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地震 水害 教訓 想定

津波浸水リスク 全国自治体184庁舎で

再生時間 5:46

東日本大震災の発生から10年。当時は自治体の「庁舎」が津波で被災し、被災者支援に影響が出ましたが、NHKが分析したところ、今でも全国184の自治体の庁舎に津波で浸水するリスクがあることがわかりました。

このうち4割の自治体では「代替庁舎」がなかったり、あったとしても実効性に課題がある現実が浮かび上がっています。

内閣府によりますと、東日本大震災では、東北を中心に合わせて28の自治体の庁舎が、津波などで被災して使えなくなりました。

中には職員が犠牲になったり、重要な行政データが失われて被災者支援が遅れたりする自治体もありました。

津波の浸水リスクがある庁舎が全国でどれくらいあるのか、NHKが津波の浸水想定のデータと、自治体庁舎の位置のデータを使って分析したところ、全国184の自治体の庁舎で浸水のリスクがあることがわかりました。

2021年1月に放送されたニュースの内容です

目次

    代替庁舎なし・34自治体

    さらに、NHKはこの自治体すべてに対して対策の現状を取材しました。

    震災を受け国は庁舎が使えなくなった場合の代わりとなる「代替庁舎」を決めておくよう、全国の自治体に求めていますが、34の自治体では、自治体のほぼ全域が浸水し適切な場所が無い、庁舎が使えなくなるほどの被害が出ると想定していない、などといった理由で「代替庁舎」が決まっていませんでした。

    実効性に課題・44自治体

    「代替庁舎」が決まっている自治体でも、浸水域にあるため庁舎と同時に被災する可能性があるケースや、非常用電源などが無く停電時には機能しないおそれがあるケースなど、実効性に課題のある自治体が44に上りました。

    専門家「対策を」

    「代替庁舎」がなかったり、あったとしても実効性に課題がある自治体は合わせて78で、全体の4割に上っています。

    この結果について、自治体の防災対策に詳しい、東京経済大学の吉井博明名誉教授は「東日本大震災からまもなく10年が経過するが、津波に対してぜい弱な場所が残っているのは残念だ。自治体の庁舎が被災して使えなくなるということは、災害対応や復旧の要となる機能が失われることを自覚して対策に取り組んでほしい」と指摘しています。

    分析結果

    今回NHKでは、津波の浸水想定のデータと自治体の庁舎の位置データを使用して、津波で浸水する可能性のある自治体の庁舎を明らかにしました。

    津波の浸水想定に使ったのは「国土数値情報」と、都道府県からの提供データ、内閣府の「日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震モデル検討会」のデータです。

    自治体の庁舎の位置は、情報サービス会社の「アマノ技研」が公開している地理空間データを使っています。

    浸水想定区域に184庁舎

    分析の結果、浸水想定区域の中に庁舎がある自治体は全国で184ありました。

    具体的には以下のとおりです。

    <北海道>
    松前町、江差町、乙部町、島牧村、神恵内村、小平町、初山別村、遠別町、礼文町、洞爺湖町、長万部町、鹿部町、函館市、北斗市、木古内町、知内町、様似町、浦河町、新ひだか町、新冠町、日高町、むかわ町、苫小牧市、白老町、登別市、標津町、えりも町、釧路市、白糠町、厚岸町、室蘭市

