災害列島 命を守る情報サイト

これまでの災害で明らかになった数々の課題や教訓。決して忘れることなく、次の災害に生かさなければ「命を守る」ことができません。防災・減災につながる重要な情報が詰まった読み物です。

水害 台風 教訓 知識

92人の死から見えてきたものは

2019年台風19号(東日本台風)による豪雨災害。直接的な被害で92人が亡くなりました。

災害担当の記者として、何を伝え、どのような呼びかけをすれば少しでも被害を減らすことができたのか…。
犠牲になった方が被害にあった場所や状況を詳しく調べることで、課題や教訓を導き出せないかと私たちは調査を始めました。

そこで見えてきたのは、「ハザードマップの限界」と「災害時に社会をどう止めるのか」という2つの大きな課題でした。

(台風19号取材班・社会部記者 藤島新也・ネットワーク報道部ディレクター 田中元貴)

※分析には、令和元年11月12日現在の情報を用いた。

目次

    92人はどこで亡くなったのか

    自治体が作成しているハザードマップ

    「ハザードマップをもとに、自分がいる地域の危険性を確認してください」

    これまで私たちが台風の前に何度も呼びかけてきた言葉です。

    ハザードマップは、浸水や土砂災害のおそれがある場所を示した防災マップ。市町村が配布したりHPで公開したりしていて、リスクを把握し避難を判断する重要な材料になります。

    では、今回の台風による被害は、ハザードマップなどで事前にリスクが示された場所で起きていたのでしょうか?

    それを検証するため、各地で取材にあたった記者を通じて情報を集め、防災が専門の静岡大学の牛山素行教授とともに詳しく見ていくことにしました。

    亡くなった人と土砂災害危険箇所・浸水想定区域の関係は

    まず、92人が亡くなった場所とともに、ハザードマップを作るもとになる土砂災害の危険性がある「土砂災害危険箇所」と、川が氾濫した場合の浸水範囲を示す「浸水想定区域」を地図上で重ねました。

    そのうえで、水害と土砂災害で死亡した79人について、亡くなった場所と、リスクが想定されていた場所との位置関係を調べました。

    7割は「想定された範囲内」 3割は「想定外」

    すると、7割にあたる52人があらかじめリスクが想定された範囲内で死亡していた一方、3割にあたる27人は、土砂災害危険箇所でも浸水想定区域でもない、いわば「想定外」の場所で命を落としていたことが見えてきました。

    「想定外」の場所で死亡した人は、
    ▽宮城県が12人、
    ▽福島県が6人、
    ▽群馬県と神奈川県が3人、
    ▽長野県、静岡県、岩手県でそれぞれ1人でした。

    宮城県と福島県では、中小河川の周辺で被害にあったケースが数多くありました。
    群馬県は全員が「土砂災害」の犠牲者で、想定されていない斜面が崩れたことによって犠牲になっていました。

    宮城 丸森町 7人が「想定外」の場所で

    最も想定外の場所での死者が多かったのが宮城県丸森町です。 町内で亡くなった10人のうち7人が死亡したのは、リスクが想定されていない場所でした。

    上の図は、丸森町中心部の竹谷地区の周辺です。
    阿武隈川の支流の新川が氾濫しましたが、住民が命を落としたのは、確かに浸水想定区域の外側でした。

    丸森町の住民はどのように感じていたのでしょうか。

    住民に話を聞いてみると「すぐそばを流れる川の水は、ふだんは幅が2メートルほどで、深さも30センチ程度。水が多いという印象は全く無いです。氾濫も考えていませんでした」と話していました。

    ハザードマップなどの外側でもあり「まさか…」という思いがあったようです。

    なぜ、危険性が想定されていないのでしょうか?

    実は「中小の河川」は、事前の想定を行う対象になっていないのです。
    洪水などへの備えを定めた「水防法」では、事前に浸水範囲の想定を行う対象を、流域面積が広い川や洪水が起きた場合に影響が大きい河川としています。

    国土交通省によると、今回の台風で堤防が決壊した全国の71の河川のうち6割にあたる少なくとも43の河川は、浸水想定を行う対象ではなかったということです。

    宮城県丸森町では、阿武隈川の支流の新川や内川、五福谷川といった中小河川が氾濫しましたが、浸水の想定を行う対象ではなかったのです。このため、事前にリスクが示されていませんでした。

    「地形」に注目を 特に注意すべきなのは…

    事前にリスクが示されていない場合、私たちはどう備えれば良いのでしょうか?

