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これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

地震 教訓 知識

“救えたはずの命” 災害関連死を防ぐには

地震や津波からは生き延びた。

それなのに、その後の避難生活などで命を落とすのが「災害関連死」だ。

まさに「救えたはずの命」と言える。

東日本大震災では3792人。

熊本地震では226人で、地震で直接死亡した人の4倍を超えている(記事執筆時点)。

こうした「死」の分析から、今、詳しい要因が見えてきている。

果たして、私たちにできることとは?

2023年3月のNHKスペシャルで紹介された内容です

目次

    なぜ、命が失われるのか

    「対策は、医療だけでは無理です」

    こう言い切るのは、関西大学の奥村与志弘教授。災害事例の分析の専門家だ。

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    大きな地震のあと、生活環境の悪化やストレスが原因で亡くなる「災害関連死」。

    奥村教授は、阪神・淡路大震災(1995)、新潟県中越地震(2004)、東日本大震災(2011)、熊本地震(2016)での災害関連死の要因を分析した。

    例えば、東日本大震災では、宮城県気仙沼市で関連死と認定された人のうち109人の記録を収集。

    死因の70%余りが肺炎などの「呼吸器系疾患」と、心不全などの「循環器系疾患」だった。

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    そして、その要因は複雑に絡み合っていた。

    こうした死の状況を集めて作ったのが、災害関連死の「フローチャート」だ(下の図参照)。

    死因と、死につながる間接的な要因を結びつけて可視化した。

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    その結果、改めて見えたのは、避難生活の環境の悪さが関連死につながった可能性だ。

    個別に詳しく見ていきたい。

    「トイレが汚い」と「肺炎」になる

    例えば、影響が大きいと考えられるのが、トイレ。

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    断水で水が無くなり、水洗トイレが使えなくなって「劣悪なトイレ環境」に陥る。

    すると、トイレに行きたくないと「排泄回数を減らす」ために「水分摂取を控える」人が出始め、「脱水症状」を引き起こす。

    その結果、「口腔内(口の中)の細菌」が増えて、それが原因で「誤えん性肺炎」を引き起こし、亡くなる人が出てくるのだ。

    医療だけでは防げない

    「偏った食事」や避難所での「雑魚寝」も要因のひとつだ。

    「栄養不足や偏り」が起きることで「高血圧」が進行する人が増え、「循環器系疾患」につながりやすい。

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    「雑魚寝」をすれば、床で寝る「ストレス」を受けて「睡眠不足」に陥る。その結果「体力や免疫力が低下」し、「呼吸器系疾患」を起こす人が出てくるのだ。

    対策は容易ではない。

    例えば「栄養不足や偏り」を防ぐためにバランスの良い食事を心がけようと思っても、インフラが被害を受けたり(「ガス・電気の停止」)、輸送手段がなかったりする(「物資輸送の停止」)。

    奥村教授は、さまざまな要因で起きる災害関連死を防ぐには、医療の改善だけでは足りないと指摘する。

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    関西大学 奥村与志弘 教授
    「関連死は、体調を崩した人にどういう医療措置が必要かという問題だけでなく、一人一人を取り巻く環境を変えていかないと根本的に数を大きく減らすというのは難しいのです。『これをすれば関連死はなくなる』という1つの答えのようなものはなくて、住民や企業、関係者が、それぞれの立場でできることを改善していく必要があります」

    対策の鍵は「TKB」

    それぞれの立場でできることとは、どのようなことなのだろうか。

    今、対策が始まっているのが、避難所の「TKB」

    「トイレ・キッチン・ベッド」の頭文字を取ったものだ。

    医師や専門家で作る学会が、関連死を防ぐためにこの3つの整備・改善が重要だと指摘している。

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    「トイレ」は、汚いトイレを避けて、きれいなトイレにすること
    「キッチン」は、冷たく栄養の不十分な食事を避けて、温かい食事を提供すること
    「ベッド」は、床での雑魚寝を避けて、就寝環境を整えること
    関連記事「命を守るTKB 避難所の“常識”が変わる?」はこちら

    目をつけたのは、特産のタマネギ

    取材を進めると、対策のヒントにつながる取り組みがあった。

    兵庫県南あわじ市。

    南海トラフ巨大地震では、最大震度7の揺れと、8メートルを超える大津波が想定されている。

    市が避難所で活用としているのが、段ボールベッドなどの簡易ベッドだ。

    約500台を備蓄しているほか、メーカーから提供を受ける協定を結んでいる。

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    さらに「一工夫」を加えようと目をつけたのが、淡路島名産のタマネギだ。

    島と関西や四国を結ぶ橋が使えなくなって物資が届かないケースを想定し、市内の農協が出荷のために保有しているケース60万個、段ボール20万個をベッドとして活用することを検討している。

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    南あわじ市 危機管理課 沖冴紀 主事
    「避難者すべての簡易ベッドを備蓄しておくのはスペース的にも難しい。地元にある資源を有効活用して、何とか対策を進めていきたいと考えています」

    地域の特性を利用して、インフラが使えなくなった場合を想定しておく取り組みは、ほかの地域にとっても参考になるのではないだろうか。

    防災を忍び込ませる

    一方、奥村教授が注目しているのは「企業」の力だ。

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    奥村さんは、大阪・梅田をフィールドに、地元の企業やメーカーなどに声をかけて勉強会を立ち上げ、議論を進めている。

    もし、日常的に利用するサービスや商品の中に、災害関連死を防ぐための仕掛けを忍び込ませることができれば、より多くの機会で対策が可能になるからだ。

    例えば、

    ●水道管に貯水機能があり、数日間は常に蓄えられている
    ●家具を購入すると、固定器具が標準装備でついてくる
    ●おいしい飴だが、口腔内ケアの効果がある

    といったものだ。目指すのは「頑張らなくても自然と防災力が上がる仕掛け」だ。

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    関西大学 奥村与志弘 教授
    「交通事故による死亡率は年々減少しているが、これは自動ブレーキやエアバッグなど、ドライバーが意識や行動を変えなくても、死なない機能が導入されたことも大きい。防災でも『意識を高めよう』『頑張ろう』と言うだけではなく、日々利用するサービスや商品の中に防災的な機能を忍びこませておいて、いざという時に効果を発揮させることが大事だ」

    「救えるはずの命」を守るために

    奥村教授は、南海トラフ巨大地震が起きると、災害関連死は7万6000人余にのぼるおそれがあると試算している。

    これが現実になれば、東日本大震災の約20倍という衝撃的な数字だ。

    しかし、これらはすべて「救えるはずの命」だろう。

    例えば個人でも、災害に備えて多めの備蓄をしておけば、フローチャートにあった災害関連死のリスクを減らすことができる。

    関連記事「災害の備蓄のコツ」はこちら

    失われるのは、自分や大切な人の命かもしれない。

    そう考えて私たち一人一人が対策を進めることが、命をまもるための第一歩となる。

    (取材班)ディレクター 井上国英/記者 藤島新也/記者 老久保勇太


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