
ロシアから奪還したウクライナ東部の町に足を踏み入れると、町は“完全に”と言っていいほど破壊されていました。
残っていた高齢の住民たちの中には、ロシア軍の支配から解放され、喜ぶ姿も見られました。
一方、町の北側にある森で見つかったのは、「集団墓地」。
ウクライナは今、秋の雨の季節。つかの間の青空にはうろこ雲が広がっていました。
その下で、ロシア軍による破壊と犠牲の実態が明らかになっています。
(ウクライナ現地取材班 別府正一郎)
要衝の町、イジューム
ウクライナ東部の要衝の町、ハルキウ州イジューム。
ロシア軍に支配されていたこの町は、2022年9月上旬、ウクライナ軍によって奪還され、15日には、ゼレンスキー大統領が、州のほぼ全域を解放したと発表しました。
その翌日の9月16日、私たちはイジュームに向かいました。
ウクライナは秋の雨の季節。毎日のように雨が降ったりやんだりしていて、農村地帯で舗装されていない道はぬかるんでいました。

州都ハルキウからふだんなら2時間かからないという120キロほどの距離を進むのに、3時間近くかかりました。
途中、いくつもの検問所が設けられ、ウクライナ軍の兵士が多数展開していました。
路上には、ロシア軍のシンボルであるアルファベットの「Z」の文字が書かれた軍用車両がいくつも放置され、ロシア軍が急いで撤退した様子がうかがえました。

電撃的な反転攻勢
時間はさかのぼり、7月上旬。
ロシア軍は、ウクライナ東部ドンバス地域のルハンシク州の完全制圧を宣言。夏の間は、じりじりとした膠着状態が続いていました。
「反転攻勢に出るには時間がない」という声が上がっていました。
秋になって雨の季節を迎えれば、道路がぬかるみ、軍用車両が動きにくくなることは分かっていたからです。
そうした中で、9月上旬、ウクライナ軍はハルキウ州で本格的な反転攻勢に乗り出し、大幅な前進を続け、電撃的とも言えるスピードでロシア軍によって支配されていた町や村を奪還。
ウクライナの軍事専門家、オレクサンドル・ムシエンコ氏はインタビューで、今回の意義について次のように評価しました。
「ロシア軍がドンバス地域を掌握する機会を失わせる成果を上げた」
破壊に次ぐ破壊
イジュームの町の中心部に入ると、市役所にはウクライナの国旗が掲げられていました。

5か月あまりに及んだロシアの支配。その間、避難することもできず、とどまるしかなかったのは、ほとんどが高齢者。
市役所前の広場には、そうした高齢者たちが集まり、「止まっていた時間がようやく動き始めました」と、安心した様子の人たちの姿がありました。
1人の女性に話を聞くと、3月にロシア軍が侵攻してきたときの様子を語ってくれました。

「アパートの屋根やベランダに砲弾が撃ち込まれました。もう少しずれていたら、自分の命はありませんでした。今はとにかく状況が落ち着いてほしいです。平和に暮らしたい、それだけです」
実際にイジュームの町を見て回ると、”完全に”と言っていいほど、破壊されていました。
ほとんどの住宅や商店は、崩れていたり、中が燃えたりしていました。

学校も校舎が崩れ、教会の黄金のドームも砲弾が当たったのか、一部が壊れていました。
無言の森
そして、その後訪れた、イジュームの北側にある森。
青や白の防護服を着て、マスクを着けた数十人の作業員が土を掘り返していました。
そこにあったのは、「集団墓地」でした。
ウクライナ当局が、多くの人が殺害され、埋められているのを確認し、捜査を進めているところでした。
捜査員たちは、次々に見つかる遺体の特徴を記録していました。
「すでに25人の遺体が見つかった。一帯では500人を超える遺体があるとみている」
「首にロープが巻かれたり、両手を縛られたりした状態の遺体も見つかっている。拷問や処刑の被害にあっていたとみられる」

州の検察当局のトップは、ロシア軍による戦争犯罪の疑いで捜査を進める考えを示しました。
雨のしみこんだ森、作業員たちの汗、そして掘り起こされた遺体から立ちこめるにおいが漂う中、黙々と作業が行われていました。
聞こえる音は、土を掘り返すスコップの音くらい。
そして、森の中に並べられていく遺体。
軍事侵攻や占領のむごさを、無言で訴えているようでした。
反転攻勢の行方は
今回の反転攻勢は、半年以上続く軍事侵攻の新たな局面です。
ウクライナ軍は、ハルキウ州に続いて、さらに東のドンバス地域に進んでいます。
しかし、軍事専門家のムシエンコ氏は、ロシアが、冬まで戦闘を長期化させることで、欧米の「支援疲れ」が起きることを狙っているという見方を示し、次のように指摘しました。
「ウクライナ軍がより東に行けば、ロシア軍の部隊はロシア領内からの後方支援を得られやすくなる。ウクライナ軍の反撃のスピードは必然的に落ちるのではないか。ロシア側は、冬まで部隊をとどめて持ちこたえることを狙っている。冬になれば、エネルギー問題で欧米を脅し、圧力をかけられると考えているだろう」
うろこ雲の下で
イジュームでの取材を終えて、州都ハルキウに戻ると、雨の合間に少しだけ青空がのぞき、秋らしいうろこ雲が広がっていました。
もし、イジュームが奪還されていなかったら…。
ロシア軍による徹底的な破壊と「集団墓地」といった実態は、知られることはないままだったかもしれません。
一方で、ウクライナの国土の、依然、5分の1が、ロシア側の占領下にあります。そうした地域では、今も、イジュームと同じような破壊と犠牲が、知られることなく続いている恐れもあります。
「一刻も早く国土を取り返さないと、犠牲は増える一方だ」という厳しい現実。
冬が着実に近づく中、ウクライナの危機感が深まっています。
