2023年7月28日
映画 LGBTQ アメリカ

映画「エゴイスト」に込めた俳優・鈴木亮平の思いとは

「LGBTQコミュニティーをサポートすることは私にとって自然なことでした」

映画「エゴイスト」でゲイの主人公を演じた俳優の鈴木亮平さんは、ニューヨークで開かれた映画祭でこう語りました。

鈴木さんはなぜこの役に挑戦しようと思ったのか。映画にどんな思いを込めたのでしょうか。

(アメリカ総局記者 佐藤真莉子)

「ライジングスター・アジア賞」を受賞

7月14日からおよそ2週間にわたって、アメリカ・ニューヨークで開かれている「ニューヨーク・アジアン映画祭」。

日本や韓国、香港、インドネシアなどから60を超える作品を集めたこの映画祭で、世界的な活躍が期待される俳優に贈られる「ライジングスター・アジア賞」を、俳優の鈴木亮平さんが受賞しました。

「ライジングスター・アジア賞」を受賞した鈴木亮平さん

性的マイノリティーの恋愛模様を描いた映画「エゴイスト」での、繊細な演技が高く評価されての受賞でした。

15日にニューヨークで行われた授賞式に出席した鈴木さん。松永大司監督とともに参加した上映後の会見の内容を詳しくお伝えします。

鈴木さんと松永大司監督

※鈴木さんの会見の内容は、英語での受け答えを翻訳しています。

このチームで、この作品を作る意味は?

監督からオファーを受けたとき、この仕事を受けるべきかどうか迷いました。
なぜなら、リプレゼンテーションがとても重要なことだと思ったからです。日本でゲイだとオープンに語っている俳優がいるかどうかネットで調べてみたところ、ゼロだったんです。とても悲しいことです。
これはつまり何を意味するかというと、日本では、俳優が自分の性的指向をカミングアウトするのはまだ大きなリスクがあるということです。だから、私たちは「今いる場所から始めなければならない」と思いました。
一番大切なのは、「エゴイスト」のような性的マイノリティーに関する映画をもっと作ることです。そうすることで、日本社会が、そして日本の映画界が前進できるのだと思います。

そしてもちろん、ここでの主役の2人を演じているのは、私と宮沢氷魚という、ヘテロセクシュアル(=異性愛者)の俳優です。
だから、表現の仕方は100%パーフェクトではありませんが、私たちは皆、この役を演じるのであれば、自分の役と、ゲイ・コミュニティーに対して、100%の力でコミットし、100%敬意を払い、100%責任を持ちたいと考えていました。それが、私たちがやろうとしたことです。
私たちは、日本の業界でその瞬間にできることはすべてやりました。そして、この映画を作れたことをとても誇りに思っています。
なので、これは、日本の映画界がたとえ一歩であったとしても、前進するための大きな一歩だったと信じています。

高山真さんという方の原作の小説があります。
プロデューサーから「この原作を映画化しませんか」といわれたときに読んで、そこにあったのは、ゲイの人たちの物語であるとともに普遍的な愛の物語であると思いました。
この物語を、自分を含めてゲイではないチームでどのように形にするのかと考えたときに、対象、事柄に対して、誠実に向き合いたいという気持ちがあったので、LGBTQ+インクルーシブ・ディレクター、インティマシー・コレオグラファーという人たちに入ってもらいました。
リサーチやスクリプト、シナリオを作るところから丁寧に作っていき、そういう体制のもとで、これをやりたいと思いました。その上で、隣にいる鈴木亮平、宮沢氷魚とともに僕らでこれを作れたらな、という思いで作りました。

鈴木さんと宮沢氷魚さん

どのようなメンバーでこの映画を作った?

