「私は俳優です」
私が報道関係者だと知るやいなや、運転手はおもむろに身の上話を始めた。
アメリカにきたばかりで、車はおろか運転免許もない私にとって配車サービスは欠かせない。車内での運転手との会話は楽しみでもあるが、ときには面倒だと感じる日もある。
この日の運転手は白人の中年男性だった。
50代くらいで頭髪は薄くなっているが、締まった身体にいかにもカリフォルニアっぽいTシャツ、短パン。乗車して5分くらいは無言だったので、油断していた。
たしかに、配車サービスの運転手に俳優が多いという話はきいていた。
ハリウッドを抱えるロサンゼルスはアメリカのエンタメ業界の中心で、関係者が数多く住んでいる。7月に入って俳優たちが脚本家たちのストライキに加わり、業界は開店休業状態とも言われる。
私はスト初日に大手映画会社のスタジオ前で行われたデモを取材したことを伝えた。
運転手も組合には入っているが、まだデモには行っていないという。
「ストは長く続くと思いますか?」
運転手に聞かれた。記者なのでもっともらしく答えたいが、正直よくわからない。
「数か月で終わるのでは」と答えると、運転手が語り始めた。
「組合の95%は稼ぎが年間2万5000ドル(日本円で350万円程度)以下の役者たちです。仕事がないことには慣れている組合員が95%もいるんですよ。私たちはいつまででもストを続けられます」
余裕たっぷりだ。聞けば最後に俳優の仕事をしたのは、もう3年ほど前だという。
「オーディションが変わってしまったんですよ。昔は台本が送られてきて、読み込んで、会社に行って受けていたのが、新型コロナでできなくなった。代わりに会社側が思いついたのは自撮りオーディションです。たしかに当時は合理的なことではありました」
せきを切ったように、運転手が続ける。
「ところが、その形式はそのまま定着しました。自撮りオーディションといっても私たちは時に10ページもの台本を読み込み、暗記し、コーチの指導も頼んで自撮りに臨みます。コーチを頼めば1時間に100ドルかかります。時間も金もかかるんです」
車は支局に到着したが、話はまだ続く。
「それなのに会社側はなにも痛いことがありません。むしろ日程調整の手間も省ける。審査も、3秒見て好みでなければ動画ファイルを閉じればいいんです。ファイルを開きもしないケースだって、ざらだと聞いています。私はと言えば、かつて20人、30人と競っていたのが、競争相手が100人規模になってしまった。そうなってくると宝くじを当てるようなものです。オーディションのために準備しては落ちての繰り返し。やる気もなくなります」
話をさえぎるように配車システムの通知音が鳴った。
次の客が呼んでいる。
もう少し話したそうだった運転手は、タブレットをタップして、ため息をついた。
「LAでも自動運転タクシーが走り始めてるでしょ。テック企業はどんな分野にも入り込んできて、おいしいところをもっていく。私たちは奪われるばかりですよ」
よい1日を。
あいさつの言葉を交わして車を降りた。西海岸の強い日差しに目がくらむ。
アプリでチップを心ばかり多めに支払ったあと、支局に向かった。