    <青森県>
    青森県、青森市、鯵ヶ沢町、深浦町、蓬田村、風間浦村、六ヶ所村

    <岩手県>
    洋野町、久慈市、野田村、宮古市、釜石市

    <宮城県>
    石巻市、松島町

    <秋田県>
    能代市、男鹿市、にかほ市

    <茨城県>
    大洗町

    <千葉県>
    九十九里町、白子町、船橋市、木更津市

    <東京都>
    小笠原村、新島村

    <神奈川県>
    神奈川県、横浜市、横浜市鶴見区、横浜市神奈川区、横浜市中区、横浜市南区、横浜市金沢区、川崎市、川崎市川崎区、横須賀市、逗子市、大磯町

    <新潟県>
    新潟市東区、新潟市中央区

    <石川県>
    珠洲市

    <岐阜県>
    海津市

    <静岡県>
    静岡市清水区、浜松市南区、焼津市、下田市、牧之原市、東伊豆町、松崎町、西伊豆町

    <愛知県>
    常滑市、弥富市、愛西市、蟹江町、名古屋市中川区、名古屋市港区、津島市

    <三重県>
    四日市市、伊勢市、桑名市、熊野市、木曽岬町、川越町、南伊勢町、紀北町、紀宝町

    <和歌山県>
    有田市、御坊市、田辺市、広川町、美浜町、由良町、みなべ町、すさみ町、那智勝浦町、太地町、串本町

    <大阪府>
    大阪市福島区、大阪市此花区、大阪市西区、大阪市港区、大阪市西淀川区、大阪市城東区、大阪市西成区、大阪市淀川区

    <兵庫県>
    洲本市

    <島根県>
    浜田市、海士町、西ノ島町

    <広島県>
    広島市、広島市中区、広島市東区、広島市南区、広島市西区、広島市安芸区、広島市佐伯区、三原市、尾道市、福山市

    <山口県>
    岩国市、山陽小野田市、和木町、上関町、平生町

    <香川県>
    土庄町、小豆島町、直島町、さぬき市、坂出市、宇多津町、多度津町、観音寺市

    <徳島県>
    徳島県、徳島市、鳴門市、小松島市、阿南市、牟岐町、美波町、松茂町、北島町

    <愛媛県>
    宇和島市、八幡浜市、西条市、伊予市、松前町、伊方町

    <高知県>
    高知市、室戸市、安芸市、宿毛市、土佐清水市、東洋町、奈半利町、田野町、中土佐町

    <大分県>
    大分県、大分市、佐伯市、臼杵市、津久見市、姫島村

    <宮崎県>
    門川町

    <鹿児島県>
    徳之島町

    <沖縄県>
    石垣市、名護市、糸満市、国頭村、本部町、渡嘉敷村、座間味村、渡名喜村、伊平屋村、多良間村、竹富町

    代替庁舎なし 34自治体

    浸水域に庁舎がある184の自治体のうち「代替庁舎が決まっていない」のは、およそ2割に当たる34自治体でした。

    具体的には以下のとおりです。

    <北海道>
    島牧村、神恵内村、知内町、様似町

    <青森県>
    風間浦村

    <宮城県>
    石巻市

    <茨城県>
    大洗町

    <神奈川県>
    川崎市川崎区

    <新潟県>
    新潟市東区、新潟市中央区

    <静岡県>
    牧之原市、西伊豆町

    <愛知県>
    弥富市、名古屋市中川区、名古屋市港区

    <三重県>
    熊野市、紀宝町

    <和歌山県>
    美浜町

    <大阪府>
    大阪市福島区、大阪市此花区、大阪市西区、大阪市港区、大阪市西淀川区、大阪市城東区、大阪市西成区、大阪市淀川区

    <山口県>
    岩国市、平生町

    <愛媛県>
    松前町、伊方町

    <大分県>
    大分県

    <沖縄県>
    渡嘉敷村、渡名喜村、多良間村

    代替庁舎が決まっていない理由をたずねたところ「自治体の広い範囲が浸水域に含まれていて、適切な場所が無い」という切実な声のほか「想定される浸水深は浅いため庁舎の上の階であれば業務に支障は無いと考えていて、代替庁舎の必要性を感じない」といった声も複数ありました。

    実効性に課題・44自治体

    「代替庁舎」が決まっていても浸水区域の中にあり、本庁舎と同時に被災する可能性があったり、非常用電源などが無く停電時に使えない可能性があったりして、災害時に機能するのか懸念のあるケースが44自治体でした。

