世界記録の更新は自分との戦い

山口尚秀

パラ競泳

初出場の東京パラリンピックで自身が持つ世界記録を更新して金メダルを獲得した山口尚秀。パラリンピックが延期されたこの1年は、不安との戦いの日々だった。

3歳の時に、知的障害を伴う自閉症と診断された山口はコミュニケーションが苦手で、環境の変化に対応しにくい。本来ならば、パラリンピックが行われていたはずの2020年9月には「試合や合宿がないため、不安な気持ちと向き合う日々です」とその胸の内を明かしていた。
その後、山口はふさぎこみがちになった。

自宅で行っていた筋肉トレーニングも行わず、毎日つけていた水泳の練習や日常生活を記録していたノートも、書かなくなってしまったという。そして年が変わるころにはプールにも来なくなった。3週間ほどプールに姿を見せなかった山口の気持ちを変えたのは、コーチの「本当にそれでいいのか?」という言葉だった。その時のことについて山口は多くを語りたがらない。翌日からは再び真摯(しんし)に練習に取り組むようになった。

東京パラリンピックが始まると見違えるように自信に満ちあふれていた。
目指すのは公言し続けてきた100メートル平泳ぎでの金メダル獲得とみずからが持つ世界新記録の更新だ。
予選を全体トップのタイムで通過。決勝でも大きな体を使ったダイナミックな泳ぎで、終始トップを譲らず1分3秒77の世界新記録で金メダルを獲得した。有言実行で2つの目標を達成した。

「世界記録の更新は自分との戦い。ひとつひとつの動作を改善したら、もっと速くなれる」

このクラスで世界で初めて1分3秒台に突入した山口。今後だらに世界記録を塗り替える可能性を秘めている。ただ、表彰式のあといちばん輝く色のメダルを胸に語った言葉はいかにも山口らしかった。

「コロナ禍で大会が開かれたことは、かけがえのないこと。感謝したいです」

礼儀正しく感謝の気持ちを忘れない20歳。目標を達成してもなお進化を止めない。

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