オリンピックが私を成長させ、母にした。支え合ってきたことが財産

中山由起枝

射撃

射撃女子トラップの中山由起枝。クレー射撃の第1人者は、今回が5回目のオリンピックだった。
初出場した2000年シドニー大会のあと出産し、離婚を経験。競技に復帰するとシングルマザーとして、子育てと、世界と戦うトップアスリートを両立してきた。

奮い立たせていたのが娘の芽生さんの存在だ。メダルまであと1歩、4位だった2008年北京大会の時、芽生さんは、まだ小さかった。当時のインタビューで思いを語っている。

「この子に何が残せるか、と思った。私がオリンピックに行ったことも知らないで生まれてきている。結果がどうであれ、頑張っている姿を見せることで子ども自身も頑張ってくれるかなと。生きざまみたいなものを見せたい」

それから、2012年ロンドン大会。2016年リオデジャネイロ大会、そして今回の東京大会。思うような成績ばかりではない。時には寂しい思いをさせたこともあったという。それでも思う。

「オリンピックと一緒に育ってきた感じ。娘は私にとって宝物」

芽生さんは、今、大学生になった。今大会の試合前夜、こんな、ことばをくれた。

「オリンピックの空気を、一瞬一瞬を、大切にしてね」

2020年3月、もう1人、家族が増えた。同じ射撃のトップアスリート、大山重隆。夫の存在も、大きかった。
実は、中山は2020年に体調を崩しオリンピックへの出場を諦めようかと何度も悩んだ。いろいろな人に支えられ、なんとか乗り越えたが、特に夫と芽生さんがいちばん近くで支えてくれた。心強かった。

「『支えてくれたことに感謝』だし、『支え合ってきたことが財産』」

大山は「乗り越えないといけない山がたくさんあった。選手として、夫として妻を支えないといけない。芽生ちゃんも支えてくれた」と語る。

7月31日。最後の出場種目は、今大会の新種目で、男女でペアを組む混合トラップ。『夫婦』のペアで臨んだ。この日の朝、無観客で会場では見届けることができない芽生さんから、2人にメッセージが届いていた。

「大好きな大好きなママとしげちゃん
私をここまで育ててくれて、たくさんの夢を見させてくれて、雄姿を見せてくれてありがとう!計り知れない苦悩と努力を重ねてきた2人なら最後まで楽しくプレーできるはず。そう信じています。
不思議な家族の形だけど私はこの家族の形が何よりも愛おしいです。世界中の人に自慢したくらいステキな形。同じ空の下でつながっています。声援が届くといいな。
最後まで突っ走れ!  一発入魂      めい」

ことばを胸に、「家族」は戦い抜いた。
結果は、もう1点あれば、メダルの可能性も見えた5位。現実は厳しかった。それでも、最後の25発。夫婦そろって満点を出した。
夫も「一生の思い出になる」と顔をくしゃくしゃにして泣きながら喜んだ。
試合後、中山は夫とともに、今大会で、一線を退く意向を明らかにした。今後も射撃と関わっていくという。

5回のオリンピック。中山にとってどんなものだったのか。

「オリンピックは、私と娘を成長させてくれて、私をここまでの母親にしてくれたもの。そして夫と出会った運命も感じさせてくれましたね」

オリンピックを通して、苦しいこと、うれしいこと、家族で共有して、乗り越えて、成長してきた。去りゆく中山の顔をふと見た。涙と笑顔が混ざった、充実感にあふれた母の顔になっていた。

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