トンネルの先に見える光をつかみ取りたい

辻沙絵

パラ陸上

東京パラリンピックを目指す陸上のトップ選手が集まった2021年4月のジャパンパラ大会。女子400m腕に障害があるクラスで、リオデジャネイロパラリンピックの銅メダリスト辻沙絵は、みずからが持つ日本記録を更新する会心の走りをみせた。

「長いトンネルを抜けたような気持ち。その先に見える光をつかみ取りたい」

辻が“トンネル”と表現した理由、それは東京パラリンピックを目指すこの2年間、記録が伸び悩み、苦しんでいたからだ。
東京パラリンピックの代表をかけた2019年に中東のドバイで開かれた世界選手権は7位に終わり、この時点での内定を逃した。

「記録が更新できない時は、自分で自分を諦めていた部分もあった。何をやってもうまくいかないっていうネガティブな気持ちだった」

トンネルの中にいた自らの心情を振り返った。
辻が再び本来の姿を取り戻すことができたという背景を探ると、「義手」をめぐる ある決断があった。
生まれたときから右腕のひじから先がない辻は、リオデジャネイロパラリンピックのころから左右の腕のバランスをとるため、競技用の義手をつけて走ってきた。

しかし、400mのレース後半では右腕にしびれが出るなど、腕の振りが鈍って後半の失速につながっていた。
所属する日本体育大学や東京工業大学が義手をつけた腕の動きなどを分析したところ、3月になって、義手をつけない方が腕の可動域が広がるといった結果が出たという。
このため、4月から「義手」をやめて、代わりにバランスをとるためのバンド状の「重り」を腕に巻き付けるスタイルに変更。今大会に臨んだ。

「これまでよりも腕を後ろに引きやすくなった」と辻。前半からスピードに乗り、課題だった腕の振りが改善した。
後半でも速度を維持して、みずからがもつ日本記録を久しぶりに更新。東京パラリンピック出場へ期待がもてる状況になってきた。

「もう1度、メダル争いに加われるのか不安な気持ちだったが、記録を更新することができ、やっぱりメダルがほしいという気持ちになった」

5年前から取材を続けていて感じるのは、負けず嫌いで一つ一つの課題と真正面から向き合って、成長し続けてきた辻の底力だ。
トンネルは暗く、長かったかもしれない。しかし、その分、トンネルの先につかむ光はきっとこれまで以上に輝いているように思えてならない。

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