補者が銃撃され死亡するなど、要人の暗殺が相次ぐエクアドル。

「犯罪組織が警察や軍、諜報機関にまで深く入り込んでいる」

専門家がこう分析するほど、ここ数年で急速に治安が悪化している背景には何があるのか。現地で取材しました。

(サンパウロ支局長 木村隆介)

そもそもエクアドルってどんな国?

太平洋に面し、北はコロンビア、東と南はペルーと接している南米エクアドル。

面積は本州と九州をあわせたほどで、人口はおよそ1700万。

スペイン語で「赤道」を意味するエクアドル(Ecuador)という国名のとおり、赤道直下に位置します。

ダーウィンの進化論で有名なガラパゴス諸島もエクアドルの一部で、バナナの輸出量は世界一です。

ガラパゴス諸島に生息するイグアナ

要人の暗殺相次ぐエクアドル

エクアドルでは近年、治安が急速に悪化しています。

2023年に入ってから、現職の市長など要人が相次いで殺害されたほか、8月には国の最高指導者を争う有力候補まで標的になりました。

大統領選挙に立候補したフェルナンド・ビジャビセンシオ氏(当時59歳)が、首都キトで行った選挙集会の直後、武装グループから銃撃され、殺害されたのです。

銃撃により死亡した フェルナンド・ビジャビセンシオ氏

調査報道を手がけるジャーナリストとして長年、政府の汚職や組織犯罪を追及してきたビジャビセンシオ氏。

2007年から10年間にわたって大統領をつとめたコレア氏の汚職を暴き、禁錮8年の判決へと導きました。

政権による弾圧で一時、隣国へ亡命したり、アマゾンのジャングルで逃亡生活を余儀なくされたりしたこともありました。

2021年からは国会議員として活動してきましたが、国内にはびこる汚職や組織犯罪をなくすには、みずからが先頭に立つ必要があるとして、大統領選挙に立候補したのです。

演説するビジャビセンシオ氏

選挙期間中も麻薬組織からの脅迫が

選挙期間中、陣営の関係者の携帯電話に「おまえの動きはすべて把握している」などといった脅迫めいたメッセージが何度も送られてきたというビジャビセンシオ氏。

「脅しには屈しない」として、決して選挙運動をやめることはありませんでしたが、凶弾に倒れる結果となってしまいました。

ビジャビセンシオ氏の母親グロリア・バレンシアさん

ビジャビセンシオ氏の母親
「息子は正直で勇敢でした。彼が発信してきたメッセージが世界に伝わり、成果をあげることを望んでいます。この国が危機と暴力から抜け出すために私たちには助けが必要です」

実行犯6人は刑務所内で死亡 口封じか?

事件のあと、治安当局は殺人に関与した疑いでコロンビア国籍の男6人を逮捕。

ビジャビセンシオ氏の殺害現場

しかし、本格的な取り調べが始まる前日、6人は収監されていた西部グアヤキルの刑務所内で死亡しているのが見つかりました。

当局は詳しいいきさつを明らかにしていませんが、地元メディアなどは、口封じのため、何者かによって刑務所内で「絞首刑」に処せられたと伝えています。

治安悪化の背景にあるのは?

大統領選挙の有力候補まで殺害されたエクアドル。

エクアドルの首都キト

治安悪化の背景には、麻薬取引が絡む犯罪組織が急速に勢力を広げていることがあります。

豊富な資金力を持つメキシコやコロンビアなどの麻薬密売組織が、地元の組織と結託。エクアドルの軍や警察を次々に買収して各地の刑務所に武器を運び込み、麻薬取り引きの拠点としているのです。

麻薬組織がエクアドルを拠点とする理由のひとつが地理的な要因です。

エクアドルは世界最大のコカインの産地、コロンビアとペルーに挟まれる形で位置しています。

両国で生産されたコカインを消費地の北米やヨーロッパに向けて輸出するのに、エクアドルの港が利用しやすいのです。

エクアドルはこれまで南米で比較的治安の良い国とされ、政権が国境や港湾の警備に力を入れてこなかったことなどから、犯罪組織につけいる隙を与えたと言われています。

麻薬組織は現地の貿易会社なども買収し、エクアドル特産のバナナやエビを積んだコンテナの中に、大量のコカインをしのばせるなどして欧米へ密輸しているのです。

バナナの下に隠されたコカインを押収するスペインの警察(2023年8月)

