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進化続けるAIとどうつきあう? 気鋭の研究者の挑戦

進化続けるAIとどうつきあう? 気鋭の研究者の挑戦

2023.05.26

「ChatGPT」をはじめとする対話型AIの活用が急速に広がり、世はまさに“大AI時代”を迎えている。

 

一方、AI技術が予想をはるかに超えるスピードで進化していることから、人間の知能を超える「シンギュラリティ=技術的特異点」が近い将来到達する可能性も指摘され、仕事を奪われるとかいずれ人間がAIに支配されるのではといった不安も渦巻いている。

 

私たちはこれからどうAIとつきあっていけばいいのか。そのヒントを探りに、AIと友達になるという少し不思議なアプローチで研究に取り組んでいる新進気鋭の研究者を訪ねた。

ヒントはドラえもん

日本大学文理学部 大澤正彦 准教授

日本大学で人工知能を研究している大澤正彦さん(30歳)。
研究室をノックすると、満面の笑みで出迎えてくれた。

高校と大学をいずれも首席で卒業し30歳で准教授になった人物と聞いていたのでこちらも身構えていたのだが、すぐに大澤さんが醸し出す優しい雰囲気でこちらの緊張も解けていった。さすがAIと友達になると語るだけはある人だ。

そして研究室に足を踏み入れると、室内にはいたるところにあのネコ型ロボットのグッズが。

大澤正彦 准教授
「ぼくらはドラえもんや鉄腕アトム、R2ーD2とかいろんな心を持ってそうなロボットに慣れ親しんできた。そういった存在を目指してAIをつくりたいんです」

幼少期の大澤さん

10年近くAIの研究を続けている大澤さんが現在取り組んでいるのは、人とAIが幸せに暮らす社会の実現だ。そのヒントにしたのが、小さい頃から大好きだった「ドラえもん」だった。

ロボットに「心」を

大澤さんが着目したのは、「ドラえもん」が完璧なロボットではないということだ。欠点や感情の起伏があるロボットだからこそ1人の人格として愛さているのではないかと考えたのだ。

大澤正彦 准教授
「ドラえもんとのび太って親子のように感じられる時もあれば兄弟のようにも思えるし、友達のようにも思える。また、ライバルの時もあれば親友の時もあっていろんな関係性が物語の中で生まれていてすごくおもしろい。のび太はドラえもんが助けてくれるからとか便利な道具を持っているからとかでは決してなくて、大好きだから一緒にいるんだなって。そんな関係性が現実でもできたらってワクワクするなと思いますね」

人がAI・ロボットに対してポジティブな感情を持って通じあうためには、AIにも「心」が必要だと考えた大澤さん。AIが「心」というシステムを獲得するためには3つの能力が必要だと仮説を立てた。

①AI・ロボットが人間に『心がある』と思わせる

1つ目は、このAIはプログラム通りの反応を示していると人間に感じさせるのではなく、このAIには心があって反応しているんだなと寄り添う感覚を持ってもらえるような能力を持つことだ。

人間どうしだと、相手とコミュニケーションする際にその相手に心があるということはあたりまえ過ぎて普段意識すらしないが、AIに対しても同様に接すること目指している。

ペットを飼っている人が動物に対する感情に近いのかもしれない。

②AI・ロボットが人間に『心がある』と思う

2つ目は、AIが人間に対して、この人は今困っているなとか悲しんでいるななどと認識できる能力。人に心があると理解する能力とも言える。

人間が涙を流している人を見て「ああ悲しんでいるな」と思うのは、他人に心があると理解しているからであり、他人の気持ちを理解する能力をAIにも搭載できればと考えている。

③AI・ロボットが自分自身で自分の『心を読みとる』

そして3つ目は、他人のふるまいから感情を理解することで、自分が楽しいとか不安だといった気持ちを抱いていることがわかる能力。

人が自分の中に心があると認識できるのは、他人の仕草がどのような感情をもとにふるまわれているかを理解したうえで自分自身にも当てはめることで、自分の心を感じているからではないかと大澤さんは考えている。

大澤正彦 准教授
「3つ目の能力は1つ目と2つ目の能力を組み合わせることで、自分自身を観察して自分の心を読み取ることができるかどうか。まだまだ難し技術だとは思うが、AIの世界はスピードが速すぎる世界なのでワクワクしながら期待したい」

まずは“しりとり”から

大澤さんはこれら3つの能力をAIが獲得すれば、AIにも「心」が備わると考えている。

そこで、まずは1つ目の能力「AI・ロボットが人間に『心がある』と思わせる力」を実証するため、あるロボットを開発した。

「ChatGPT」のように言語を使って話すのではなく、「ド」と「ラ」の2つの音だけで人とコミュニケーションをとるロボットだ。

開発中のAI・エージェント

大澤正彦 准教授
「しゃべれないからこそ気持ちを読もう、心を読もうと思って人間が一生懸命歩み寄ってコミュニケーションが成立する。そして、心がそこにあるように感じるんじゃないかと」

