イルカやクジラ漂着は地震の前兆ではありません…関係性を大調査
「【地震前兆】海岸にイルカ32頭が打ち上げられる!」
「クジラの打ち上げ多発 大地震の前兆か?」
地震の発生前後、しばしばSNSに流れてくる「イルカやクジラの漂着は地震の前兆」という投稿。8年前に発生した熊本地震や今年の能登半島地震、2011年東日本大震災などの前にも漂着が確認されています。
でも、実際の関係性はどうなのだろう…
膨大なデータを元に過去に起きた大地震を検証してみると、私たちが考えておかなければならない大切なことが見えてきました(漂着場所と大地震の発生場所を地図動画で示しています)。
2024年4月にニュースで放送された内容です
東日本大震災の前に確認された漂着
この写真は、東日本大震災が発生する1週間ほど前、2011年3月5日に撮影されたものです。茨城県の下津海岸に漂着したカズハゴンドウの様子で、NHKの当時のニュースを確認すると、50頭余りが打ち上げられ救出活動が行われたとされています。
その後、東日本大震災が発生し、SNSでは「茨城県の海岸に50頭のイルカが打ち上げられたのは地震の前兆である」という投稿が拡散されました。
地震と関係があるのか?“漂着の記録”を調べてみる
地震の前に限って地震の発生場所近くに漂着しているとしたら、前兆と思ってもしかたないかもしれない…
でも、地震の前でなくてもイルカやクジラの漂着の話は聞くし、実際のところはどうなのだろう?
分析の手がかりにしたのは、こうしたイルカなどの海で暮らす哺乳類の漂着をデータ化しているサイトです。
国立科学博物館が公開している「海棲哺乳類ストランディングデータベース」。「ストランディング」とはクジラやイルカなどの海で暮らす哺乳類が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられ漂着したりすることを指す言葉です。
データベースには、日本各地の研究者や自治体職員、漁業者やサーファーなどから寄せられた漂着情報が記載され、生物の名前や、性別、体長といった基本情報に加え、発見日や見つかった時の状況、発見場所の緯度経度がわかります。
今回、実際の地震と、このデータベースの情報を照合することで、「地震の前兆と言えるのか?」調べることにしました。
対象としたのは2011年以降、国内で震度7の揺れを観測した大地震です。発生日までの1年間に報告された漂着などのうち、日付や緯度・経度が特定できるもの、そして今回はトドやアシカなどを除外してイルカとクジラに限定。その期間に発生したマグニチュード5.0以上の地震の震源地とともにマッピング、動画で示しました(漂着は🐬・地震は●)。
検証① 熊本地震(2016年4月)
まずは発生から8年となる2016年4月の熊本地震。2回目の震度7を観測した2016年4月16日までの1年間に全国で報告された漂着などは288件でした。
再生時間 0:11
最も多いのは愛知県で40件、次いで北海道で39件、三重県で22件となっていて、熊本県では5件。熊本県だけでなく全国で確認されているのがわかりました。
検証➁ 能登半島地震(2024年1月)
続いて、ことしの元日を襲った能登半島地震。2024年1月1日までの1年間に163件が報告されていました。
再生時間 0:11
最も多いのは北海道で48件、次いで愛知県で16件、長崎県で12件。石川県は2件でした。こちらでも、地震の発生場所では漂着が多いことを裏付ける根拠はありませんでした。
検証③ 北海道胆振東部地震(2018年9月)
北海道胆振東部地震では、2018年9月6日までの1年間に190件報告されています。
再生時間 0:11
最も多いのは北海道で50件、次いで三重県で35件、愛知県で20件となっています。ここでは地震のあった北海道が最も多くなっていますが、熊本地震と能登半島地震でもそうだったように北海道では海岸線も長く、常に多く漂着などが報告されているようです。
検証④ 東日本大震災(2011年3月)
そして東日本大震災。2011年3月11日までの1年間には332件報告されていました。
再生時間 0:11
最も多いのは、やはり北海道で75件、次いで三重県で36件、長崎県で35件となっています。震源が近い東北の太平洋側の3県は、岩手県と宮城県で8件、福島県で1件。記事の冒頭で漂着の画像を示した茨城県では11件です。
こちらでも、漂着が地震の前兆とする根拠あるデータではありませんでした
共通しているのは「海棲哺乳類の漂着が年間数百件、全国の沿岸で報告されている」と言うことです。
年間数百の”漂着“ 前兆とする根拠はない
今回の条件で調べた結果、2011年3月11日から2024年2月18日まで(漂着データは2024年4月12日時点にまとまっているもの)に確認された漂着などの報告件数は3179件でした。以下の動画は、この期間報告のあった「漂着場所」と「マグニチュード5.0以上の地震」を示しています(漂着の🐬、地震の●は1年で消えます)。
再生時間 0:31
これを見る限り、報告場所は特定の場所に偏っているわけではなく、日本全国で報告されています。
仮に漂着などが大地震の前兆だということであれば、日本全国で常に大きな地震が起きていないと整合性がとれません。
これは、報告場所を都道府県別に塗り分けた地図です。
最も多いのが北海道で708件、次いで三重県が488件、愛知県が402件と続きます。専門家によるとこれら地域は、漂着などを報告するネットワークが発達している場所でもあり多くなっているそうです。しかし、数の違いはあるものの漂着はいわゆる“海なし県”以外の39都道府県すべてで報告されていることがわかります。
震源に近くなくても「どの場所であろうとも漂着すれば地震の前兆」と言う人もいるかもしれませんが、全国各地で「定期的に」確認されていることから、どの漂着についても「前兆だ」と言えてしまう根拠の希薄な主張になります。
クジラやイルカ 漂着の原因は?