    一緒に分析を進めてきた牛山教授は、「地形」に注目することが大切だと教えてくれました。特に注意すべき地形が「低地」です。

    「低地」とは周囲と比べて低い土地のことで、標高は関係ありません。川沿いの平たんな土地などは典型的な低地にあたります。

    川岸と高さが同じような場所は「低地」で、浸水するリスクがあるということです。

    牛山教授が平成11年から去年までに発生した水害で死亡した人のうち、被害にあった場所が詳しくわかった270人を調べた結果、93%にあたる251人は「低地」で被害にあっていたということです。

    今回の台風19号で、「浸水想定区域」の外で水害にあって死亡した人は17人。このうち被害にあった場所が詳細に判明している13人は、全員が「低地」で被害にあっていることがわかりました。

    先ほどの宮城県丸森町の現場も低地です。

    静岡大学 牛山素行教授

    これについて牛山教授は「ハザードマップは避難の参考になるので、行政は整備を進めていくべきです。ただし、河川の数が多いため、整備には時間がかかります。このためハザードマップがない地域でも「地形」に注目し、リスクを知っておく必要がある」と指摘しています。

    見えてきたもう1つの課題

    今回の分析で見えてきたもう1つの課題。
    それは、「仕事中」「通勤・帰宅中」に犠牲になった人が多かったということです。

    福島県飯舘村で新聞配達のために勤務先に向かっていた75歳の男性や、宮城県大和町で、食品工場での勤務を終えて帰宅中だった58歳の女性がいずれも水害で犠牲になっています。

    約15%は「仕事中」「通勤・帰宅中」

    今回の分析では、こうした「仕事中」「通勤・帰宅中」に被災した方は13人と、全体のおよそ15%に上ることがわかりました。

    さらに「避難中」や「避難呼びかけ中」など、屋外での移動中に被災した方も20人にのぼりました。

    この結果について、牛山教授は、
    「屋内にいれば助かった可能性もあり、何とかできないかと強く感じます。屋外は非常に危険で、車も簡単に流されることを多くの方に知ってほしい。また、災害の危険性が高まった時には、無理な出勤や帰宅をさせないなどの対応を、企業は考えておく必要がある」と話しています。

    災害時の社会活動を止める必要性

    「仕事中」「通勤・帰宅中」に死亡した13人のうち、12人が宮城県と福島県でした。

    都市部では、鉄道の「計画運休」をきっかけに会社や学校が休みになるなど、社会活動を一時的に止める動きが広まりつつあります。
    結果として、屋外で行動する人が減る効果が指摘されています。

    一方で、より車での移動が多い地方では、企業などの社会活動を止める仕組みが働きにくい側面があるのではないでしょうか。

    災害が迫る中での出勤や帰宅のルールづくりを企業は進めていく必要がありますし、地域として足並みをそろえる準備が大きな課題として突きつけられたと感じます。

    想定には限界も 「もしも」を想像してみる

    今回の災害では、死亡した人の7割がハザードマップで危険性が指摘された場所で死亡していました。
    あらかじめわかっているリスクを把握し、早めの避難を心がけることが重要なことは、今後も変わりはありません。

    そのうえで、台風19号が突きつけた課題は「想定には限界がある」ことでした。
    国や自治体には「想定外」を減らす努力が求められますが、私たちも、日頃から「自分が住む場所を知る」努力が欠かせないと強く感じました。

    「うちは大丈夫」と思うのではなく、もしも近くの川があふれたら?崖が崩れたら?と想像してみることが大切です。

    そして、防災・減災報道に携わる私たちも、日頃からどのような呼びかけができるのか、災害が迫った時にはどのように注意を呼びかけるべきか、考えていきたいと思います。

    分析結果 死亡した原因別

    ▽水害…62人(67%)
    ▽土砂災害…17人(18%)
    ▽船の沈没…7人(8%)
    ▽風…3人(3%)
    ▽事故・関連死等…3人(3%)

    分析結果 被災した場所・災害種別

    ▽屋外…57人(62%)
    (内訳)・水害…41人(72%)
    ・土砂災害…4人(7%)
    ・風…3人(5%)
    ・他…9人(16%)
    ▽屋内…35人(38%)
    (内訳)・水害…21人(60%)
    ・土砂災害…13人(37%)
    ・他…1人(3%)


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