2023年3月17日
世界の食 パキスタン アフガニスタン

小麦が豊かに香る「ナン」はアフガニスタン人の“望郷の味”

パキスタンの首都にある通称「アフガン・ストリート」。

ここには、隣国アフガニスタンから移り住んだ人たちに人気の朝食があります。

小麦粉で作るシンプルな「ナン」です。

ゆっくりかみしめると広がる、小麦の豊かな香り。

故郷を追われた人たちの心を癒やす、望郷の「ナン」を食べてきました。

(イスラマバード支局長 松尾恵輔)

“アフガン・ストリート”とは

パキスタンの首都、イスラマバード。通称「アフガン・ストリート」はその中心部に近い商業地域にあります。

イスラマバードの「アフガン・ストリート」

道路の両側には数百メートルにわたってホテルや食堂などが建ち並び、その数は450軒ほど。
通りに一歩、足を踏み入れると、そこはまさにアフガニスタン。聞こえてくる言葉は、アフガニスタンで話されているダリ語やパシュトゥー語です。

この通りの周辺にアフガニスタン人が住み始めたのは40年ほど前。旧ソビエトによる侵攻を受けて、多くの人たちが戦禍を逃れてやってきたのがきっかけでした。

さらに、2021年8月、アフガニスタンでイスラム主義勢力タリバンが権力を握って以降、弾圧を恐れた人たちが多く移り住みました。その数はパキスタン全土で40万人以上とも言われています。

定番の朝ごはんは「ナン」

朝8時、通りを歩いていると1人の男性に出会いました。

フセインさん(右)、友人とナンを分けて食べる

ムハンマド・フセインさん(30)。7か月ほど前、首都カブールから妻や子どもなど家族9人で、イスラマバードに移り住んできました。いまは友人と路上でアフガニスタンの郷土料理を作り、生計を立てています。

この日、フセインさんが朝食で食べていたのは「ナン」。それと温かい緑茶でした。

アフガニスタン人にとっては定番の朝食メニューです。フセインさんもアフガニスタンで暮らしている時から、毎日食べてきたといいます。

一口試食させてもらいました。ナンは少し固め。かみしめるとふわっと小麦のいい香りが鼻を抜けました。緑茶を飲むと…、これが合うんです。緑茶の爽やかな渋みが、ナンのうまみを引き立てます。

フセインさんによれば、アフガニスタンの人は緑茶と紅茶を好み、緑茶にも砂糖を入れて、甘くして飲む人が多いのだそうです。

生活苦しい人たちを支える

「通りにはパキスタン料理を出す店もあるけど、食べないのですか?」

そう尋ねると、フセインさんは、ナンを選ぶのは味はもちろんだけど、「安さ」も理由だと打ち明けてくれました。

周りの店でパキスタン料理を食べると、家族で2000ルピー(日本円でおよそ950円)かかります。でも、ナンは1枚80ルピー(40円ほど)で買えて、その1枚を2人で分けあえるというのです。

ナンを食べるフセインさん

「このバターとジャムはふだんはないけどね」

この日は、朝食を見せて欲しいという私たちのために、バターなどを付けたというフセインさん。ナンと一緒に卵料理を食べる人もいますが、緑茶とナンだけにして、食費を切り詰めていました。

移り住んだ家族9人の生活費は1か月、日本円で4万3000円ほどかかりますが、フセインさんの収入はその半分にも届きません。足りない分は、親族からの仕送りでなんとかまかなっていて、生活は苦しいといいます。

食べ慣れたナンの大切さ

フセインさんの心を支える「ナン」。

「アフガン・ストリート」には、こうしたアフガニスタンのナンを作る店が複数あり、多くのアフガニスタンの人たちが買いに来ます。

故郷と変わらないその味が理由です。

店の1つを訪ねてみると…。ありました、ナンを焼くための窯です。

この店では、小麦粉と水などを混ぜて一晩寝かせた柔らかい生地を、平たく手で伸ばし、窯の壁面に貼り付けて2、3分焼きます。

窯の内側にナンを貼り付けて焼く

ひしがたのような形の細長いナンはパリッとした食感が特徴。丸いナンは少し柔らかめで、こちらはパキスタンの人たちに人気だそうです。

教えてくれた店長の男性もアフガニスタンの人でした。旧ソビエトの侵攻を受けて1980年代にアフガニスタン北東部から移り住んできたといいます。

今は、毎日朝6時から夜10時まで、500枚以上のナンを作って販売しています。

私たちが取材をしている間も、家族連れやお年寄り、女性などたくさんのアフガニスタン人が訪れてナンを買っていました。なかには自分たちで作った生地を持ち込んで焼いてもらい、生地代を割引してもらっている人もいました。

ナンを買いに訪れる人たち

アフガニスタンの人たちにとって食べ慣れたナンがいかに大切なものか。店長は独特な表現で教えてくれました。

「アフガニスタン人は、1日3食このナンを食べているんだ。アフガニスタンのナンを食べないとおなかの調子が悪くなるんだよ。とても大事なものなんだ」

帰りたい…でも帰れない

「『あのころは良かったな』とナンを食べるたびにそう思うんです。」

ナンを食べさせてくれたフセインさんがつぶやきました。

もともと、アフガニスタンではスペインのNGOの職員として、8年間、子どもたちの教育支援を行っていました。やりがいのある仕事で、安定した収入もありました。

NGOで教育支援に携わっていたフセインさん

しかし、そんなフセインさんの人生を一変させたのが、タリバンの復権でした。外国に関連する団体で働いていたため、タリバンに弾圧されるのではないかという恐怖を感じるようになったといいます。

さらに、フセインさんはハザラ人という少数民族です。

アフガニスタンでは長年、差別や迫害の対象になってきました。タリバンも、かつてハザラ人を対象に虐殺を行ったと、国際的な人権団体などから指摘されています。

自分と家族の命を守り暮らしていくため、ふるさとを離れざるをえなかった。
だからこそ、この食べ慣れたシンプルな「ナン」にはすべてが詰まっています。

ムハンマド・フセインさん

フセインさん
「ナンを食べていると、楽しかった日々のことを思い出します。良い仕事があって、給料をもらうことができて、とても満たされた時間でした。『もしもタリバンが権力を握らなかったら』と思って悲しくなります。故郷が恋しいです。故郷の物も、文化も全てが。でも今帰っても仕事もないし、危険かも知れない。そう思うと、いまは、帰ることは出来ないのです」

フセインさんの親族の中にはヨーロッパに移り住んだ人もいます。もし安定した生活が送れるなら同じようにヨーロッパに行きたいとも考えているフセインさん。

ただ、いつかは、アフガニスタンに戻りたい。その思いは変わりません。

きょうもナンを食べる

「アフガン・ストリート」では、フセインさんと同じように、様々な理由から故郷に帰れない人たちに出会います。外国語の教師だった人…。友人がタリバンに殺されたと訴える人…。

イスラマバードからアフガニスタンの首都カブールはおよそ400キロ。日本でいえば、東京から大阪までと同じくらいの距離です。

しかし、ふるさとを追われ暮らしている人たちにとって、その距離は遠く、もっともっと大きな隔たりがあるのだと感じました。

「アフガン・ストリート」の安くて美味しいナンは、そんな遠く離れた異国で暮らす人たちの心を、きょうも癒やし続けています。

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