ではなぜクジラやイルカは漂着するのか。
データベースを管理する国立科学博物館の田島木綿子さんに話を聞きました。
田島さんは、漂着の原因を調査するため、報告を受けると可能な限り現地に向かって解剖を行い、死因を調べています。
田島さんによると、自身の経験上、死因の5割ほどは船に衝突したり、漁業用の定置網にかかったりしてしまうなどの外的要因だということです。
このほかの原因として、人間と同じように肺炎などの感染症や病気になることもあれば、海流を見誤ってしまうと、恒温動物のイルカやクジラは生息ができないほど低い海水温のエリアに迷い込んでしまい、人間で言うと「低体温症」になって死んでしまう、といったことが考えられると言うことです。
「多くの死因は分かります。それでも経験上30%ぐらいは死因がわからないこともあります。ただ、胃の中からプラスチックが見つかったり、臓器や筋肉からダイオキシンやPCBsなどの環境汚染物質が見つかったりすることもあり、死因の推定や海洋環境の変化を知る手がかりになることが多いです」
田島さんにもよく『地震と関係あるんですか?』という質問が来るそうです。これについて田島さんは以下のように答えています。
「漂着と地震に関係があるとは考えていません。ただ、東日本大震災の前のケースだけでなく、2011年のニュージーランドで発生した地震の前にも、100頭近いクジラが漂着したという報告もあるんです。あれほどの大きな地震であれば、なにかしら影響があるかもしれない、というのは研究者の1人としても興味はあるので調べています。それでも、漂着する数や場所と地震の発生場所の分析から、地震に影響があるとする根拠はないのが現状です」
海の生き物にまつわる流言 イワシの大量死でも
イルカやクジラだけではなく、イワシが大量に漂着しているのが見つかる際も、「地震の前兆だ」と主張する投稿が広がることがあります。
2023年12月、函館市で推計1000トン以上のイワシが大量に打ち上げられているのが見つかりました。
この原因について、現地を調査した北海道立総合研究機構函館水産試験場の藤岡崇さんに話を聞きました。
藤岡さんは、そもそもイワシが春から夏にかけて北海道周辺で過ごす魚であり、漁獲量が増えていること、さらに調査船の魚群探知機にイワシとみられる反応があったことなど、当時、北海道南部には多くのイワシが存在していたと指摘しました。
そのうえで原因については、一般的にはイルカや大型の魚に追われたイワシが狭い場所に密集したことで「酸欠」になった可能性や、生存に適した海水温を下回る場所にいて衰弱して死ぬ可能性などが考えられ、今回のケースについて言えば、前者が有力だと考えていると言います。
「周辺の海を調査したところ、水温自体はイワシが好むと言われている10度を下回っていなかったので、海水温は問題がなかったと考えています。漂着した日には、実際に沖合でイルカの目撃情報があったほか、ニュースを見た人から、定置網に大型のマグロがかかっていたという漁業者の証言も集まってきたので、イルカや大型の魚に追われて狭い場所に密集し酸欠になったことを裏付けているのではないかと考えています」
私たちが心がけておく大切なこと
話を伺った専門家はいずれも、「地震の前兆だ」とする主張について、関連付ける根拠はないと指摘していました。
一方で、イルカやクジラ、イワシが漂着することで、漠然とした不安を感じるという気持ちを否定している訳ではありませんでした。
「人は不安なとき、何か理由をつけて落ち着こうとする生き物だ」
人間心理に詳しい専門家もこのように指摘します。不安を落ち着かせるために誤った情報をあえて信じてしまうと言うのです。
不安なときにこそ、流れてくる不確かな情報を鵜呑みにしたりシェアしたりする前に一呼吸置いて、その真偽を慎重に見極めてほしいです。
私たちメディアにも大切なことがあります。今回の取材では、専門家から「メディアはイルカやクジラなどの漂着を単なるトピックとして扱ってはいないだろうか」という話をされました。
私たちメディアも漂着の原因や背景を継続して取材することが、不確かな情報が広がることを防ぐことにもつながるのではないかと感じました。
災害・気象センター 高杉 北斗 / データ可視化 紅林 隼
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