今回、LGBTQ+インクルーシブ・ディレクターを務めてもらったミヤタ廉さんという方がいるんですが、この方はもともと「エゴイスト」のヘアメイクとして参加してくれている人です。
映画を作る上でいろいろな相談をしていく中で、このLGBTQ+インクルーシブ・ディレクターのような立場の人が今回のものづくりには必要で、入り口から本当にいろいろなことを、僕の相談、役者も含めて、サポートしてくれました。
僕が一緒にスクリプトのリサーチをするときに、例えば、亮平演じる浩輔の友人たちは、みなさん素人の方でゲイの方たちなんですけど、彼らを探す、オーディションさせてもらうときの力になってもらったり、インティマシー・コレオグラファーのSeigoさんという方がいらっしゃるんですが、その方を紹介してもらったりしました。
こういう人たちを入れなきゃいけないというよりも、必要だと僕たちが思った、ただのポーズではなく入れるようになっていった、ということです。

撮影現場に彼らがいてくれたことは本当に素晴らしかったです。
というのも、文字通り、撮影が終わるたびに私はインクルーシブ・ディレクターのミヤタ廉さんのところに行って、仕草がリアルに見えるかどうか、お辞儀の仕方、手の仕草、話し方、歩き方、恋人への目線、すべてをチェックし、彼に聞いていました。
もちろん、撮影が始まる前には徹底的にリサーチして、たくさんの人にインタビューもしましたが、十分ではないと感じていました。
役者としてはどう演じたらいいのか、自分の演技の結果というのはわかっているつもりですが、カメラが回って演技をする中で、ゲイの人物としては間違っている可能性もあったので、その都度、彼に確認しましたし、インティマシー・コレオグラファーのSeigoさんにも同じことを確認していました。
たとえばラブシーンで、動きや性行為のしかたが、異性愛者が想像だけで生み出したゲイ同士の性行為にならないようにチェックしていました。
私にとってそれはとても幸運なことでしたし、こうした方たちと一緒に撮影できることは、この作品を引き受けた理由のひとつでもあります。

「エゴイスト」というタイトルに込めた思いは?

もともと「エゴイスト」という原作のままなんですが、日本ではエゴイストという言葉、英語でもそうかもしれませんが、とてもネガティブなイメージがあります。
社会性とか、人のためにとか、誰かに何かをするという行為を強く求められることがあると思います。もちろんそれは大切なことではあるんですが、その前に自分を大切にする、自分のことを大事にして、その次に隣の人を大事にする。
だから、自分のエゴで誰かのことを愛するということがあってもいいんじゃないかなと思っています。
そうじゃないと、人のために人のためにというときに自分を見失ってしまう。自分のことはどうでもいいのかというと、そうではないと思うんです。
なので、いちばん最初に「エゴイスト」というタイトルを出した後に、もう1回、エンディングの前に「エゴイスト」と出しているのは、見てくれたお客さんが、亮平演じる浩輔が、彼の行いは、それは悪いことではない、ただのエゴではない、エゴも決して悪いことではない、と思ってもらえたらいいなという意味で、また、その意味を改めて考え直してもらいたいな、という意味でタイトルをつけました。
自分のことを大切にしてほしいなと思います。

当事者ではない題材への挑戦怖くなかったか?

自信がないことはいいことだといつも思っています。怖さがあることが大切だと思っています。
この題材を僕が描くことの怖さを知っているから、LGBTQ+インクルーシブ・ディレクター、インティマシー・コレオグラファー、そして横にいる鈴木亮平、宮沢氷魚、すべてのスタッフと一緒に作らないとできないと思うから、作れたと思います。
もし自信を持っていたら、僕は違うものを作っちゃったかもしれないです。
だから、怖い、自信がない、ということは、実は始まりとしてはいつも大切なことだと思っています。

浩輔をどのように演じたのか?

日本に住むゲイとして、浩輔は、相手が自分の性的指向を知っているかどうかによって、多くのキャラクターを演じなければなりません。なので、私はすごくショックを受けました。
リサーチをしていたとき、ゲイのコミュニティーにいるたくさんの人にインタビューしましたが、地元に帰ったら、家族の前ではストレートの人間であるかのようにふるまわないといけないと言っていました。
そして、それはとても重要なことなのだそうです。だから、とても居心地が悪いので、故郷に帰るのが嫌だと言う人がいました。


それと同時に、ダンサーだという人は、逆に、歌手と仕事をするときには、よりゲイらしくふるまわなくてはならないと言っていました。
なぜなら、ゲイのダンサーにはゲイらしくあってほしい。なので、時には動き方や話し方を誇張しなくてはいけないのだそうです。
私はこの役の準備をするまで、そんなことを考えたこともなかったので、それを聞いたときは本当にショックでした。だから、その感覚を大切にしたかったのです。
誰と話しているかによって、違ったふるまいをするということは、とても重要なことなのだと思いました。

LGBTQコミュニティーに対してできることは?

