2024年3月8日
世界の子ども パレスチナ イスラエル 中東

“8分に1人” 地獄に生まれる赤ちゃん

「私は、子どもたちが死んでいくのを見るために医者を志したわけではありません。毎日、打ちのめされ、もう限界です」

ガザ地区南部ラファの病院で新生児医療を担当している医師の言葉です。

去年10月に戦闘が始まって以降、ガザ地区で生まれた赤ちゃんは2万5000人以上。その新たな命、そして母親たちが置かれている過酷な現状をNHKガザ事務所のカメラマンが取材しました。

(エルサレム支局長 田村佑輔/ガザ事務所 サラーム・アブタホン)

“8分に1人”生まれるガザ地区

NHKガザ事務所のサラーム・アブタホンカメラマンが向かったのは、ガザ地区南部のラファにあるエミレーツ病院。

ガザ地区南部ラファのエミレーツ病院(2024年2月)

イスラエル軍の攻撃から逃れてきた多くの避難者が身を寄せるラファでは現在、150万人近くが暮らしています。稼働する病院は少なくなっていて、産婦人科を備えるエミレーツ病院には診察を待つ多くの女性がつめかけています。

ユニセフの推計では、去年10月に戦闘が始まって以降、ガザ地区で生まれた赤ちゃんの数は2万5000人以上で、8分に1人の赤ちゃんが生まれていることになります。

ガザ地区ではもともと母親の栄養不足などから、低体重で生まれる赤ちゃんが多いことが課題でしたが、去年10月以降はその割合がさらに増えているとも指摘されています。

この病院では連日60人以上の低体重の赤ちゃんなどの治療を行っています。

新生児の集中治療室には、いろいろなところからかき集めてきた保育器が20台ありますが、それでも全く足りません。

本来、1人用の保育器に2人、3人の赤ちゃんを寝かせて治療を続ける現状について、新生児医療の責任者であるサラーマ医師は、こう訴えました。

サラーマ医師
「ガザ地区のほとんどの病院が機能を停止していて、ほかに受け入れる場所がありません。そのため、1人用の保育器に2人や3人の赤ちゃんを寝かせないといけないのです。
薬や酸素を与えることができなかったために死んでしまう赤ちゃんを前に何もできず、テントや避難所での寒さで死んでいく赤ちゃんもいます。
私は、子どもたちが死んでいくのを見るために医者を志したわけではありません。毎日、打ちのめされ、もう限界です」

「ただ、安全な場所で暮らしたい」

エミレーツ病院での取材中に出会った1組の夫婦が話を聞かせてくれました。

生後1か月の娘ロソルちゃんの診察のために病院を訪れていた母親のバシーラさんと夫のマフムードさんです。

1月7日に生まれたばかりで、このとき生後1か月ほどだったロソルちゃん。

数日せきが止まらず、ロバなどを使ってロソルちゃんを出産したこの病院にきました。ふだんなら30分ほどで終わる診察も、治療を求める人が大勢いたため6時間以上待ったと言います。

ロソルちゃん(2024年2月上旬)

もともと南部ハンユニス近くの小さな町に住んでいたというバシーラさん。

イスラエル軍の攻撃が始まった去年10月は妊娠6か月で、しばらくはハンユニス周辺で避難生活を送っていました。イスラエル軍が地上作戦の範囲を広げたため、去年12月、妊娠8か月でさらに南のラファに避難してきました。

ロソルちゃんを出産するころには戦争が終わっているのではないかという希望も持っていたと言いますが、1月、ラファへの空爆も続く中、帝王切開のために入院することになりました。

バシーラさん
「午後3時ごろに手術を受けました。通常なら1日は入院すると思うのですが、翌朝7時には退院せざるを得ませんでした。十分に歩くこともできない状態で、ロソルを病院に預けて退院しました。
ほかにも妊娠した女性が次々にこの病院を訪れているので、ベッドを空けなければいけなかったんです」

バシーラさんはいま、夫と、4歳、3歳の娘とロソルちゃん、それに親せきと一緒にテントでの避難生活を続けています。

気温が10度以下にまで冷え込むこともあるというガザ地区。まだ朝晩の冷え込みは厳しく、子どもたちは寒さに震えていると言います。

さらにおむつやミルクなど、ロソルちゃんを育てるために必要最低限のものすら十分に手に入らないと訴えます。

バシーラさん
「私もあまり食事をとれていないので、娘に十分授乳できる状態ではありません。かといって粉ミルクも十分な配給はなく、おむつも週に10枚受け取れるかどうかです。
母親なので子どものためにできることは何でもしてあげたい、暖かい場所など子どもが必要とするものならなんでも用意したいのですが、それができないいまの状況は、本当につらくて仕方がありません。
世界のほかの子どもたちと同じように、娘たちが安全な場所で暮らせるようにしてあげたいという一心で、何度も避難を繰り返しています」

地獄に生まれる赤ちゃん

「母親になることはとても喜ばしいことなのに、ガザではそれが、赤ちゃんが地獄に生まれてくる、ということを意味するのです」

ガザ地区の状況をこう表現するのは支援にあたるユニセフの担当者です。

150万人近くが暮らし、多くの人がテント生活を送っているラファでは子どもたちの置かれた環境は劣悪で、状況は日に日に悪化していると危機感を強めています。

ユニセフ イングラム報道官

イングラム報道官
「母親たちは妊娠中の健康状態に問題がないかや、無事に出産できるか、そして空爆が続き人道危機が起きる中で、安全に子育てができるのか、とてつもない不安を抱えています。
ガザ地区の子どもや母親にとって、もはや安全な避難先はありません。ラファへの地上作戦が行われれば、幼い子どもを抱えた家族が、生き延びるための支援を受けられる安全な場所を探すことは困難でしょう。いますぐ人道的な停戦が必要なのです」

取材を続けるサラームカメラマン

去年10月以降、家族や親せきとともにそれまで暮らしていたガザ市を離れ、ラファを拠点に取材を続けているサラームカメラマン。

ラファでは、100万人以上の避難者のうち屋根のある家に住むことができているのは一部で、多くの人がテント暮らしを強いられ、路上に寝ている人も少なくないのが現状です。

自身もテントでの避難生活を送るサラームカメラマンは「ガザの人々は極限状態にあり、一刻も早い停戦を望んでいる」と話します。

1歳の次女を抱くサラームカメラマン

今回の取材は、3人の子どもを持つ父親でもあるサラームカメラマンが、ラファの病院、そして赤ちゃんたちの置かれた窮状を日本の人たちにも知ってもらいたいと進めました。

去年10月以降、休みなく働いているサラーマ医師、生後1か月の娘を育てるバシーラさん。2人とも「自分たちの声がガザ地区の外に少しでも届けば」という思いから、取材に応じてくれたそうです。

イスラエルとハマスの戦闘が始まってから5か月。ガザ地区の人たちが置かれた状況を伝えるためにこれからも取材を続けます。

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