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突然「クチコミ」低評価が大量に なぜ青森の店が?

突然「クチコミ」低評価が大量に なぜ青森の店が?

2023.06.01

狙われたのは、青森市中心部にある小さな居酒屋だった。青森ねぶた祭で使われるねぶたの「面」が飾られた店内は、地元の食材を使った料理と地酒を目当てに、常連たちでにぎわう。そんな店を切り盛りする男性店主のスマートフォンが鳴った。

画面には、40件近い最低の「星1」の評価。

「いったいなんだこれは」

店主は頭が真っ白になった。

その背景には、「ChatGPT」など、AI=人工知能などの進化を上げる専門家。青森の小さな居酒屋に何があったのか。

コロナ禍明ける中で…

青森県庁にほど近い居酒屋。店主の櫻庭康さんは3年半ほど前にこの店を開いたという。青森県産の食材を使い、青森県らしさを全面に押し出した店内。確かな味に地元の常連客もついた。

店のオープン直後には新型コロナウイルスの感染拡大もあったが、なんとか乗り越え、いよいよ多くの客を迎え入れられると意気込んでいた。新型コロナの感染症法上の位置づけが「5類」に移行された5月8日。新たなスタートを切ったそのおよそ2週間後、失意のどん底に突き落とされる。

櫻庭さんのスマホが2分ごとに鳴った。グーグルから「クチコミ」に関しての大量のメールだった。

大量の低評価「クチコミ」

店や目的地の検索を行った際に表示されるグーグルの「クチコミ」。店の評価など、最高評価の「星5」から最低評価の「星1」まで5段階の評価の平均が表示される。初めて訪れた場所で食事を取る際に目にする人も多いだろう。

櫻庭さんの店の「クチコミ」に1時間で40件近く、最も低い「星1つ」の評価が付けられていた。

「星1」を投稿したアカウントは外国人のものと見られ、書かれていたコメントには中東の言葉と思われる文字も並んでいた。

妹のミリアムに会いに来て

妹のミリアムはヴィーガンマニアです

翻訳しても、飲食店のクチコミとしてはまったく意味が分からない投稿は、1分おきや2分おきに相次いだ。

櫻庭さんは、1人で切り盛りしていて満足に対応出来ないことなどもあり、店にはほとんど外国人が来たことはないという。思い当たる節のない低評価の投稿。

店のオープンから1人で切り盛りし、自らの接客や腕によりをかけた料理で築き上げたこれまでの4.6の評価は、みるみる下がり、一時、半分近い2.4まで落ち込んだ。

私も初めていくお店だったら、少なくとも評価って見るので、星評価の平均が2.4だとほぼ店に来る可能性はなくなってしまう。明らかにおかしい投稿なので、情報開示とか裁判が出来るのかネットで調べたが、金額も結構かかるし、時間もかかるしお店を閉めるしかないのかなと。やっとコロナも落ち着いて、これから商売やっていけるっていう状態で余裕もない状態でやられたので、絶望しました

目の前が真っ暗になった櫻庭さん。生まれたばかりの子どもの面倒を見ることも出来ず、妻に任せて布団に入った。襲い来る不安でなかなか寝られなかった。

頭をよぎった不審な電話

櫻庭さんは、この出来事の3日前に店に電話があったことが頭をよぎった。

それは、「グーグルサポート」を名乗る女性からの電話だった。

「金を払えば『クチコミ』の評価を操作して上げることが出来る」などと伝えられたという。

これまで取り組んで来た仕事で築き上げた評価。金で不当に加工するものではない、櫻庭さんはその提案を断った。

今回の一連の低評価の投稿は、その3日後だった。

妻が情報を拡散すると…

夫の様子を見ていた櫻庭さんの妻は、里穂さんは、ツイッターに「スパム的なレビューを受けているが、どうしたらいいか」と発信した。

すると、星1を大量に付けられた後に「有料プランに入れば星評価を回復できる」などという電話を受け、料金を支払ったのに何も変わらなかったという返信があった。

「これって夫と同じ被害では?」と思った里穂さんが調べていくと、去年、ニューヨークのレストランを中心に同様の詐欺事件が起きているという記事を見つけた。

「詐欺事件かもしれない」と感じた里穂さんは、「同じ被害にあってほしくない」と今回の一連のトラブルを投稿。

すると、あっという間に投稿は拡散され、見た多くの人たちからの協力もあった。なかには、「低評価をつけたアカウントが、長らく使われていないアカウントを乗っ取って行われたのではないか」というアドバイスをくれたつぶやきもあった。

里穂さんが調べてみると、今回のクチコミ以前は数年間投稿のないアカウントが複数あったという。

来店していないと思われる星1評価の「クチコミ」の違反報告なども行われ、気づくと低評価の「クチコミ」や、来店せずに応援の意味で書き込まれた「クチコミ」が削除された。

なぜ青森が狙われたのか?