さらに2016年、隣国コロンビアで政府と左翼ゲリラ・FARCが歴史的な和平合意に達し、これに反発する一部のゲリラ戦闘員がエクアドルに流れ、麻薬取り引きに関わるようになったとの指摘もあります。

コロンビアの左翼ゲリラ・FARC=コロンビア革命軍(2016年)

また、エクアドルが経済危機から2000年に自国通貨を廃止し、ドルを法定通貨にしたことも要因の1つにあげられています。

世界で最も流通しているアメリカのドルがそのまま使えることで、麻薬取り引きで得られた資金の洗浄・マネーロンダリングが、自国の通貨を持つ南米のほかの国に比べてはるかに容易だとされているのです。

犯罪組織が病院や学校にも「みかじめ料」?

麻薬絡みの犯罪組織が勢力を拡大していることは市民生活にも影響しています。

犯罪組織は各地の商業施設や公的機関、さらには病院や学校に対しても「みかじめ料」を払うよう要求。

用心棒代や土地の利用料などとして金銭を払うよう求め、従わない相手には車に爆発物を仕掛けるなどの凶悪行為も起こしています。

キト在住の市民
「暴行や誘拐など、これまで起こったことのない事件が頻繁に起きています。いままでは安全な街でしたが、いまは安全な地域はどこにもありません」

さらに各地の刑務所では、犯罪組織の拠点となったことで、麻薬の密売組織どうしの縄張り争いから激しい抗争が相次ぎ、2021年からの2年間で400人以上が死亡する事態となっています。

受刑者による暴動が起きた刑務所(エクアドル 2023年9月)

地元の研究機関によると、犯罪の急増でエクアドルの人口10万人あたりに殺害された人は2022年1年間でおよそ26人と2020年の3倍以上に。

すでにメキシコやブラジルを上回る数値で、ことしはさらに悪化し、ベネズエラと並ぶ中南米最悪のレベルになるとみられています。

現地の治安・犯罪情勢に詳しい エクアドル中央大学ルイス・コルドバ教授

コルドバ教授
「犯罪組織は、警察や軍、諜報機関に深く入り込んでいて、彼らを利用することができます。コカインの輸出の拡大に手を貸す裁判官や検察官まで存在するのです。警察や軍の浄化、それにマネーロンダリングを防ぐ監視の強化が必要です」

問われる新大統領の手腕

ビジャビセンシオ氏の殺害を受けて、候補者が防弾チョッキを着て選挙運動を進めるなど、異例の選挙戦となったエクアドルの大統領選挙。

10月に行われた決選投票で勝利したのは、エクアドル有数の富豪で「バナナ王」と呼ばれたアルバロ・ノボア氏の長男、ダニエル・ノボア氏でした。

大統領に就任したダニエル・ノボア氏(2023年11月)

当初は泡沫ほうまつ候補と見られていましたが、35歳という若さと歯切れの良い弁舌で急速に支持を伸ばしたノボア氏。

従来の政治と距離を置く姿勢も支持を集めた要因とみられています。

勝利演説では、治安回復に優先的に取り組む考えを強調したものの、安全を確保するためか、演説をわずか数分で切り上げ、武装した治安部隊とともに早々に壇上から姿を消しました。

南米の麻薬密輸の拠点として、急速に治安悪化が進むエクアドル。

11月の就任演説で、ノボア新大統領は「なによりもまず暴力を減らし、国の状況を改善させていく」と強調。治安の回復と経済の活性化を最優先に取り組む方針を示しました。

麻薬取引に関わる犯罪組織が国のさまざまな組織にまで浸透するなか、史上最年少の大統領となったノボア氏はこうした勢力と決別し、国家の統治能力を回復できるのか。その手腕が問われています。

(10月15日 ニュース7などで放送)

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