今はまだ、発展途上

北口榛花

陸上・やり投げ #迷っているとき

誰よりも遠くへやりを飛ばすと、全身で喜びをあらわし、とびっきりの笑顔を見せる。
日本の陸上界をけん引する北口榛花は、2022年、飛躍のシーズンを過ごした。

7月の世界選手権では、女子の投てき種目で、日本選手初のメダルとなる銅メダルを獲得。さらに、陸上のダイヤモンドリーグでは、世界のトップ選手たちと渡り合った。

ツアー形式で行われるこの大会はオリンピックや世界選手権とは違って国や地域ごとの出場枠がなく、記録や成績をもとに実力者が招待されるため“世界最高峰の大会”とも言われる。

日本選手が優勝したことは、これまで1度もなかったこの大会で、北口はことし6月に初優勝すると、8月には2勝目を挙げる。
シーズンを通したランキングで上位者だけが招かれる「ファイナル」にも出場を果たし、ここでも3位という結果を残した。

しかし、シーズンを終えた北口に、自身の投てきの完成度を尋ねると意外な答えが返ってきた。

「100点満点で言うと30点」

「私が目指しているのは金メダルや世界記録で、まだどちらも達成していない。自分が思う100点の投てきができたら世界記録も超えられると思っている。もっと強く、もっとうまくを考えられるのはこれから」

そんな北口からトレードマークの笑顔が消えた瞬間があった。目指してきた東京オリンピックで、12位に終わったあとだ。
けがの影響で本来の力を出すことができず「もっと強くなりたい」と涙を流した。

「今までは東京オリンピックがあるから急成長しなくてはならないという気持ちが強かった。できないことがあると自分を責め、体に無理をさせていたのかもしれない。でも、オリンピックが終わり自分は『金メダルを目指す』と言えるような位置にいなかったことを実感した」


この挫折が北口を大きく変えた。「けがをしない体」「よりやり投げに適した体」を作ろうと、それまで無頓着だったという肉体改造に乗り出した。まずは、東京オリンピックのあと3か月の休養をとり、体を完全にリセットした。

再開したトレーニングではウォーキングや逆立ち、水泳など、まさにゼロから体を作り上げていった。

「どうせなら『新しい自分になって帰ってくる』という気持ちで取り組んだことで、無駄だったところは切り捨てられたと思うし、今までになかった部分も得られたと思う」


そしてわずか1年で結果を出した。何より、ハードな海外での転戦をけがなく戦いきった。それでも北口は自分の現在地を的確に捉えている。

「今はまだ、発展途上。だから焦らなくていい、ゆっくり1歩ずつ着実にという気持ちで、やり投げに向き合えるようになった。どんなに時間がかかっても自分がやりを投げられる間は目標を追い続けたい」

発展途上の先にある舞台は2024年のオリンピックが開かれるパリだ。“花の都”で北口のトレードマーク、“笑顔の花”が満開になるのを期待せずにはいられない。

陸上・やり投げ #迷っているとき