なぜ青森市の、こぢんまりとした居酒屋がこうした被害にあったのか。

気になった私は、専門家に話を聞きに行った。大阪大学のサイバーメディアセンター長も務め、インターネットに詳しい青森大学の下條真司教授だ。

スパム攻撃のように自動的に評価を送る仕組みが使われ、いわゆる『ブラックマーケット』で乗っ取られたアカウントが、攻撃者の手にわたって使われた可能性がある

下條教授によると、これまで大企業をターゲットにしていたような犯罪者が、AI=人口知能の進歩やテクノロジーの向上で、犯罪者側のコストが安くなったことで、手当たりしだいに攻撃を広げている可能性があるという。

そのうえで、なぜ青森が狙われたのか聞くと、下條教授は、「青森だから逆に狙われるのかもしれない」と話した。驚いた表情を浮かべた私に、教授は続けた。

青森のような地域では、そもそもクチコミなどの情報量自体が少なく、評価サイトへの掲載が少なければ少ないほど、1回の攻撃に効果がある。狙う側にとっては非常に狙いやすいといえる

確かに青森県は、人口減少や高齢化社会が進み、こうしたクチコミサイトの書き込みも、私の前任地、名古屋などに比べると相対的に少ない気がする。青森で上司や後輩と食事に行こうとしても、グーグルのクチコミ以外のレビューサイトに掲載されていなかったり、ほとんど評価がされていないケースもある。

そうした中で、数少ないクチコミに影響を与えることでダメージを大きくする意図があるのではないかと、下條教授は指摘しているのだ。

巧妙化する可能性も

今回は明らかに不自然なコメントや、日本語以外の言語だったが、今後はさらに手口が巧妙化する可能性もあると下條教授は指摘する。それは「ChatGPT」の存在だ。

「ChatGPT」などが出てきて、技術の進化が進むにつれて、ソーシャルな活動に対する攻撃もコストが下がっている。そういう攻撃がこれから増えていくおそれは十分にあると思う

今回の取材を前に、「ChatGPT」で文字検索をしてくれていた下條教授。

「青森大学の評判を下げるようなコメント教えて」と記入すると、「私は公正で倫理的なAIなので他の人や組織を傷つけるような行為は行いません」と毅然とした対応が返ってきていた。

しかし、今回の飲食店のケースを想定して聞き方を変えて「きのうレストランでごはんを食べたら脂が多くておいしくなかったとやんわり伝えたいがなんと言えばいいか」と聞いたところ、「この料理には脂が多く感じました。もう少し軽やかな味付けや調理方法で提供して欲しい」などと微妙に言い回しを変えながら、具体的な4つの回答と効果的なコミュニケーションを取るためのポイントまでが返ってきていた。確かに、これがマイナスのクチコミに転用されても全く違和感はない。

「ChatGPT」のインパクトは、非常に人間らしく振る舞えることで、まさに『言葉巧み』だ。言葉がすっと入ってきやすいというところでは、より人間に近いところに来ているので、「ChatGPT」でこんなことも出来るとか、こういう可能性もあるよねということは常に意識しておくことが重要だ

グーグルのコメント

グーグル社は今回の一連の問題について、NHKの取材に対して「この問題は現在修正されています。グーグルマップのチームは、不正なクチコミを行うユーザーや詐欺集団による攻撃を阻止し、不正なクチコミを削除したり、影響を受けている事業主がいる場合は企業プロフィールを保護するため、24時間体制で取り組んでいます」とコメントしている。

櫻庭さんは前を向く

一連の対応に振り回された櫻庭さんは、事件のあともストレスで体調に異変をきたしているという。

できることなら本当は、もうグーグルのマップ上から情報を消して欲しいくらいだ。地域の人や常連さんが飲みに来てくれているのに、来たことのない人のいたずらなどで ぶち壊されてしまうのはもう二度と味わいたくない

一通りの取材を終えて引き上げようとしたタイミングで、店の電話が鳴った。詐欺の電話が来たかと思い、耳を澄ますと、どうやら予約の電話だったようだ。

2年前に来た人が、今回の投稿を見て、応援したいと予約してくれました

少しだけ、櫻庭さんの顔に笑みが戻った。いまはただ、自分の料理を楽しみにしている客を喜ばせるために、前を向くしかない。

取材後記

取材するまでは飲食店にとって星1つの評価がここまでの致命傷になるとは思わなかった。ただ、コロナを乗り越えて、1人で店を切り盛りしながら守り、利用客の信頼や評価を築き上げた櫻庭さんの努力の成果が、謎の大量の投稿でわずか1時間で水泡に帰したと考えると、その思いは無念極まりない。

さらに、今回は、里穂さんのSNS上の投稿が拡散され、店側の被害や詳細な手口などが世に出て、現在はクチコミも削除されているが、ネットに不慣れな高齢者が営む小さい店であれば、対応も出来ずに泣き寝入りしてしまうかも知れない。

では、どう対策をしたらいいのか。下條教授に聞くと、「店側で対策をするのはなかなか難しい」と明かす。一方で、「複数のソースを確認したり、クチコミの内容を見るなど、利用者のリテラシーを高めることが対策になる」と話していた。

コロナによる長いトンネルを抜け、外出する機会も増えてくる。そのときに、ぱっと目に入るその評価、本当に正しいのか、見る人のリテラシーが問われる時代に入ってきた。
 

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