まずはじめに、この映画のプロモーションの中でインタビューを受ける際、何を話すのかにとても気をつけていました。
なぜなら、観客や読者、そしてもちろんゲイのコミュニティーやLGBTQコミュニティーだけでなく、社会全体にとっても、俳優がLGBTQコミュニティーについて語ることはとても重要なことだからです。
私の仕事の50%はこの映画での演技でしたが、もう50%はインタビューの受け答えでした。そうやって、自分の考えがいかに重要かを知ったのです。
だからLGBTQコミュニティーをサポートすることは、私にとって自然なことでした。
性的マイノリティーについて知ったり、教育を受けたりすれば、誰もが“アライ”になると思います。私にとってはとても自然なことでした。
だから、この映画を製作することは、私がLGBTQコミュニティーをサポートするためにできることのひとつです。
日本ではまだ同性婚の法制化が実現していません。俳優が公の場でそういうことに意見することも、日本ではあまり一般的ではありません。
私たちはそこからだって始められるし、私たちができることはたくさんあると思います。

この映画が人々の考え方に変化をもたらしているか?

映画として、日本で多くの方に見てもらえたことがまず大きいと思います。
浩輔の親友役の仲間の中に、母親にカミングアウトできていない、していない出演者がいたのですが、この映画を機にお母さんに映画を見せて、自分がゲイであることをカミングアウトした出演者がいるんです。
僕のところに来て「監督、僕は母親に自分がゲイであることを言おうと思います」と。

映画って、1人よりも10人だし、10人より1000人だし、多くの人に見てもらいたいですが、僕は医者ではないので誰かの命を直接救うことはできないけれど、僕が作った映画で誰か1人の人生が大きく変わるといいなと思ったときに、一番近くで映画を作った出演者がそういうふうに言って、母親との関係を前に進めてくれたことが本当にうれしかったです。
いろいろな人がどういうふうに感じたかということはもちろん耳に入ってきていますが、僕にとってはその出演者の言葉がとても大きかったです。

最後にひと言

映画はお客さんに届いて初めて完成すると思っています。
僕が映画を作りたいと思った、小さい頃見た映画、アメリカの映画だったりいろいろありましたけど、アメリカという国の映画を見て僕は映画を作りたいという気持ちが生まれました。
このアメリカで、自分が作った、しかも僕にとって大切な映画、大切な友人と作った映画が公開されるということは本当に、本当に幸せです。

今夜は私たちの映画を見に来てくださってありがとうございます。
この場にいること、ニューヨークで皆さんと一緒にここに座っていることをとても誇りに思います。
この映画についてどう思われたか、とても興味があります。
もし何か感じたことがあれば、友達に話したり、ソーシャルメディアに書き込んだりしてください。もし、この映画を批判するようなことがあれば、それはそれで全然構わないんです。
それが私たち日本の映画界にとって、次はもっといい映画を作ろうという新たなパワーになるからです。

取材を終えて

「この映画はエンターテインメントですが、ゲイ・コミュニティーに対して僕たちが少しでも貢献できる一歩になればいいなと。日本社会やアメリカ社会に対しても、何か訴えかけられるようなものになればいいなと思います」

授賞式の前日、インタビューでの鈴木さんのことばです。

アメリカでは、性的指向などについて俳優が自分の考えをはっきり示すことはよくあります。しかし、そうしたことが少ない日本にあって、鈴木さんが「LGBTQコミュニティーの支援者でありたい」と、自分のことばではっきり語っていたのがとても印象的でした。

まずは”知る”こと、それが相手への”理解”につながる。そんな鈴木さんの思いを感じた瞬間でした。

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