あえて言葉を一切話さずに、人間側がロボットが何を話したかを予測する。まるで人間の親が生まれたての赤ちゃんに対して接するような心理状態を擬似的につくれないかということらしい。親しみやすい2等親の丸いフォルムで、6年前から開発していて現在3代目。この外見や質感も人とのコミュニケーションでは重要だという。

このロボットが行うコミュニケーションはしりとりだ。幼稚園児のしりとりを参考に400種類の回答例を作成し「ド」と「ラ」で抑揚をつけながら幼稚園児のことばを表現している。それを人間が聞いて、何といったか考えながらしりとりを続けていくことができるか実験する。

しりとりという方法を選んだのは、しりとりだと頭文字は決まっているのでそこからロボットが何を話しているのかより予測しやすいと考えた。

どんな姿や振る舞いだと人間がロボットに心を感じやすいかを研究することが目的なので、ロボットが発する音声は人間が選んでいる。

本当にそんなロボットとしりとりが成立するのか。実際にやってみた。

ドラララ

さん

「今、しりとりって言ったかな。じゃあ、りんご」

ドララ

さん

「『ご』から始まって3文字だから、ゴリラかな」

ドラドラ~♪

さん

「なんか喜んでいるようなリアクションしましたね。ラッパ」

ドララッドラ

さん

「ドララッドラ!?『パ』ではじまるんだよね。難しい。パンダコパンダ?」

ドラー!

さん

違ったか~

少し気恥ずかしかったが、やりとりを繰り返しているうちになんとなく何を話しているのかわかったような気がしてきた。

私自身、4歳の子どもと休みの日にしりとりで遊んでいるのだが、その経験があるからこそコミュニケーションがとれたと感じやすかったのではないかと大澤先生に褒められた。

京都大学と共同で行った男女356人を対象に行ったしりとりの実験でも、ロボットが何の単語を話しているかの正答率は50%程度だった一方、8割近くがしりとり=コミュニケーションがとれたと感じたという結果も得られたという。

人間が寄り添えるような姿や仕ぐさをロボットがとれば、言葉がわからなくてもコミュニケーションが成立することが示されたという。

1つめ目の能力、「AI・ロボットが人間に『心がある』と思わせる力」を獲得する可能性が見いだされてきた。

“かわいい”と“役に立つ”が両立するロボット

大澤さんは現在、2つ目の能力「AI・ロボットが人間に『心がある』と思う力」の研究開発も並行して進めている。

AIに人間の反応や心理的状態を大量のデータとして学習させたうえで、怒りっぽい人や泣きやすい人など典型的な性格や心理状態をパターン化して追加学習させることで、個々人の性格に対応できるAIの開発を目指している。

今の画像認識の技術でも画像からAIが感情を読み取る技術はある。また、「ChatGPT」のような対話型AIも自然な会話を人間と行うことができ、この能力の一端をすでに獲得していると言えるだろう。

しかし、対話型AIはあくまで先のしりとりのように「単語予測」から最適な解を示しているにすぎない。大澤さんは人間の脳にある海馬が他者のふるまいを記憶するにあたって、その行動だけでなく理由と一緒に記憶するという構造をヒントに、AIが人を理解するアプローチの開発を目指している。

とはいえ人の心は複雑すぎて、AIに学習させるための性格や心理的状態を完全にパターン化することは今の技術では困難だという。

3つめ目の能力「ロボットが、自分自身で自分の『心を読みとる力』」も、2つめの能力が確立しないと実現のめどが立たないのでハードルは高い。

ただ、大澤さんの目指しているAIは完璧なロボットではない。

今後、AIと人間との共同作業がさらに高度化、複雑化することが予想されるなか、AIの技術だけに頼るのではなく、人とAIのコミュニケーションで解決する社会の実現を目指している。

そのためには、ただ“役に立つ”だけではなく、人が寄り添える“かわいい”が両立するAI・ロボットが必要だと考えている。

大澤正彦 准教授
「AIの技術がどんどん進むなかで、AIは危ないから怖いから開発を抑えた方がいいんじゃないかって思う人もいると思います。でも僕たちはドラえもんからAIやロボットのいいイメージもたくさんもらってきたので、科学技術と人間がうまく共存する未来もあると思っている。その夢を忘れずに持ち続けて、人とAIが幸せに共存できる社会をめざしたい」

取材後記

新しい技術にはリスクがともなうことも事実で、悪意を持って開発・利用されれば、社会にマイナスの影響をもたらすこともありうることには注意しなければならない。欧米で先行する規制の議論も、そうした文脈の中にあると言えるだろう。

私自身、どんどん進化し続けるAIに対し、どうつきあえば良いのか考えが追いつかなくなっているように感じていた。

しかし、大澤さんが目指すような「心」を持ったAIが生まれれば、AIを道具でなく仲間と認識することも可能になるのかもしれない。

例えば、教育分野では今AIの活用をめぐってさまざまな議論がなされている真っ最中だが、AIを勉強の中でインターネットのようなツールとしてではなく、一緒に学ぶ友達のようにつきあえれば人の学習の質を高めることにもつながるのではいか。

AIの技術面では国際的に遅れをとっている日本だが、漫画やアニメなどでロボットやAIを身近に感じてきたからこそ、今後のAIの積極的な活用や共存という面で世界をリードできるかもしれない。

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