    具体的には以下のとおりです。

    <北海道>
    鹿部町、新ひだか町、登別市、えりも町

    <青森県>
    青森市、六ヶ所村

    <岩手県>
    久慈市

    <宮城県>
    松島町

    <千葉県>
    九十九里町、船橋市、木更津市

    <神奈川県>
    横浜市中区、横須賀市、横浜市神奈川区、横浜市南区、逗子市

    <愛知県>
    蟹江町

    <三重県>
    木曽岬町、川越町、南伊勢町

    <和歌山県>
    御坊市

    <島根県>
    海士町、西ノ島町

    <広島県>
    広島市中区、広島市東区、広島市南区、広島市西区、広島市安芸区、広島市佐伯区、尾道市

    <山口県>
    上関町

    <香川県>
    宇多津町、観音寺市、坂出市

    <徳島県>
    松茂町、北島町

    <愛媛県>
    八幡浜市、伊予市

    <高知県>
    安芸市、東洋町

    <大分県>
    姫島村

    <鹿児島県>
    徳之島町

    <沖縄県>
    国頭村、座間味村

    一方、防災担当の部署を事前に本庁舎から離れた安全な場所に移転させた、災害時の対応を浸水想定区域の外で、立ち上げるといった対応を取る予定の自治体もありました。

    自治体庁舎への影響の事例

    地震や台風などの災害によって自治体の庁舎が機能しなくなるケースは、東日本大震災が発生したあとも全国で相次いでいます。

    2016年 熊本地震

    2016年4月の熊本地震では、宇土市の庁舎が激しい揺れで使えなくなり、駐車場に張ったテントでの対応を余儀なくされるなど、複数の自治体で行政サービスが滞るなどの影響がでました。

    2019年 台風19号

    おととし2019年の台風19号では、宮城県丸森町の庁舎が周辺の浸水で丸2日孤立し、情報収集などに支障が出ました。

    国は「代替庁舎」設置求める

    国は災害時にも必要な業務が行えるように、自治体に対して「業務継続計画」を策定し、本庁舎が使用できなくなった場合に備えて、あらかじめ代替庁舎を決めておくよう求めています。

    また、代替庁舎を決めるうえでは、本庁舎と同時に被災する可能性がある施設を避け、非常用電源や通信機器の有無を確認しておくのが望ましいとしています。

    大槌町の被害と教訓

    東日本大震災の津波で人口の1割近い1286人が犠牲となった岩手県大槌町では、町の中心部にあった役場庁舎が高さおよそ10メートルの津波に襲われました。

    当時、役場前で災害対応にあたっていた職員など40人が犠牲になり、現場の指揮にあたっていた町長も亡くなりました。

    役場の被災によって行政機能はまひし、被災者への支援にも遅れが出るなど大きな影響がでました。

    役場内に保管されていた、住民基本台帳などの情報を記録したサーバーは津波で水につかり、復元するまでの1か月以上の間、被災状況を証明する「罹災証明書」が発行できない状態になったということです。

    震災前に岩手県が出していた想定では、役場は1メートルから2メートルの浸水の可能性があるとされていたため、大槌町は行政データのサーバーや防災行政無線の設備を2階に設置する対策を取っていましたが、想定を超える津波で被害を受けてしまいました。

    このため大槌町は震災後、この庁舎よりも500メートル陸側に新庁舎を建設したうえで、津波注意報以上が発表されたらすぐに災害対策本部を設置できるよう、高台の「代替庁舎」に専用の執務室を設け、防災行政無線や衛星電話などの設備を整えています。

    当時、総務課で防災担当の職員だった平野公三町長は「庁舎が被災したら住民サービスに大きな影響が出るので、浸水が想定されるのであれば想定の高さに惑わされず、災害時は安全な高台に移動して対応をできるよう、準備しておくべきだと思う」と話していました。

    「代替庁舎」確保が難しい自治体も

    津波による浸水リスクが低い場所に「代替庁舎」を確保することが難しい自治体もあります。

    人口6100人余りの三重県木曽岬町は、南海トラフで巨大地震が起きると、最悪の場合、役場庁舎が2メートルから5メートルの高さまで浸水するおそれがあります。

    町は近くにある木曽岬小学校を「代替庁舎」に定めていますが、ここも浸水域の中です。

    木曽岬町は海抜0メートル地帯で、町内の全域が浸水想定区域の中にあり、浸水のリスクのない土地が存在しないからです。

    このため町は役場庁舎を2階建てから4階建てに改修し、屋上に非常用電源を整備するなど、対策を強化していますが、浸水が長引けば対応に大きな影響が出るのでは無いかと不安を感じています。

    危機管理課の伊藤雅人課長は「ほかの自治体に代替施設を設けることも検討したが、現場から離れて災害対応にあたるのは現実的ではない。浸水区域外に代替施設が用意できるのがベストだとは思うが、難しいのが現状だ。浸水する中で職員数も十分確保できるか不透明なので、国や県には職員を派遣してもらう体制づくりを求めたい」と話していました。

    大分県臼杵市 「分散して移転」の対策

    市役所の庁舎が津波で浸水する可能性がある大分県臼杵市は、災害対応にあたる部署などを事前に安全な高台に分散して移転する対策を取っています。

    臼杵市役所は海に面した場所にあり、県の想定では最悪の場合、庁舎が2.75メートル浸水する可能性があります。

    市は仮に庁舎が被災しても、災害対応や復旧事業に支障が出ないようにするため、庁舎の1階に会議室を集約して執務室を2階に上げました。

    そのうえで、災害時の対応の先頭に立つ「防災危機管理課」を高台の消防施設に、災害復旧の要となる「建設課」と「上下水道課」を内陸にある廃校になった高校の校舎に、それぞれ移転させました。

    防災危機管理課の入る高台の施設には、停電に備えた大型の非常用電源や、市内全域に避難を呼びかけるための防災行政無線も整備されています。

    対策に至る経緯は…

    当初、市は庁舎の移転も検討しましたが、市街地の広い範囲の浸水が想定されていたうえに、庁舎の建設が可能な空いている土地もありませんでした。

    さらに、戦国武将の大友宗麟が築城した臼杵城の城下町として栄えてきた中心市街地から、市役所が無くなることでにぎわいが失われるという懸念の声も上がりました。

    このため市は、2017年に有志の市民による「市民会議」を立ち上げ、具体的な庁舎のプランについて議論を深めた結果、合わせて7つのプランが示されたということです。

    そして市は、それぞれのプランの課題などを踏まえたうえで、仮に庁舎が被災しても、災害対応や復旧事業に支障が出ないようにするため、おととし2019年から庁舎の機能を「分散」する対策を取りました。

    検討にも携わってきた臼杵市の田村和弘副市長は「全員が納得する答えでは無いかもしれないが、市民とも課題を共有できた点がよかったのではないか。地域によって地形の特徴や財政状況などが異なるので、情報を住民と共有したうえで、しっかり議論することが重要だと思う」と話していました。

    専門家「近隣自治体との連携も必要」

    自治体の防災計画に詳しい東京経済大学の吉井博明名誉教授は、リスクを分散するために代替庁舎とする施設は浸水域の外に設け、たとえ停電しても施設全体の電力をまかなえる非常用電源の整備などが欠かせないと指摘しています。

    一方で、自治体の広い範囲が浸水し、適切な場所が見つからないケースについては、近隣の自治体の施設を活用するといった連携も検討すべきだとしています。

    吉井名誉教授は「災害対応の経験がない担当者も多いので、市町村だけに任せるのではなく、国はしっかり財政措置を行い、都道府県は自治体間の連携を調整するなど、一体となって対策に取り組むことが重要だ」と指摘しています。


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